2-6 クーリア・パトス
「今回の私達の目的は、このリロス共和国の保持する国防軍の内の一派、俗に言う過激派の作り出した人造魔剣の破壊だ」
事の概要について語るのは、大元の依頼人であるというリース。
「つまり、依頼は軍の派閥争いへの助力って事?」
それに問いを返すのは、俺ではなくクロナ。
意外な事に、クロナがリースと顔を合わせるのはこれがまだ二度目だとの事で。それも一度目は単なる顔合わせでしかなかったため、クロナ自身は俺と同じく依頼の詳細については把握していないらしい。
「いや、実質的にはそうかもしれないが、表向きにはそこまで公のものではない。人造魔剣の研究は軍内部でもごく秘密裏に行われていて、私達はそれを秘密裏に破壊する」
「へぇ、なるほどね」
おそらく、リースの目的はまさに軍内部の派閥争いを防ぐ事にあるのだろう。そのために火種である人造魔剣を破壊する、といったところか。
「で、結局、人造魔剣ってのはどんなものなの?」
先の話題を軽く切り捨て、クロナはすぐに自らの疑問を口にする。クロナにとっての本題がそこにあった事は、その様子から一目瞭然だった。
「人造魔剣の詳細については、残念ながら明らかになっていない。おそらく国防軍過激派の中でも、実際に目にした事がある者はごく一握りなのだろう。私が調べた限りでは、人造魔剣については僅かな周辺情報しか得る事ができなかった」
「ふーん……やっぱり、そっか」
気勢が削がれたように声の調子を落としながら、しかしクロナは言葉を続ける。
「なら、どうして人造魔剣を壊そうと思ったの?」
クロナの問いは、至極真っ当なもので。紛いなりにも自国の研究結果に対して、詳細もわからない段階で破壊という手段に踏み切るのは普通に考えれば時期尚早だ。
「理由は大きく分けて二つ。一つは、国防軍過激派の想定する人造魔剣の用途がローアン中枢連邦の完全征服であるためだ」
しかし、もちろんリースはその問いに対する明確な答えを持っていた。
「……ローアン中枢連邦、か」
過激派の名から大体は予想していたが、その目的は予想を上回る壮大なものだった。
ローアン中枢連邦は、リロス共和国と隣接する、この大陸における最大の国家だ。かつての魔剣の存在しない時代に頻繁な領土拡張を行った結果として生まれた大国だが、現在は拡張主義は鳴りを潜めており、資源と人員を活用した経済大国の地位を築き上げている。
もっとも、現代では経済国家という言葉は軍事の矮小さを意味しない。超常の剣とそれを扱う剣使が主戦力の時代においては、軍事訓練や徴兵よりも強力な剣を保有する事が軍事力に直結する。そして、剣を手に入れるのに必要なものは他でもない金だ。
「たしかに、仮にリロスから仕掛けるつもりがなかったとしても、人造魔剣の開発を進めればローアンとの対立は避けられないだろうね。あの国は現在の情勢を、自分達が支配者である現状を保つ事に固執している。人造魔剣なんて代物の存在を知れば、それを破棄しようとする可能性は高い」
ナナロが語った内容は、人造魔剣の研究とローアン中枢連邦との対立をより直結させるものだった。仮に国防軍過激派の目的が別にあり、自らローアンに攻め入らなくても、人造魔剣の存在はそれだけで火種になる可能性を十分に秘めているという事らしい。
「人造魔剣にはそれほどの力があるんですか? もしくは、無限に生産できるとか?」
会話の切れ目をついて、口を開いたのは俺。素人でしかない俺が下手に口を出すべきではないかもしれないが、今はそんな自制よりも興味の方が勝った。
公式に発表されているわけではないが、ローアン中枢連邦が国として扱える超常の剣は一説では千に届くとも言われている。リロス共和国も決して小さな国ではないが、それでも国防軍の保有する魔剣は三百が精々だろう。
それほどの戦力差のあるローアン中枢連邦と敵対するリスクを顧みないどころか、積極的に戦争を始めようとまで考えるほど、人造魔剣とは強力な代物なのだろうか。
「おそらくではあるが、人造魔剣は量産よりも個々の質を重視した技術だ。よって、実験も頻繁というわけではなく、完全な形で入手できたのは二回分の結果だけだった」
「これが……その資料?」
量産ではない、とすれば一本で戦局を変えるような規格外だろう。ある程度の覚悟をしてリースの取り出した資料の束を手に取るも、それでもなおそこに書かれていた内容には驚きを禁じ得なかった。
「東ガナス殲滅実験……でも、これは」
資料の最初に記されていたのは実験名、そしてすぐその後には歪な円で実験範囲が記された地図が描かれていた。場所は東ガナスの山岳部、地理に興味のない俺にも聞き覚えのある地名だ。
「そう、それは公に東ガナス反乱軍内紛事件として知られているものだ。反乱軍のリーダー格の二人、共に強力な剣使であるメロ・グロリアとオリオール・メットの反発により起きた国内最大規模の反乱軍の内紛は、地形が変わるほどの被害と共に終結したとされている」
反乱軍とは、便宜的にそう呼ばれているものの軍事組織とは程遠く、どちらかと言えば力を持ってしまった犯罪者集団というのが近いような雑多なものだ。
だが、戦力の面では小国の軍隊やそれ以上に匹敵するような反乱軍も一部に存在する。東ガナス地方に拠点を構えていた反乱軍も、そのようなものの一つだった。
この剣使の時代では、時に一振りの強力な魔剣が数千の兵を上回る。メロ・グロリア、オリオール・メットの二人を筆頭として、強力な剣と剣使を多く保有していた東ガナス反乱軍の内紛による自壊は、体制派には喜びとして、人命尊重派には悲しみとして、そしてそれ以外の国民にも衝撃として周知されていた。
「それが、人造魔剣の実験だったと?」
「少なくとも、資料にはそう記されている。私から言えるのはそれだけだ」
地図に描かれた実験範囲、そしてその下に書かれた実験結果――地形や建造物の損壊は俺の知る東ガナス反乱軍内紛事件のそれとほぼ一致している。資料に記された内容が捏造でない限り、内紛事件と人造魔剣の実験は同一のものと考えてまず間違いないだろう。
「……なるほど」
たしかに、人造魔剣は危険な代物だ。
ただし、危険なのは東ガナスの反乱軍を一振りで一掃する力でも、国防軍過激派がその事実を隠して使用した事でもない。それらはあくまで力の度合い、そして使い方の問題だ。
「人造魔剣は、完成してないんですね?」
資料の中に一つ、公表されている東ガナス反乱軍内紛事件との相違があった。
それが、死者の数。あくまで推定であり正確な数字は割り出せないにしても、公になっている死傷者数よりもそこに記されている数は明らかに多かった。それだけなら単純に国民感情を考えて死者数を意図的に少なく公表したという可能性もあるが、続く二枚目の資料に記された内容がそれを否定する。
「そう、それが二つ目の理由だ。人造魔剣の研究と実験は、犠牲の上に成り立っている」
死者の内訳は、およそ八割が反乱軍。それに二割ほどの民間人と、数人の軍人がそれぞれ区分けされて死者として名を記されていた。更に追っていくと、その死者の中には人造魔剣の剣使と思われるアール・ロロナという名の男も含まれていた事がわかる。
つまり、人造魔剣はまだ完全に制御する事のできるものではない。それを扱う剣使すらも死亡しかねない剣の研究と実験を許しておくわけにはいかないと、立ち上がったのがリースであり国防軍主流派だという事だろう。
「加えて言えば、この実験結果を見るに人造魔剣の研究は国際法に違反してもいる。ローアン中枢連邦及び、場合によってはその他の国家も、人造魔剣研究の内実が公になれば、正当性の元にリロス共和国を打倒しに来るだろう」
国際法に詳しいわけではないが、人命すら危険に晒しての研究が否定されるのは当然の理屈なのかもしれない。命を費やし兵器を造るなど、流石にふざけた話だ。
そこまで考えたところで、ふと、嫌な想像が頭を過った。
「……シモン、これ」
それが完全に形になる前に、俺の名を呼ぶクロナの声に視線が引かれる。その顔に浮かんでいたのは真剣な表情、そして手には資料が差し出される形で握られていた。
「ナイラス砂漠数的実験? 知らない名前だな」
クロナから受け取った資料に記された実験名には、俺の知らない地名があった。リロス国内に砂漠地帯があった覚えはないため、国外の地名なのかもしれない。
「砂漠の中心での実験か、平和だな」
地図上には建造物の類らしきものはなく、巨大な円とその中にもう一つの小さな円が描かれているのみ。東ガナスの時と違い、反乱軍の鎮圧といった他の目的を兼ねたものではなくただ純粋な実験だったという事だろうか。
「違う、こっち」
資料を読み進めようとする俺を遮り、クロナは二枚目の資料をめくる。そして彼女の指差した先、人造魔剣の剣使として記されていた名前に思わず息を呑む。
「……クーリア・パトス」
その名に触れるのは、クロナに人造魔剣との繋がりを示唆された時以来だった。
正直、まだ疑っていた部分もあった。なにせ、クロナの言葉には証拠がない。縋るように信じるしかなかったその言葉は、しかし文字としてクーリアの名が記された資料を前にして形を持った事実となっていた。
「っ……!」
驚きと衝撃に遅れて、焦りと不安が頭を覆う。東ガナスでの実験では、人造魔剣を手にした剣使は死んだ。ならば、クーリアもまたそうなっている可能性はあり得る。
「クーリア・パトス。彼女は現在の人造魔剣の剣使、その第一候補だ」
俺の推測は、しかしリースの言葉に否定される。追って目を落とした資料の中には、そもそも死者の欄が存在していない。
つまり、クーリアは少なくともこの実験では死んでいない。そしてリースの言葉が正しければ、今もまだ生き続けているはずだ。
「クーリア……」
ようやく、見つけた。
かつての幼馴染、かけがえのない友人。そして、故郷の数少ない生き残りの一人。
一度は諦めていた。クロナに名を聞かされるまでは、生死すらわからなかった。だが、今は手を伸ばせるところにいる。
そう考えるだけで、俺の手は無意識に剣の柄を強く握り締めていた。
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