Case3:梅乃の振袖
真弓千聡の日記 #3
4月25日 あめ
確認テストの平均点が出た。科目ごとの平均点はそれぞれ返してもらったときに聞いてたんだけど、全体のを聞くのは今日が初めて。上の下……と、中の上との間かな。二桁ではあるから、大半の人よりは良いってことになるけど、中学の頃のことを考えると手放しで喜べる点数じゃない。お母さんには機嫌が良い時を見計らって見せるようにしよう。
先輩に見せたら「最初ならこんなもんじゃないの」って慰めてくれた。それから、分厚い封筒をくれた。なんだって聞いたら、バイト代だって。彰さんの家に行ったときの報酬らしい。全部千円札になってたけど、それでもけっこうあった。「藤堂家の家訓は自助努力だから、祓ったやつが総取りしていいんだ」そうです。
「私、何にもしてませんよ」
「何にもしてなくはない。話を持ってきたのは真弓だし」
それ以上は何も言わないことにしました。もらえるものはもらっておきたいし、夏服をそろそろ新調したかったので。このままだと、今の制服の袖を切って、夏服にしなくちゃいけなくなる。お母さんはそれでもいいって思ってるみたいだし、ほんとは私にいつでも消毒直後みたいな匂いでいて欲しいみたい。
制服戦略は一応成功してて、クラスでもえいちゃんと一緒に制服部なんて言ってるけど、それでも私がけっこう危ない橋を渡って今の位置を保ってるんだってこと、お母さんも分かってくれればいいんだけど。
今日の晩ごはんはペペロンチーノと冷やしたラタトゥイユの残り。おばあちゃんがお出かけだったから、思いっきり洋風にしてみた。お母さんにはなかなか好評。
メモ
服とお風呂セットの詰め替えを買って、まだお金が余るようならフィルムの替えを買っておくこと。
4月26日 あめ
今日も天気が悪くてうんざり。行き帰りの電車の中が蒸してて、学校に行くのも帰るのもだるい。靴も濡れるし。行く方の通学路で彰さんにそう言ったら「生きてる時は私もそう思ったなあ」なんて過去形で話された。雨粒が体を突き抜けてる人にこんなこと言ってもしょうがないけど、共感が得られなくて不満。
彰さんといえば、最近は日記を隠して書いてる。初めのころは手紙を書いてるみたいで楽しかったんだけど、だんだん書きたいことが書けなくなってきたから。私はかなりはっきり見えてるから、本当に“誰もいないとき”を見計らって日記を開けばいいけど、先輩みたいに幽霊がいるのは知ってても良く見えない人は大変じゃないのかな、と思います。
どっちにしても彰さんは最近、ただで映画を見るだの生で芸能人を見るだの、死人生活を楽しんでいて、前ほど私のそばにはいない。この前会ったとき「楽しそうでいいなあ」って言ったら「生きてるだけで十分でしょ!」ってちょっと怒られた。
「私もタダ映画見たいんですもん」
「生きてるうちは、普通に見に行きなさいよね。あこぎなことすると、地獄に落ちるわよ」
思い出してて思ったけど、この時の彰さんは細木数子みたいだった。本人に見られてたら、こんなこと絶対かけないな。
「見たんですか、地獄?」
「知らないわ」
彰さんはあんまり面白くなさそうにして、映画館に飛んで行ってしまった。しょっちゅう「私は死んでますから!」みたいな言葉を口にするくせに、いざ私がこういう話を振ると気に食わなさそうにするのはずるい。
放課後、山ちゃんにゴールデンウィークの予定を聞かれた。写真部に撮影に来て欲しいんだって。写真部が写真を撮るのは当たり前なんだけど、私は写真部で純粋に写真を撮ったことはなかったから、ちょっとびっくりした。
「同じ中学のよしみで、ね? お願い! 被服部も、風前の灯なの」
なんて言われたけど、山ちゃんの頼みなら同じ中学でなくても手伝いますよ、って答えた。最初は新聞部に来てもらうつもりだったのが、ゴールデンウィークは運動部の春季大会の取材で忙しいらしい。……まあ、これは言わないでくれてもよかったかな。山ちゃんが変わってなくて安心した気もするけど。
晩ごはんはとり胸肉のソテーと蕪の赤しそ和え。味噌汁の具はキャベツと人参でした。
4月27日 くもり
お母さんが早上がりの日で、早めに帰った。それでもお母さんは私より先に帰って、ご飯の支度をしてくれていた。今日は楽が出来ていいなあと思っていたら、牛すじ大根が出てきた。本当は週末にカレーにしようと思って冷凍してたんだよ、とは言えなかった。
おばあちゃんは昨日から叔父さんのところに行ってるし、お母さんは明日休みだったから、今日は珍しくお酒を飲んだ。酔ったときのお母さんは三割増くらいでお説教したがりになるからあんまり好きじゃないんだけど、私が付き合わないとしょうがなかった。案の定、お母さんは私の生活とか、成績とか、服装とかについてあれこれ言い始めて、雨の日の電車より私はうんざりした。
それより……やっぱり書くことにする。お母さんは私が写真部で部誌を出してるのを知ってて、それにもけちをつけた。私には、そういう空想から早く卒業して欲しいんだって。よっぽど「くそくらえ!」って叫んでビールをぶっかけてやろうかと思ったけど、私は神妙な顔でうなずいておいた。我ながらとてもえらかったと思う。
その後、部屋に上がったら彰さんがふわふわ浮かんでた。一階でまだ飲んでるお母さんには聞こえないくらいの声でさっきあったことをぶちまけたけど「嫌な女」って言ったときの声は少し大きすぎたかも知れない。聞こえてなきゃいいんだけど。
「千聡ちゃんは優しすぎるのよ。もっと冷たくしなくちゃ」
「そしたら、ギスギスするじゃないですか」
「するけど、いらいらはしなくなるでしょ。がつん! とやって目を覚まさせてやんのよ! そうしなきゃ親なんて、いつまでも調子に乗ってるんだから!」
彰さんの言葉は、手放しで賛成できるものじゃなかった。うちはそこそこ広い和風の家だけれど、私を含めても三人しか住んでない。私とお母さんがギスギスすれば、家中がそうなるだろうし、結局おばあちゃんはお母さんのお母さんだ。
今日の晩ごはんは牛すじ大根と、サラダ。おばあちゃんの漬けた紅しょうがと一緒に食べた。お味噌汁は昨日の残り。そろそろ冷たくても美味しい季節になってきた。
4月28日 くもりときどきはれ
今日はちゃんと部活に行って、先輩にゴールデンウィークの話を伝えた。新聞部が忙しいって話をしたら、「甲子園はもう終わったんじゃないの?」って帰ってきた。野球部以外にも、運動部はたくさんあるでしょ! それに、うちの野球部は甲子園なんか行ってないし。
「水泳部はもっと遅いのよ。六月くらいまで春季に含んでたから」
したり顔で説明した彰さんの声は、先輩の耳には入ってなかった。先輩は嫌そうな顔になって、
「それ、いつ話したの?」
って言った。一昨日だから、確かに連絡は遅れたと思う。それに、明日からはもうゴールデンウィークが始まるから、かなり急な話に聞こえたのかも知れない。実際、先輩は「急だな」って言って、ちょっと目を伏せた。
山ちゃんが言うには、被服部はM大学のゼミだかサークルだかと一緒になって、古い染め物の修繕作業をやってるらしくて、それの写真が欲しいってことだった。たぶん、ちゃんとした写真が撮れる人を呼ぼうと思って写真部に白羽の矢が立ったんだろうし、かなり責任重大だと思う。
「まあ、嫌なら今回は来なくてもいいですよ。撮るのは普通の写真だし」
「そうだね」
先輩はちょっとそわそわして、参考書のページをめくった。私はこの時、煽りの限りを尽くすこともできたけれど、それはやめておく。先輩にはそれなりに世話になっているし、この際素直に思惑に乗ってやろうと思った。
「出来れば、来てくれませんか。三脚とか持って行くの、だるいんですよね」
「荷物持ちかよ」って先輩は駄々をこねたけど、同行は快諾してくれた。二年生になると、どこかの大学を見学しに行って、レポートを書けって言われるらしい。一応期間は夏休みまでらしいけど、先輩は夏休みを全部自分の自由にしたいって言った。わからないでもない。
追記
帰り道で思い当たって、お母さんが帰ってくる前におばあちゃんを問い詰めてみた。やっぱり、部誌のことはおばあちゃんがお母さんに話したんだって分かった。信じられない。
自分でもびっくりするくらい怒っていて、泣けてきている。晩ごはんは自分の部屋に持ってきて食べた。アジの開きを焼いたのと、野菜スープ。お味噌汁は蕪と、蕪の葉っぱ。おなかがたぽたぽする。もうわけわかんない。
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