真弓千聡の日記 #9

6月3日 はれ


 今日はまた、確認テストがあった。この間中間テストが終わったばかりなのに、うんざりする。ちゃんとした定期テストの時は午前中で終わりになる分、普通の平日にやるテストの日は損した気分になる。


 中間テストの最終日にそんなことを話したら、透先輩は「テストはいつあってもラクだからいい」なんて言ってた。人の話を聞いてるほうが疲れるんだって。だったら先輩は四六時中疲れてることになる。確かに最近の先輩はしょっちゅう眠そうにしてるし、教室の窓から二年生の教室を眺める時はいつも、窓際で寝てるのが見える。


 最近、先輩が部室に顔を出さないのも、私と話すのに疲れちゃったからなのかもしれない。


 都合のいい人だ! 私は顔を出さない先輩なんかに振り回されたりしないので、今日のテスト終わりにつぐみんと遊びに行った。場所はいつものマック。県でもT市の辺りではマクドとは言わないらしい。むずかしい……。


「じゃーん」


 面白いのを持ってきたんだ、と言ってつぐみんは使い込まれたエナメルバッグから、小さめの鳥かごを出した。百均で売ってるインテリアみたいなやつ。


「うわあ……」


 彰さんが声を上げて、すっと距離をとった。ごとん、と鳥かごの重さをテーブルに落として、つぐみんは手を離す。どこからも力を加えられていないのに、鳥かごは小刻みに震えていた。


「なんですか? これ……」


 そう尋ねた私はかなりびびっていて、声が震えていなかった自信はない。


「これね、マンドラゴラの苗木。そこで捕まえたんだ」


 ぎええ、と鳥かごの中身が声を上げた。


「悲鳴を聞いたら、死ぬんじゃ」


「死なないよ。所詮苗木だもん」


 つぐみんはからっと笑って、それでも鳥かごはちゃんとバッグにしまった。


「すごいよね。マンドラゴラって言ったら、もうT市には縁もゆかりもないよ。鬼気の漏出が来るとこまで来てるんだ。ちょっと敏感な人なら、体調を崩してもおかしくないくらい」


 祓魔師の少女は私をじろじろ見た。


「だから、心配してたんだけど……千聡ちゃんは、大丈夫そうだねえ。お兄がちゃんと見てるのかな」


 先輩はしばらく顔を出してないよ、とよっぽど言おうかと思ったけど、やめた。それを口に出したら、なんだかそれを気にしてるみたいじゃない? 自分が、“男の人に気分を左右されてるヤツ”だと誰かに思われるのは、我慢ならない。


「大丈夫なんですか、それって」


「だいじょぶ、だいじょぶ。龍脈をすぼめたから、一時的に不安定さが増してんの。しばらくしたら、収まるよ」


 そしたら、私の仕事もおしまい。そう言って、つぐみんはポテトをつまんだ。


「帰っちゃうんですか?」


「私にも生活があるからね。そろそろ学校行かなくちゃ、進級が怪しいからさあ。ほんとはずっとこっちにいたいくらいだけど、神宮が離してくれそうにないし」


「つまんないですね」


 私はマンドラゴラの鳥かごをつついて、中身をひっくり返した。ぎええ、と声を上げて、土まみれの苗木が転がりまわる。かなり騒々しいはずなのに、周りに座っている人達はこちらを見向きもしなかった。


 私にだけ、惨めたらしい生き物の姿が視えていた。


「気に入ったなら、持って帰ってもいいよ」


 つぐみんはそう言ったけど、私は拒んだ。あれは少し、一人で眺めているにはキツすぎる。


「じゃ、鳥かごだけあげるよ。雑魚ならこれで捕まえられる。来月には夏休みでしょ? 監察日記でもつけるといいよ」


 いらないって言ってるのに、つぐみんはエナメルバッグから空の鳥かごを取り出して、私に押し付けた。だから今、これを書いている机の上には、銀色の鳥かごが光ってる。お母さんには、学校の友達からもらったって言っておいた。あの人はまだ、私がそういう“普通じゃない”人と付き合うのを快く思ってないから。


 今日の晩ごはんは鶏と野菜の蒸し焼きと、じゃがいものお味噌汁。久しぶりに芋を使ったら、煮崩れちゃった。



6月4日


 なんだか調子が悪い。


 まず、夢見が悪かった。ベッドの周りを黒い人影が囲んで、私を覗き込んでいるいつものやつ。最近は見てなかったのに、今朝は息すらかかりそうな距離に影がいた。なのに、顔も見えなければ何を着ているのかもわからないのだ。


 ちょっとぐぐってみたら、影のイメージは、私の持つ潜在的な不安を表しているらしい。影の色が濃ければ濃いほど、不安は強いとかいう話で、なかなか当たっていると思う。


 このところ、お母さんやおばあちゃんと、少しずつ距離を置いている。日記はしまっておくだけじゃなくて、鍵をかけて見られないようにしたし、そもそも私がいない間は部屋に鍵をかけることにした。私の部屋についてるのは鍵穴がなくて、コインがあれば誰でも開けられてしまう頼りないものだけど、「入らないで欲しい」っていう意思表示にはなる。


 今のところ、私の出かけてる間に誰かが入った形跡は見つけてないけど……彰さんに聞いた話だと、補助鍵とかいう便利なものも売ってるらしい。今度ホームセンターに行って物色してみなくちゃ。


 こんなに誰かと付き合うのに、壁を作るのは初めてだし、それが家族なのもあまり面白くない。でも、家出のあてはないし、高校生がちょっと家出したって、最後は帰らなきゃならなくなるだけだっていうのは、重々わかってる。


 ここまで書いただけで、ちょっとうんざりしてきた。でも、まだある。


 確認テストが返ってきた。昨日の今日なのに、勤勉な先生達だと思う。結果は前回のことを考えればかなりいい感じて、そんなに悪いとは思わなかった。……思わなかったのは私だけで、お母さんもおばあちゃんも、あまり良い顔はしなかった。


二人とも、私の中学の頃の成績を知っているから、総合すると下がってるようにしか見えないんだろう。高校は生徒の数も難易度もまるで違うんだから、順位一ケタ台は天上界なんだってことを、二人とも全然理解できないみたい。


 日本史の授業を聞きながら、内憂外患ってこういうことだと思ってたんだけど、こうして書き出してみると私にとって問題なのは内憂ばかりみたいだ。外の人とかモノとは、結構上手くやれていると思う。


 部室にも、今日は狛田先輩が来たし、久しぶりに――本当に久しぶりに、透先輩も顔を見せてくれた。学校に来てるのは知ってたけど、やっぱりちゃんと顔を合わせて話すのと、遠巻きに眺めているのとは違う。


 少し疲れてたみたいだけど、先輩は何も変わってなくて安心した。部活に来なくなってたのは単純に忙しかっただけで、写真部が嫌いになったわけじゃないみたい。


 透先輩と狛田先輩の二人が製本を手伝ってくれたお陰で、予定より一日早く“け”を発行できた。今月のはばっちり時事ネタを使ってたし、それも狛田先輩の厚意で持ってきてもらったものだから、ちゃんと間に合うように出せて一安心。祭の終わった後に踊り出すことほど、みっともないことはないし、一つ肩の荷が下りたような気がしてる。


 それに――なにしろ、今回の“け”はかなり自信がある! もちろん、いつもはないわけじゃないけど。生半なことでは駆除されない怪異譚を扱えた気がしてる。暦に応じて陰の気が強くなる、なんて話は大きすぎるから、鳥かごには収まらないし、こういう“時間の考え方”みたいなものは刀で斬ったり、除霊ビームを打ち込んだり出来ないはずだ。


 だから、私の視ている世界には、まだ手に負えない神秘が残っているってことになる。寺産まれや神社育ちに負けない何かを信じられそうで、ちょっと落ち着いた。ただ、少し話がボンヤリしすぎたかな、とも感じる。


 次は先輩と一緒に身近な怪異を取材に行って、もっと地に足の着いた記事を書かなくちゃ。


 今日の晩ごはんは塩鮭とほうれんそうのおひたし、豆腐とワカメのお味噌汁。おばあちゃんに任せると、三日くらいのペースで献立がローテーションするから困る。


 それから、今日はなんとかいうお茶を部屋まで持ってきた。基本的に歯を磨いた後の夜食は控えてるんだけど、最近は寝つきが悪くて昼間まともにやってられないくらいだから、色々試してみてる。


 今手元にあるのは、「寝付けない」って言ったら狛田先輩がわけてくれたやつで、ハーブだかなんだか、カフェインの入ってないお茶らしい。成分のことはよくわからないけれど、とりあえず身体はあったまって、眠くなってきた気がする。


 眠気の糸が切れないうちに、眠れるといいんだけど。

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