颯の場合18
《お前怪我したんだって? 大丈夫か?》
病室を出る前にスマホを見たら先輩から連絡がきてた。言葉の後には大きくクエッションマークを抱えた子犬のスタンプがある。男が使うとは思えないほどの愛らしさだ。
《大丈夫です。今日には退院します》
直ぐに既読がつき、返信がくる。
《それなら良かった。事故には気をつけろよ。こっちの身が持たん》
注意!と大きく書かれた言葉を掲げた子犬がぷくりと怒っている。先程とおなじセットのスタンプだろう。
《あの時はお世話になりました》
先輩は俺の精神の恩人だ。俺がバスケできなくなって自暴自棄になっていたようなところを誠司先輩が救ってくれた。
あの時先輩からかけられた言葉は今思えば有り触れたものだったけれど俺の心に響いた。そして俺は先輩に進められるように弓道部に入ったのだがら、今はとても感謝している。
それをまた怪我してはいけないなと思ったのは退院したあとだ。せっかく先輩が繋げてくれた俺の細い道を閉ざすところだった。今回はマジで誰も怪我しなくて良かったと思うべきだろう。
「おかえり、颯」
「おう、家にいんの拓磨だけか?」
「莉音がいるけど、颯、見てきてくれない?」
「なんで俺が」
「お前が事故にあってすげーショック受けてんだよな。今よりも酷くなると面倒だからさ」
昨日も思ったが、なんで莉音のやつが悲しむんだ。なんだあれか?昨日見た彼女と言うのが莉音とでも言うのか。なわけないだろ。ありえないありえない。だって俺は確かに彼女を……、おい、待て。
俺はあの時後ろ姿から彼女だと思ったが、何も証拠はない。黒と青のイヤフォンをしていて確か帽子をかぶっていた。
それに俺の記憶が正しいとは限らない、とよりも当てにならないに等しい。
黒と青のイヤフォン。
なにか引っ掛る。
俺は、確か、誰かに、あれを贈った。
___お前に似合うと思って。
そうだ。3年前俺は、あいつにあのイヤフォンをあげた。
莉音に贈ったんだ。
「入るぞ」
頭がうまく整理出来ていないまま当の本人の部屋に入っていいものかと思ったが事態が事態だ。莉音が今の精神状態よりもやばいものになってしまったら後がない。何とか今は保っているがあと少しなにか細い糸が切れてしまえば彼に、何かしらトラブルが起きると医者も言っていた。
一時声が出なくなったのもその例だ。
返事はなかった。それでも俺はガチャと遠慮なしにドアを開ける。
そこにはベットに顔を填め泣き叫んでいる莉音がいた。
こんな姿の莉音を拓磨が放っておくわけがないのに何故か今日はこいつに手を貸さずに俺にするように指示した。
莉音の勉強机を見やる。そこには軽食と莉音の好きなオレンジジュースが手をつけられてないまま置いてある。
あいつが何もしないわけがない。
したけれど、莉音には何も伝わらなかった。それだけだ。
「お前なぁ、何悲劇のヒロインぶってるのか知らねぇけど泣かれるこっちの身にもなれよ」
莉音の肩を半ば無理やり掴む。細い。すぐにでも折れてしまいそうなぐらい、まるで女みたいに華奢な体だ。
それでも莉音はビクリともしない。そこは流石男だと言うべきだろう。そこら辺は女とは違う。
TRIALCONFLICT〜俺達は恋をする〜 七瀬あずさ @NanaseAzusa
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