真弓千聡の日記 #2

4月13日 はれ


 初めて救急車に乗った。


 今日は一日、確認テストだった。範囲は二十日に渡された春休みの宿題で、中学の振り返りみたいなものだけど、自信はない。数学と現国はけっこういい線いったと思うけど、古文と英語は手応えがなかった。五限目のロングろんぐほーむるーむは集会で、地元の社長が呼ばれて、キャリアについてのありがたい話をくれた。


 人が倒れるのを見たのは、帰り道。校門を出たときから前を歩いていた人がちょっとつんのめって、それからべたんと倒れた。最初はこけたのかな、と思ったけど、全然起き上がる気配がなかったし、通り過ぎるときにけいれんしてるのを見て、初めてスマホの緊急連絡機能を使った。


 正直あんまり良く覚えてないけど、通報してからかなりすぐに救急車は来たと思う。途中、電話でいろいろ聞かれたけど、ちゃんと答えられたかはやっぱり自信がない。良く分からないまま救急車に乗って病院まで付き添ったのも、余計なお世話だったかも知れない。でも、駆けつけてきた男の人と女の人は、それぞれ私にお礼を言ってくれた。倒れた人のお父さんとお母さんだって。


男の人は名刺をくれて(坂本さんって言うらしい)、「あとできちんと御礼をします」って言った。なんだか急に一人前になった気分になって、私も「気にしないで下さい」みたいなことを冷静に言った。その後、二人の坂本さんは先生に呼ばれて行った。看護師のお姉さんから、倒れた人は溺れてたみたいだ、って聞いた。←そうなの。


 この時は「ふーん」って感じだったし、どっちかって言うと「円満な家庭」みたいなのを見せ付けられていつものふさぎ込む感じと付き合わなくちゃならないみたいだったんだけど、家の前で彰さんと会った後はかなりましになった。


 彰さんは背が高くて、髪が長くて、すごく綺麗な幽霊で←照れるわ。 今も部屋の中をふわふわしている。五年前に亡くなった水泳部のキャプテンで「生きてたころはかなりブイブイ言わしてたの」って言ってる。本人の見てる前で書くのもアレだけど、こういう“死人ジョーク”みたいなのはどう反応したらいいかわからない。←笑ってくれないと、こっちも気まずいわ。


 ……彰さんは、シャーペンの芯くらいなら動かせる。普通に話してもいいんだけど、彰さんの声は近くにいるのにすごく遠くに聞こえるから、筆談の方がやりやすい。でも、本人が言うには一文字書くだけでもすごく疲れるんだって。←とくにかんじね。


 ほどほどにしてくださいね。彰さんどんどん薄くなってるから。←はい。


 彰さんには、いきなり「あなたが真弓さん?」って声をかけられて、めっちゃくちゃびっくりしたし、よっぽど先輩を呼ぶか迷った。でも、今度ネタにしようと思ってた“水泳部の幽霊”が彰さんだって噂されてることとか、彰さんの家に彰さんがもう一人いたこととか、さっきの坂本さんが水泳部のホープで、もう一人の彰さんに悪さをされたみたいだとか聞くと……っていうか、彰さんから「『け』を学校で読んでここに来たの」って聞いてから、全部ぶっ飛んでしまった。


 これって読者からのお悩み相談ってやつじゃない? 幽霊から相談がきたのも驚きだけど、読者がいたっていうのがすっごく嬉しい。協力しない手はないと思う。明日、先輩に相談してみなくちゃ。


 今日の晩ごはんはしゅうまいとポテトサラダ、おばあちゃんの糠漬け。味噌汁の具はなす。帰りが遅くて、お母さんに文句を言われた。



4月14日 くもり


 数学のテストがもう返ってきた。44点。見たことないような点数で、かなりびびった。平均点は30点ちょっとだったし、彰さんは「結構いいじゃない」って言ったし、周りを見回しても44点はそこそこの点数みたいだったけど、ちゃんと点数の良い人は良いし、あんまりお気楽にはなれない。←気にしすぎないほうがいいよ。テストが悪くても死なないし。


 忘れようと思って部室に行ったら、先輩が返ってきたテストを広げて復習してるところで、私はかなりうんざりした。「こういうのは日々の積み重ねだぞ」って先輩風を吹かせてきたし、実際けっこういい感じの点数が並んでいたので、ちょっとムカついて彰さんから聞いた話をぶちまけた。


 思ったとおり先輩はかなりびびっていたし、彰さんが顔を出したときは相当びびってくれたけど、除霊ビームを撃ちまくるほどびびられせるつもりはなかった。ちょっと仕返しするつもりだったのが、部室の中で大騒ぎすることになっちゃって、制服が白っぽくなった。


 そんな感じだったから、先輩を連れ出すのは難しいかな、と思ったけど、意外とノリノリで着いてきてくれた。テストが良かったからかな。みんなこのくらい単純だったら、世の中誰も苦労しないで済むと思う。


 彰さんの家は、聞いたとおりの大きな家だった。←でかいだけでいいことなんてないよ。  見た感じ、嫌な雰囲気はなかったけど、中に入ってみるとちょっとすごかった。「きえーっ」なんて声、初めて聞いた。声を上げてた明子さんと実際に顔を合わせたら、まるきり普通のおばさんだったのも、怖かった。←ふだんはもっと落ち着いた人だよ。あれがふつうじゃないからね。


 それはわかってます。ごめんなさい。


 彰さんの部屋に行ってからは、もっとすごかった。同じ顔の人が二人いるのもすごかったし、手を叩く音がして、地震が起きたのもすごかった。先輩が結界を張ったのも驚いたけど、もう一人の彰さんを押しつぶしたときはもっと驚いた。先輩がちゃんと見えてる人だったら、あんなことは出来ないと思う。幽霊だから血が出たりするわけじゃないけど、人が圧縮される過程なんてあんまり何度も見たいものじゃない。←わたしも。自分の顔がくちゃくちゃになるのを見るのは一度でいいかな。


 ですよね。


 その後、先輩に水を取りにいったら、台所で明子さんが倒れていた。憲一さんは夫のくせにあまり気が進まなさそうだったけど、私が救急車を呼ばせた。←子はかすがいってのはガチよね。わたしがいたころはもっと仲良かったんだけど。 


 そうですかね。


 帰る道すがら、先輩がチョコレートをおごってくれた。「除霊の後はチョコレートと決まっている」らしい。そういえば、この間も先輩のお兄さんからチョコを貰った。先輩の話だと、明子さんの疲れと幻覚が先にあって、それに呼ばれて彰さんのドッペルゲンガーが来たということだった。←じゃ、わたしはなんなの?


 そこがわからないので、先輩の話はちょっと不足だと思います。


 私の説だと、彰さんのドッペルゲンガーはトモカズキだったんじゃないかな。←?


 県の海側にある伝説ですよ。I湾の方の海女さんに伝わる話で、海に潜る者そっくりに化けるそうです。曇りの日に潜っていると現れて、暗い場所に誘ったり、アワビを差し出したりする。この誘いに乗ると、命を奪われるそうです。後ろ手にアワビを受け取れば大丈夫とか、そうじゃないとか言いますけど……。


(五芒星と格子が並べて書いてある)


 他にも、こういう魔除けを服に縫い付けたりとか。ドーマンセーマンっていうトモカズキよけです。海女さんはトモカズキをすごく恐れていて、これが出たと聞くと二、三日は漁に出ないこともあったそうです。←へえー。なんでそれがうちに?


 いや、それはちょっと、わからないんですけど。


 とりあえず、明日は今日のフィルムを現像したい。前回よりはちゃんと映ってると、いいんだけど。


 今日の晩ごはんは油淋鶏ゆーりんちーとポテトサラダの残り。レモンソースがすっぱかった。お味噌汁の具はねぎとわかめ。明日の放課後、現像に行きます。

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