颯の場合11
撮影後、俺が母さんの元へダッシュする前に彼女から近寄ってきた。今回はグッジョブだ。
俺は慌ただしくらしくもなく個人の人を意識して身のこなしを手で確認し、母さんとその隣にいる天使を見た。
___やばい、可愛い。
幼い頃に見た朧気な記憶のピンク色の天使よりも今俺の目の前にいる漆黒のドレスを身にまとった彼女の方が綺麗で、可愛く尊い。
こんな月並みな言葉しか出てこない自分をこんなにも愚かに思ったことは無い。漆黒のドレスを纏った天使は恥ずかしげに顔を伏せている。
黒というのは天使と言うより悪魔のイメージだが、彼女が着ると激変。悪魔にも負けぬ潔白の上神々しくまっさらで真っ白なふわふわとした羽を背負っている天使にしか見えない。
「颯、見て見て。可愛いでしょー?」
母さんが天使を前におしやる。俺と天使の距離が縮まり、心臓の音がうるさく跳ね鳴らしている。
顔を伏せていた天使が少しだけ、俺を見た。上目遣いのその顔を見てしまって本日二回目の時が止まった。
華奢な身体に真っ白でキメ細かそうな綺麗な肌、顔の骨格もちゃんとしていて小鼻で目がなんと言っても丸っこく大きくて可愛らしい。
この瞳に俺が一瞬でも映ったのだと思うと感激のあまりだ。
彼女は視線を母さんへと投げかけている。目のやり場に困ったようだ。かすかに口があわあわと動いているのが綺麗にカールされた前髪を透かして見える。
やっと出逢えた喜びのあまり俺は何も出来ないでいると母さんが彼女に言った。
「りな、次の衣装に着替えてきなさい」
「はい」
りな、という名の天使はか細い声で震えながら俺らを後にした。彼女の後ろ姿はまるで人気から避ける莉音のように思えた。
「さーて、楓、可愛かったでしょ?」
どうやら感想を言わせたいらしい。俺はめったに人のことを可愛いだとかカッコイイだとかそういう外形での感想を言わないので母さんは言わせたがっているのかもしれない。
あぁ、その勝負はダメだ。
もう既に負けている。
「……そうだな」
「その言葉りなが聞いたらなんて言うのかな! あー楽しみ」
「新人を弄んでいいのかよ」
「え? 弄んでないから安心して」
柏木春菜の顔を見る限り安心はできない。あの変に綺麗で整った眉が笑っている時はなにか企んでいるときだ。何を企んでいるのかは全く想像できないので用心はしておこう。
それから俺は母さんが持ち物を忘れたり持ってきたり欲しい物があったりした時積極的に自ら手を挙げ郵便配達人をするようになった。
理由は簡単だ。また彼女に会えると思ったからだ。
毎回、という訳には行かないが何故か高確率で彼女と会えている。毎度会う度に服も雰囲気も違うので俺の心臓は寿命が縮まるんじゃないかと思うほどバクバクと高速プッシュをしている。
しかし、何回は彼女とは出逢え挨拶程度はするのだが、まともに話した覚えはない。それが当たり前だと言うならば当たり前なのだが、どうしても彼女と話したいと思っている自分がいる。
いつも素っ気ない、訳では無いが逃げられているような気もしなくはないがせっかく会えたチャンスだ。無駄にはしたくない。また、いつ会えなくなるかわからないのだ。
彼女のこととなると俺の頭はいつも以上に回らない。本当に俺なのかと疑いたいほど言葉はちくハグになるし頭の中も甘ったるい。大会以外でこんな足が地についてない感じは初めてだ。そしてそれは彼女を見る度にヒートアップする。
彼女と出会ってから俺はクラスメイトから変だと言われるようになった。なんか嬉しいことあった?と毎回のように聞かれる。
いつもの顔が緩んでいるらしい。そこに自覚はないのでなんとも言えないが、彼女の前では特にそうならないように注意しなければとは思った。
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