颯の場合16
女達と話す時は犬と話す時とはまた違う。だからといって男達と話す時とも違う。小さい園児達を相手にしているような気持ちだ。相手の心のうちは深く考えず、顔に出る表情の喜怒哀楽だけを頼りに話し続ければいい。そうするだけで女は不思議な程に俺に従った。寄り添うようになり心を許す。
まるでからくり人形のようにほとんどがそうだった。
それが想い描いていた人を目の前にすると出来なくなる。どんな方法でやってきたのかもいつも通りに振る舞えなくなりこの方法であっていたんだっけかと疑心暗鬼にまでなり、一気に体を巡る血が沸騰したかのように熱くなる。そのまま彼女に触れて抱きしめたくなる。きっとそれは今まで俺がしてきたものとは違うハグで、抱擁したいと言った方が響きはいいのかもしれない。
だが、そんなことを特に親しい相手でもなくましてや異性にそんなことは出来るはずもない。下手したら刑務所行きだ。それはご勘弁。理性で止めておく。
パシャパシャとシャター音が鳴り響く。その光り輝く中にいるのはりなさんだ。
初めてであった時よりも撮影に慣れたのか表情が豊かになっている。コロコロと変わる表情に俺は見惚れずにはいられない。
俺は、彼女の素性を知らない。全くと言ってもいいほどだ。それでも彼女のことを気にしてしまうのは、一目惚れと言うものにかかったからだろうか。それか、ただ単に再会出来たのが嬉しくて気になっているだけだろうか。
本当に彼女が10年前の天使かも分からないのに俺は踊らされてる気分だが、確認しなくても彼女が10年前の天使だということは分かる。だが、これは俺の感だ。
撮影が一通り終わったのか騒がしくなる。俺もそろそろ帰ろうと思った時、声を掛けられた。
「先日は、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。あと、助けて頂いてありがとうございました」
それは彼女だった。本物かと目を擦ってみたが彼女が誰かに変わることは無く遠慮気味に俺の事を見ていた。
「え、あっ、大丈夫っスよ! その後大丈夫でしたか?」
「はい。お陰様で」
「それなら良かったっす!」
「では失礼します」
彼女はお辞儀をしてそのまま遠のっていく。
俺が接してきた女子達とは違う。控えめで可憐で可愛い。いつもの俺ならここで女を誘うか誘われるように誘導するのだが、それは躊躇われた。彼女には辞めた方がいいと俺の警鐘が何故か鳴っていた。
また、会えるといい。そう思った後日意外なところで彼女と出会した。
帰宅中いつものところを歩いて、信号待ちをしている時ふと目に入った人物がいた。それが彼女だった。撮影とは打って変わってラフな格好をしているが間違いなく彼女だ。黒と青のイヤフォンをしていて赤信号機を見つめている。声を掛けようかかけまいか迷っているとボールが横断歩道をコロコロと転がっていてその後ろを小さな男の子が走っていた。男の子のはボールを追いかけるのに必死になっている。
ブッブッー
トラックが男の子に気づかないまま突進してくる。
危ないっ!
俺が男の子に手を伸ばすよりも先にある人影が男の子に手を伸ばし勢いのまま転がって行った。
トラックがそれに気づいたらしく急いで止まったが横断歩道の中央でクラックは停まっている。
最悪の場合___。
「うわぁんうわぁん」
小さな子の鳴き声が聞こえた。俺の周辺からではない。少し遠いところでだ。もしかしたら。
トラックが少し動く。その後ろに男の子と彼女が見えた。
どうやら無事だったらしい。良かった。
「らいと!」
それから男の子のお母さんが通ってきて彼女に深々とお礼をし感謝の言葉を言い尽くしていた。それから彼女が気にしないでくださいと言ったような顔の後、男の子にもお礼を言わせ、こらと怒っていた。
それから警察が来て何事も無かったと一段落したが、彼女が怪我を負っていないということが不自然な気もしてよく分からなくなっていた。
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