2-7 剣使の同行
「うん。ナナロは、君の事を知ってたっぽいね」
リースとの顔合わせ兼作戦会議の翌日、連れ立っての外出の最中に俺とクロナは会話を交わす。個々の用事と共通の用事――後者は必要な物の買い出しだが、それらを済ませると同時に俺からクロナに対するいくつかの疑問を問い質す目的もあった。
「なら、クーリアについても?」
「彼女についてナナロが話した事はないけど、そう思っておいた方がいいかな。完全にはわかってなくても、君とあの子の間の関係を疑ってはいると思うよ」
クロナの言葉を信じれば、クロナとナナロは情報を共有したわけではなく、それぞれ別々に俺がハイアット市の出身であるという事実へと辿り着いた。クロナは俺の前でクーリアの名前を出す事で俺達の関係性を確信したが、ナナロもその前の段階までは辿り着いていると考えるべきだろう。
「それなのに、俺の同行を許すんだな」
「……だからこそ、なのかもね」
俺の投げかけた疑念に対して、クロナの答えはどこか手探りだった。
「ナナロにとっては、君もリースも手段でしかない。君を連れて行くのも、私にはわからないところでその方が上手くいく根拠があるからなんだと思う」
「だろうな」
そもそも、俺もナナロとリース、そしてクロナをクーリアに辿り着くための手段としか見ていない。俺達は結局のところ、互いに利用し合うだけの同行者に過ぎないのだ。
「私からも、一つ聞いていい?」
「ああ」
「クーリア・パトスについて、君の知ってる事を話して」
それは、あるいは今更とも言える問いだった。
「クーリアは俺と同い年の少女だ。白髪に瞳は翠色、体型は昔の事だけど――」
「そうじゃなくて。クーリアは、どんな剣使なの?」
俺の口にした外見的特徴の説明を遮り、クロナは率直に問う。
「……正直に言っていいなら、わからない」
「わからない?」
「そもそも、俺は剣使について詳しくないからな。その上、クーリアが魔剣を扱うところを見た事も数回程度しかない」
俺とクーリアは、共に競い合う剣使などではなかった。だから、俺が剣使としてのクーリアについて知っている事はごく僅かで。
「ただ、少なくとも俺よりは優れた剣使だったな」
それは紛れもない真実だが、同時に完全に無価値な答えだ。今のところ、俺は俺よりも劣った剣使を知らない。
「……なるほど、ね」
半ば冗談のつもりで口にした誤魔化しに、しかしクロナはなぜか真剣な頷きで返した。
「じゃあ、私とその子、どっちがかわいい?」
「は?」
かと思えば一転、クロナの問いは完全に無意味なものに変わった。
「だから、私とクーリアのどっちがかわいいの?」
「……それを聞いてどうするんだ?」
「どうするって言われても。まぁ、強いて言えば勝ち誇る、かな?」
一応の確認に、返ってきたのは予想通り――ではないが、気の抜けた答え。
やはりというべきか、どうやらクロナは一方的に真面目な質疑を終わらせてしまっていたらしい。俺としても今のところ聞くべき事も話しておく事もないため、構わないと言えば構わないのだが、切り替えのタイミングが唐突過ぎる。
「ねぇ、どっち? どっちなの?」
「……はぁ」
初対面からわかっていた事だが、クロナの相手は疲れる。互いに利用し合う同行者の関係性でありながら、まるで友人であるかのような態度も見せる。と言うより、そちらの態度の方が常だ。
あるいは、クロナのその姿勢は参考にすべきものなのかもしれない。目的がいかなるものであったとしても、そこまでの過程の全てで気を張っている必要はないだろう。
「そんな事より、もう着くぞ。お前の目的地だろ、これ」
「誤魔化そうとしてもダメだよ。それとも、もしかして照れてたり?」
「照れてない。慈悲だ」
「……あれ? それって答えじゃない?」
首を捻るクロナを先導するように、目の前にそびえ立つ巨大な建造物群、クロナの用事を済ませるための目的地へと歩を進める。
正式名称はリロス共和国立剣使養成機関、通称は『剣使の学校』。つまり、剣使が戦闘訓練や戦術の学習を詰むための場所だ。
「やっぱり、お前にここは似合わないな」
「あー、まぁね。正直、私が今更何か学ぶ事とかないしね」
クロナはどこか誇らしげに胸を張るも、俺の言葉の意図を履き違えている。
「いや、そういう意味じゃなくて、純粋に見た目が。学校って歳じゃないし」
「――はぁっ!? 私、まだまだ若いんだけど! 君とも一つしか変わらないんだけど!」
軽くからかってやるつもりが、声を張り上げて抗議されてしまう。もっとも、俺にとって肝心なのはその内容だった。
「……えっ?」
「なんで本気で意外そうな顔してるの!?」
「いや、だって……えっ?」
クロナは性格的に幼いというかイカれたところはあるが、それでも外見は一言で言えば落ち着きのある美人だ。年増と呼ぶには程遠いが、それでも正直言って俺とほぼ同年代だとは思っていなかった。
「マジかー……私、シモンにクソババアだと思われてたのかー。やばい、泣きそう」
「泣け」
「否定と慰め! ここで君がすべき事は否定と慰め!」
クロナが泣き真似から目を潤ませての抗議に切り替えたため、適当に手振りで宥める。
実際、勢いで泣く事を推奨してしまったが、流石に俺もクロナをクソババアとまでは思っていない。精々がクソ女だ。
「まぁ、気にするな。年がどうあれ、見た目がキツいのは変わらない」
「ぶっ殺すよ? ここで、君を」
何か生命の危機を感じたため、謝りはしないが口を噤む。クロナという女には、もしかしたら本気でここで俺を殺しに来るかもしれないというヤバさが感じられる。
「とにかく、今は剣を取りに来ただけだから。さっさと入ってさっさと帰るからね」
「別にそんなに気にしなくても」
「だ・れ・が、気にさせたと思ってるのかな、君は?」
詰め寄ってくるクロナを避けながら、剣使養成機関へと一歩を踏み出す。実際、剣使の学校とは呼ばれていても、通う者の中には成人も珍しくないため、着用は任意の女性用制服さえ身につけなければ、クロナが中にいてもそれほど浮く事はない。
「……いや、目立ってるな」
そんな俺の考えは間違いだったようで、足を踏み入れた機関の中で俺達、正確にはクロナはかなり周囲の注目を集めていた。単純に美人だから、あるいは服装が派手な少女趣味だからだけではないだろう。剣使候補生達の喧騒の声の中には、クロナ、あるいはホールギスの名が飛び交っていた。
「まぁ、私って結構有名人だしね。剣使の大会とかでも結構優勝したりしてるし」
「その割には、俺は少し前まで知らなかったけどな」
「君は剣使に興味ないからね。と言うか、ぶっちゃけ嫌いでしょ?」
「……どうしてそう思うんだ?」
気を抜いた雑談の中で予想外に鋭い指摘を刺され、素直に驚きが口に出る。
「だって、そうじゃなければナナロの用意した剣を手に取らないわけがない」
クロナの纏った雰囲気が、わずかに変わった。
「君は、超常の剣とそれを扱う剣使を絶対的に嫌ってる。だから剣術使いになったし、魔剣や聖剣を扱おうとしない」
詰め寄るように、圧し潰すように。クロナは言葉を重ねる。
「でも、君は選ぶべきだよ。剣への拘りか、クーリア・パトスか。そうしないと、君は自分の命まで失う事になる」
それは、忠告だった。
目的のためなら剣を取れ、さもなくば諦めろ。つまりクロナは、俺が魔剣を使えないと言った言葉を嘘だと断じていた。
「……まぁ、そうだな。俺は剣使が、魔剣使われが嫌いだ」
だから、俺も真剣に返す。
「ただ、別にトラウマだとか大層な話じゃない。それに、好き嫌いと手段は別だ。俺はナナロの剣を取らなかったんじゃなくて、取れなかったんだよ」
「へぇ……」
もっとも、俺の言葉を嘘だとしたクロナには、ここで同じ言葉を重ねても無駄だろう。結局のところ、これで状況が何か変わるわけでもない。
「いいよ、信じてあげる」
だが、クロナは纏っていた重い雰囲気を払うと、そう言って笑った。
「それより、どう? 私は?」
「は?」
跳ねるようなクロナの変化に付いていけないのと、単純に言っている意味がわからず、口から気の抜けた声が零れる。
「シモンは剣使が嫌いなんでしょ? じゃあ、私の事も嫌い?」
単純明快な問いは、だが一応は前の会話の流れを汲んでいた。話題の転換は唐突なものだったが、俺の方にはあえて会話を遡る必要もない。
「ああ、もちろん」
よって、ごく自然に返す事にした。
「……泣くよ?」
クロナが器用に目を潤ませて俺を見るも、無視。いい加減に俺の反応もわかっているだろうに、懲りずに自分から藪蛇をつつくのが悪い。
「別に、俺も剣使全員が嫌いなわけじゃない。強いて言うなら、その概念が嫌いなだけだ」
「むしろ、そうだとしたら私が嫌われるの納得いかないんだけど」
「それは……まぁ、あれだよあれ」
「あっ、説明する気がないね?」
平常運転に戻った会話を続けている内に、やがて受付のある本棟にまで辿り着く。
「クロナ・ホールギス。神剣『Ⅵ』を受け取りに来たよ」
開口一番に名乗り、そして単刀直入に要件を突きつける。
剣使養成機関の役割としては、文字通りの剣使の養成と同等の、あるいはそれ以上に重要な側面がある。それが、剣使への超常の剣の譲渡だ。
譲渡と言っても、無償ではなく金銭での売買、あるいはそれと等価値の剣使としての仕事を行った対価として剣を与えるというのが剣使養成機関のやり方だ。国防軍との繋がりもある国の機関であるため、基本的に市場価格よりは安価で魔剣の類を入手する事はできるものの、その代わりとして剣の譲渡の際はいくつか特別な契約を結ぶ事にもなっているらしい。
「ホールギスさん、ですか? はい、お越しになる事は伺っていますが、剣の選定については試験を行った後にこちらの方で候補を上げる決まりになっていまして」
特に普通の売買と違うのは、剣使の側が好きに剣を選ぶ事ができないという点だ。より優れた適性を持つ剣使により優れた剣を、そうでない者にはそれなりの剣を。その中でいくつか選択肢が与えられるのが常だが、基本的に剣使養成機関は最も戦力的に効率的な配分となるように剣と剣使の組み合わせを作っているという話だ。
「えっ? でも、ここにある中で一番いい剣って神剣『Ⅵ』でしょ? じゃあ、それが私の剣って事じゃん」
「ええっと、その、ですね……」
何の疑いもなく言い切ったクロナに、受付の女性は当然ながら完全に困惑していた。
「いいから、試験だか何だか知らないけど受けとけよ。お前の言う通りなら、それで目的の剣が手に入るんだろ?」
受付から助けを求めるように視線を向けられたため、俺自らクロナを説得する。
「でも、時間掛かるし。君を待たせるのも悪いかな、って」
「いや、むしろちょうどいい。俺はその間に、自分の用事を済ませてくる」
「……えー、せっかくのデートなのに別行動?」
「デートで剣を取りに来る奴がいるか」
クロナは頬を膨らませてみせるが、俺としては実際のところ、ここで別れる口実ができたのは都合がいい。最初から、俺の用事にはクロナを連れて行くつもりはなかった。
「じゃあな、また明日にでも会おう」
「えぇっ!? 今日これで解散なの!? おーい、ちょっと!」
何やら喚く声が聞こえるが、俺もクロナも再集合の都合を付けるにはこの後に掛かる時間が明確ではない。色々と考えるのも手間なので、今日は解散しておくのが最善だろう。
俺が本棟の扉を開けて外に出るまで、クロナの甲高い声は背に浴びせられ続けていた。
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