颯の場合14

「そのままお前だけが悠々と生きてるのが許せないんだよ」



 初めて聞く言葉だった。

 いや、日常で初めて聞く言葉がありふれていることは俺でも承知だが、この話題だとそれは不自然なのだ。いつもマニアルどうりの会話しかした事がなく初めて出されたキーワードを目の前にした俺はどうすればいいのか分からなくなっていた。


 それに気になることがある。

 俺だけが悠々と生きている?

 なんの事だ。たしかに俺はお前達と違って手持ち無沙汰がないように遊んでいるかもしれない。学業も怠っている。だが、それが拓磨の言うとは違って聞こえる。

 彼の言う悠々とはなんだ。


 ___莉音? 莉音か? でもなんでアイツが俺のせいで自由に生きれないと言うんだ。


「……んだよ、それ」


「お前、なんで記憶が抜けてること不思議に思わねぇの?」


「記憶が曖昧になることなんて普通だろ」


「普通だ。だが、お前の場合は異常だ。抜けすぎている」


「そんなのなんで拓磨が分かるんだよ」


「そんなこともお前は分かってないじゃないか」



 なんだよ。俺が何を知ってないと言うんだ。お前が記憶力に長けてることか? そんなものは子供の頃から知っている。それでお前が大人達から褒められていたことも嫌なほど目に焼き付かれているからな。


 でもそんなことではないんだろう。拓磨は基本温厚なやつだ。人当たりが良くて小学校の先生とかがよく生徒に話すような見本のような高校生男子だ。彼の悪態を見た記憶は俺にはない。


 兄弟なのだから、1度はあるだろうと思うが本当に1度もないのだ。そんな奴が俺と同じ血を引いているのかと思うと本当に不思議だ。


 それから俺らに会話はなかった。

 ただ、テレビを見て勝手にお風呂に入り勝手に寝た。そして日曜日がくる。


 拓磨は朝早々部活に行き、俺は一段落ついてから部活へ行く。

 まだ莉音は帰ってこなかった。



 弓道場に行くとこの時間帯にしては珍しいやつがいた。

 久しぶりにそいつが真剣な表情で矢と向き合っているのを見る。そのまま射る。昔ほどの鋭く綺麗なキレは薄く感じたがそれでも徐々に治ってきている。そしてもう少しでまた成長し始めるはずだ。


 俺は言葉を出さず、そのままそいつを見つめた。そいつが俺に気づいた様子はないようで射続けている。

 矢が地面に堕ちることは無くなっていた。


 一通り終わるとそいつは俺に気づいて驚きを隠せずにいた。


 いつから居た、そんな声が聞こえてくる。


「珍しいな」


 あの日から神楽が自主的にここに立つことは無かった。それが今、ここで行われている。彼の中でなにかきっかけがあったのだろうか。それを聞いた所で彼が答えてくれないことは百も承知だから聞かないが。


「……追加しなければよかった」


「結構前から居たんだな」


「煩い。お前が自由すぎるからこっちは予定を立てられないんだ」


「それは悪いな。それじゃあいいことを教えてやる。前後どちらか2時間俺はいる」


「それでも4時間前にいたりするんだろ、お前」


「ご名答。流石だ」


 はぁと大きく溜息をつかされた。

 この感じが久しぶりだ。

 俺を拒絶するのを辞めたのかと思ったが、それは続行中のようで部活中は一切言葉を交わさなかった。



 だけれどひとつだけ変わったことが起きた。

 夜中、1年ぶりに彼からメールが届いたのだ。

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