Ⅲ    ―神剣『Ⅵ』―

3-1 目論見と出発

「それじゃあ、行くとしようか」

 そのナナロの言葉を合図に、俺達――俺、クロナ、ナナロ、そしてリースの四人はホールギスの屋敷を後にしていた。

 いささか出発が早過ぎる気がしないでもないが、ナナロ曰く、準備ができたのなら少しでも早い方がいいとの事で。時間が経つ事により得られるかもしれない追加の情報を期待するよりも、国防軍過激派に俺達の動きが気付かれる可能性や、人造魔剣の研究が進む事による情勢の変化のリスクを避ける方がメリットが大きいというのがその根拠だ。

 たしかに、フィリクスの話を聞く限りでは、国防軍の内部でもホールギス兄妹の噂は広がっている。穏健派のリースとの接触を知られれば、そこから何かを警戒される可能性もあり得るだろう。俺としても人造魔剣の剣使候補、クーリアの居場所が移る事や、そもそも彼女が剣使候補から外れ、消息不明になってしまうといった事態は避けたい。よって、俺もナナロに従い一刻も早く動くのが最善だと判断していた。

「蒸気移動車か。乗るのは初めてだな」

 ハイアット市への移動手段としてナナロが用意したのは蒸気移動車、操作以外に人力を必要としない最先端の移動用車だった。

 たしかに徒歩や馬では俺達のいる国の中心部、ラトア市から国の北端付近に位置するハイアット市までの移動はいささか手間ではあるが、そのためにあっさりと相当な価格のする移動手段を用意できるホールギス兄妹の財力には驚きと嫉妬を覚える。

「私はこの剣で飛んでってもいいって言ったんだけどね。流石に、全員と荷物まで運ぶのは信用できないから止めとけって兄貴が」

 腰の剣に片手をやりながら、隣に座るクロナは文字通りぶっ飛んだ事を口にする。

 その剣の銘は、神剣『Ⅵ』。剣使養成機関での試験を終え、クロナは希望通りの剣を手に入れていた。

 曰く、神剣『Ⅵ』という剣は、超常の剣の中でも特別な、数神剣と呼ばれる剣の内の一振りだという。

 数神剣の名の由来、『Ⅰ』から『ⅩⅡ』までの数字を冠した十二振りは、それぞれ戦力として最高峰の力を持っており、神剣『Ⅴ』であればリットランド王国の最高戦力であるカイラス・デアム・ゴルドルフの、『Ⅲ』はローアン中枢連邦にある独立剣使集団の長にして大陸一の剣使を自称するシーマ・ランプの、その他の剣もほとんどが著名な剣使達の剣として知られている、とはクロナから聞いた話だ。

 もっとも、超常の剣とそれを操る剣使に疎い俺としては、それを聞いたところで何やらすごい剣なのだろうという事しかわからないわけだが。

「神剣『Ⅵ』か……」

 前の席に座ったリースが、クロナの剣を一瞥して呟きを零す。

「あの剣に何か思い入れでも?」

「いや。ただ、あの剣は宣伝用に養成機関が仕入れたと聞いた事があってな。結局、一ヶ月ほどで所有者が見つかったのは、機関にとって嬉しくはない話かもしれない」

 世界で有数と言われるような強力な剣が一介の剣使養成機関の元にあったのには、リースの口にしたような事情があったらしい。だとすれば、試験の結果とは言え神剣『Ⅵ』を持っていったクロナの存在は剣使養成機関にとって、そして機関と繋がりのある国防軍にとっては頭の痛い問題だろう。軍属であるリースが複雑に思うのも無理はない。

「……まぁ、そうですね」

 そして、それを聞く俺も気分としては複雑だ。

 神剣『Ⅵ』がちょうどクロナのいるリロス市の剣使養成機関に存在したのは、何も全て偶然というわけではない。むしろ、ホールギス兄妹がこの街を訪れた理由が神剣『Ⅵ』を手に入れるためだったという事を俺はクロナ自身から聞かされていた。人造魔剣の件についてリースから依頼を受けた事は、順序としてはその後らしい。

「宣伝なら、私が籍を置いてるって事だけで十分じゃない?」

「それに関しては、そうかもしれないな」

 クロナは神剣『Ⅵ』については一切悪びれる事もなく、むしろ自身の価値を恩着せがましく主張していた。そして、それに対してリースもおざなりに流すでなく、なぜか真摯な様子で頷きを返す。その様子にふと、前から抱いていた疑問が頭に浮かんだ。

「リースさんは、どうしてこいつらに人造魔剣の破壊を依頼したんですか?」

 俺はホールギス兄妹について多くを知らないが、それでも『世界平和維持協会』なんてものを営む連中に軍内部の問題の解決を託すのは、いささか軽薄に感じられる。特に、リースのような見るからに堅実といった人物が選ぶような手段には思えない。

「そりゃあ、強いからでしょ」

 俺の問いには、当然というようにクロナが答える。

「ああ、そうだな。彼らの強さは大きな理由の一つだ。問題の性質上、今回の実働は少数で行う必要がある。総合的な戦力ならば、傭兵集団『剣の夜』や総合剣使連合なども候補に入ったかもしれないが、個人の強さでホールギス兄妹に匹敵する剣使は、少なくとも私の接触できる中では他に見当たらなかった」

 クロナとナナロが優れた剣使である事は薄々わかっていたが、どうやらその『優れた』の程度は相当なものだという事らしい。だが、だとしても疑問は解消されない。

「こいつらを信じていいんですか?」

 結局のところ、問題はそれに尽きる。力の強弱は最悪でもマイナスにはならないが、裏切りや情報の漏洩が起きれば、問題は取り返しがつかなくなる。

「……正直に言わせてもらえば、私は君達の事を完全に信頼しているわけではない」

 少し躊躇いがちに、しかしリースは正直過ぎる言葉を口にした。

「ただ、人造魔剣の破壊を内密に行うには、これが私に取れる最善の手段だった。それに仮に裏切られたとしても、最悪で私の計画が潰れるだけだ。それでも、私が何もせずにいるよりも悪くなる事はない」

 つまり、リースは最初から失敗の可能性を考慮して動いている。その上で、最悪の場合には失われても問題ない駒として、リースはホールギス兄妹を選んだという事らしい。もちろん、そこに自分の命も賭けている以上、単なる捨て駒というわけでもないのだろうが。

「まぁ、報酬さえもらえれば、私は何でもいいけどね」

 リースの独白にも、クロナは一切それを気に留める様子はない。前席のナナロも、あえて何かを口にする事はなかった。

 何も事情があるのはリースの方だけではない。クロナとナナロが人造魔剣の破壊依頼を受けたのには、おそらく金銭以外にも理由があるはずだ。それが二人の掲げる世界平和とやらの維持のためか、あるいは他の何かなのかはわからないが、どちらにしてもホールギス兄妹がリースに使われるだけの駒に甘んじるとは思えない。そして、それは俺も同じだ。

 国防軍の過激派、それを止めようとするリース・コルテット上等兵、そして俺の同行を認めたホールギス姉妹。その全ての思惑を掻い潜り、あるいは全てを犠牲にしてでも、俺はクーリア・パトスの元まで辿り着く必要がある。

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