2-5 会議
「紹介しよう、彼女が今回の依頼人にして情報提供者、そしてリロス国防軍への侵入の手引きをしてくれる事になっているリース・コルテット上等兵だ」
ナナロとの顔合わせから翌日、クロナの呼び出しに応じて向かったホールギスの屋敷には見知った顔が招かれていた。
「よろしく頼む。そちらがクロナさん、そして君は……」
「どうも」
リースの方も俺の顔を覚えていたらしく、俺は彼女へと頭を下げる。
「『なんでも切る屋』のシモン君だったか。ホールギス兄妹の関係者だったのか?」
「まぁ、そんなところです」
一から説明するのも億劫なため、リースの問いには肯定しておく。
そもそも、俺自身もなぜ自分が人造魔剣の破壊に同行する事を許可されたのかを正確に理解しているわけではない。わかるのはクロナが俺へと便宜を図ってくれた事くらいだが、そのクロナが俺を仲間に引き入れたがる理由の方には全く見当も付かない。
「……今回の件については、口外しない約束だったはずでは?」
リースの口から出た言葉は糾弾、その矛先は俺ではなくナナロへと向いていた。
ホールギス兄妹とリースの間の契約の詳細は知らないが、リースが人造魔剣の破壊の大元の依頼者であるなら、事の決定権はリースにある。相談もなしに部外者である俺を引き入れた事に憤りを感じるのも無理はない。もっとも、その行動も元を辿れば兄妹の総意ではなくクロナの独断なのだが。
「僕達二人にできる事には限度があります。情報の収集、道具の調達、他にも信頼できる協力者の力を借りずに僕達の活動は成立しない。シモン君はその中でも表に立つ役割、同行者としてこの場にいるという話です」
責めるリースに、ナナロは一切動じる事なく言葉を返す。
「……私は、反対だな」
ナナロの言葉に流されるかと思われたリースは、しかし俺を見据えるとそう告げた。
「魔剣を他に隠し持っていたというならともかく、君の腰にあるのはあの時と同じ、ほとんどただの鉄塊に過ぎない剣だ。ホールギス兄妹の関係者とは言えど、民間人を半ば自殺紛いの危険に晒すわけにはいかない」
しかし、続いた言葉は予想外のものだった。
たしかにリースは店に訪れた際、実際に俺の剣を手に取っている。だからその無力を知っているのは当然だが、その事への心配を自分ではなく俺に向けるような事は良心的に過ぎる。
「シモンの心配は要らないよ。だって、私が守るから」
そこに割り込んできたのはクロナで、なぜか身体ごと俺とリースの間に割って入る。
「だとしても、だ。彼が剣使ではない以上、ハイアット市の出身である事を差し引いてもシモン君の同行には危険の方が大きすぎる」
「それは君の考えだよ。私は、シモンを連れてった方がいいと確信してる」
「……待った。どうして、リースさんが俺の出身地を?」
クロナとリースが睨み合うも、俺にはそれ以前に引っかかるところがあった。
俺がハイアット市の出身である事は、人造魔剣の剣使であるクーリアとの関係性の大元ではある。だが、それはリースやホールギス兄妹にとっては関係のない話のはずだ。俺とクーリアの関係性が、人造魔剣の破壊に役立つとは思えない。
だから、クロナだけならともかくリースまでもが俺の来歴を知っており、それをプラスの要素であるかのように語っている理由がわからない。
「ケトラトス家は、ハイアット市の中枢を占めていた家系だ。その直系であった君の名前もまた、ハイアット市について調べれば自ずと見つかる。君について嗅ぎ回るつもりはなかったのだが、その事で気分を害してしまったのなら謝ろう」
「いえ、それは構いませんけど……そもそもなんでハイアットを調べてたんですか?」
ケトラトスの名が俺の出身地であるハイアット市で力を持っていたのは事実であり、その恩恵も弊害も否定するつもりはない。ただ、それ以前にこの場でハイアットの名前が出る事が不思議なのだ。
「ああ、言ってなかった? 今、人造魔剣のあるのがハイアット市、君の出身地なんだよ」
俺の問いに答えたのは、意外そうな顔をしたクロナだった。
「人造魔剣が、ハイアットに――」
それは、一種の皮肉であり、だが同時に納得のいく答えでもあった。
思えば最初、リースが俺に接触を図ったのも、その事実を知っていたからなのだろう。旧ハイアット市の生き残りである俺の助力を得ようとしたリースは、しかし俺が剣使ではない事を知り、人造魔剣の破壊に巻き込むのは危険過ぎると身を引いた。
もっとも、納得できるのはそこまでだ。
「だが、それでもシモン君が現地に向かう必要はない。今と当時では、ハイアット市の構造は大きく違う。情報源としてならともかく、案内役にはならないだろう」
そう、俺は今のハイアット、かつての街が全壊し無に帰した後、再び一から作り上げられた街についてはほとんど何も知らない。だからこそ、リースも俺を無理には巻き込まなかったのだろう。
だが、クロナは違った。そして、その理由はいまだにわからない。
「それを決めるのは、僕達です。そして、彼を連れて行く事は、すでに決定事項だ」
リースの反論に応じたのは、クロナではなくナナロだった。
やはりというべきか、ナナロも俺がハイアット市の出身である事を知っていたらしい。その上で俺の同行を認めたのは、先日の力試しの結果ゆえか他に理由があるのか。
「あまりこういう事を口にしたくはないが、今回の件に関して私は依頼者だ。事の最終決定権は私にあるはずだ」
「そう考えているなら、契約を確認する事をお薦めします。僕達が請け負ったのは、人造魔剣の破壊という結果のみ。その過程に関して、あなたに一切の決定権はありません」
僅かに硬さを帯びた声で凄むリースに対し、ナナロは完全に常の語調で返す。
「そんな道理が――」
「それを呑んだのはあなたです、リース・コルテット上等」
「――っ」
ナナロの宣言に返す言葉を失ったリースは、下唇を噛んで項垂れる。
「……わかった。彼の、シモン君の同行を認めよう」
そして、やがてリースの出した答えは、俺にとっては都合のいいものだった。
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