第1話 崖っぷちの英雄

 この街の時間は流れるのが早い。昔、地べたを走っていた車は空を飛んでいれば、掃除用具のホウキは今や魔道具で移動手段になっている。そんなだから建物も地を離れ、街は空に浮いて多層立体構造になっている。そんなひと昔の人間がコミックに描き殴った妄想(ファンタジー)をそのまま具現化したものがこの街、国名【イネイブ】首都サンライズ・ドーンだった。しかもこの街は今もなお開発が進み、日々ヒトの欲望を現実へと変えていく。

 それに比べて自分、笹宮新(ササミヤアラタ)の体内に流れる時間は泥沼を進むように遅い。ひょっとしたら止まっているのかもしれない。時に5年前に自分は消えて、今いるのは別人とさえ思う時もある。自分としては多少の努力をしているが、惰性で生きてると言われても仕方ない。


「それにしたって、あれはないだろ・・・」


 俺は愚痴を漏らしながら思い出すのは今日の昼の出来事だ。


◇◇ ◇ ◇ ◇


 西陽が指しオレンジ色に染める夕暮れ。俺はこの都市にある学院の教室で一人項垂れていた。


「あぁ、俺って絶対先生に向いてないよな」


 先の大戦から5年、軍人を辞めてツテやらコネやらでこの職に就いたわけだが生徒はどんどん離れて現在5人。その内一人は身内だから実質4人だ。挙句、楽単とか言われて、真面目に受けに来る奴なんてほとんどいない。さらに5人より下回ると強制閉講。即クビだから溜まったもんじゃない。

 そんな笑えない状況の中、助手からは「アラタさんは100%教職には向いていません」との言葉の共に一緒に求人募集の雑誌を渡された。その場では「いらねぇよ」と強がってみたが、最近の読み物は論文よりこっちになってるあたり自覚してる。

そんなことを思い出してさらに気が滅入ってるところに


「ハロー! ミスターササミヤ」

「煽りに来たなら帰れ」


 人の気も知れず、ガラガラとノックもなしに無邪気な様子で入ってきた。この項垂れている俺に茶々入れてきたのは俺と同じ教員のサラ=リーフェルト。自分は座学に対して向こうさん魔術実技と畑が違うが、俺とは真逆の超人気教師である。ついでに低魔力でいかに大きな事象を生み出すかという汎用魔術と使い手として、この国で彼女の上に立つものはそう多くない。ついでに言うと歳は19で美女だ。俺なんか19のときこんな輝いてなかったぞ。

 ボサボサの黒髪にヨレヨレスーツの自分と比べ、綺麗な金髪――こういう服どういう名前だっけ?


「そうか、スリピー『ワンピース』」


さいですか。まぁ要するに自分と彼女は絶対的に釣り合わないということだ。それなのにことあるごとに絡んでくるのが少々ウザったらしい。

 さて、そんな釣り合わない二人が教室で二人きりという状態なのだがまさか恋愛ドラマが如く告白なんてものはないだろう。というかそんなもんされたら自己嫌悪でここから飛び降りる。そうやってあり得ないことを考えてから、先ほどの過ちを自分のなかでなかったことにして


「美人で秀才のサラ先生が何のご用件ですか?」


なんてさも意識してないようにジト目で聞いてみる。


「べつにー。あなたが『こんなところ辞めてやる! ムキッー!』ってなってること見にきただけよー」

「一人でそんなことやってたらヤバイやつになるだろが。それとも俺がヤバイやつに見えるのか?」

「えっ。そうじゃないの?」

「そこで聞き返されると真面目にヤバイやつ認定されるからやめろ・・・」


 俺はそう言って頭をポリポリかく。内心では毎日どころか毎秒叫んでいるが、そんなことこの女に言う必要もないし、言いたくもない。それに俺にも養うヤツらがいるからこういった固定給を貰える職を手放す訳にはいかないのだ。現状は職の方が手から離れつつあるわけだが。

 サラは空いている席に座り、俺は目に映すのが煩わしくなり窓の方に顔を背ける。はたから見れば俺とサラはさながら、先生とふてくされた生徒に見えるだろう。



「で、本当のところは?」



 彼女の金髪に夕暮れの日差しが反射し、青い瞳が俺を貫く。態度が今までのそれとは違うものだった。真面目に答えるか適当に返すか少し考えた結果


「本当もクソもねぇよ。お前になんか相談したところでどうにかできる問題じゃないからな」


と吐き捨てるように突っ返した。「一応大人である俺が未成年のやつに助けてもらうなんてみっともない」とかいう子供じみた考えが、相談するという簡単な一歩を踏み出させなかった。アホみたいだな、俺。彼女はそんなヒネくれた俺の前に立って、デコピンを繰り出した。


「イッテェ! 何すんだよ!」

「何よ、そんなの分かんないでしょ。もしかしたら私、あなたが今悩んでいること解決できるわよ?」

「ほう? それはどんな?」


挑発するように聞き返す。断っておいて、助けを求めるのは自分でもクズで面倒くさいヤツだとわかっている。だがこの崖っぷちの状態から抜け出せるならぜひ聞きたい。

 食いついてきた俺を見た彼女は口端をニッと上げた。


「その前に対価を支払ってもらわなきゃね」

「・・・対価ってのは?」


無意識に唾を飲み込む。一言一句聞き漏らすまいと聞き耳を立てている。

彼女は勿体つけてから、こう言い放った。


「私と勝負しなさい‼️」


・・・は?

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