颯の場合10

 後日、俺は母さんから呼び出しをくらい彼女の仕事場まで行かなくては行けなくなった。どうやら前日、莉音を家まで送り届けた時に持っていた荷物の中に大切な資料が入っており、案の定それを家に忘れてきたので届けてきて欲しいとの事だった。


 拓真にまず最初に連絡したとの事だったが、部活があり抜けられずたまたま部活が休みだった俺に託すようになったらしい。

 莉音は基本どこかに出かけるのが嫌なタイプなのを知っているから頼まなかったのだろう。母さんも正直こっちの身にもなって欲しいものだ。


「あーと、確かここだっけ」


 母さんは家に帰る度にわざとなのかと聴きたくなるほど荷物を忘れていく。私物ならまだしも俺でもわかる大切な資料だったり台本だったりとするので放っておけない。彼女がもし個人経営者で誰一人雇わず彼女自身だけで仕事をするならば自分で取りに来いと言えるのだが、そういう訳にも行かないので仕方なく毎度郵便配達人のように届けに行く。俺が届けに行かないと言うだけで撮影を遅らしては少し申し訳ない気がするからだ。

 本当ならば母さんが忘れ物をしなければ良いのだがそれを願って数年、一切変わる気配は一向に訪れないので諦めているが。


「颯くん。おはよう。今日も荷物届けに来たの?」


「おはようございます。そんなところです」


「いつもご苦労だね」


「あー、ありがとうございます」


 母さんに会う前によく顔を合わす男性スタッフと出会した。小学高学年からちょくちょく撮影スタジオや撮影現場には出向いているので願ってもないことに芸能関係者に顔が広まってしまった。


 これもあれだ。母さんのせいだ。あと、父さんもか……。


「あ! 颯ー! こっち、こっち!」


 真っ赤でバラの花を添えた綺麗なドレスを着た母さんは、その格好で飛び跳ねていいのかと思うほど勢いよく手を振って飛び跳ねている。見ているこっちの方がドレスを破くんじゃないかとハラハラする。

 ほら、見ろ。母さんの周りにいるスタッフの人達なんて不安げな顔で見てるぞ。それにもう見慣れたのかため息を吐いたり行き場をなくした笑いをしている人までいる。いい歳なんだから、そのぐらい気づけよな……。


「そんな踊らなくたって見えてるから。はい、これ。忘れ物」


「ありがとうー! 助かったわ」


 嬉しそうに荷物を受け取った母さんは中身を確認し、よしよしと頷いた。


「俺帰るから」


「えーせっかくだから、見て行ってよ」


「見てけも何も実の母親の撮影見たって面白くもねぇよ」


「そんな事言わないで! 颯にあわせたい人も居るし」


「……誰だよ」


「それは秘密! じゃあ私は続きあるからまたね!」


 自由気ままな母さんは風のように消えていった。まだ嵐のように突然現れ消えていかないだけマシだと思っておこう。


 スタジオを1周ぐるりと見回す。

 特に何も変わった様子もない。今更撮影道具を見たところでテンションは上がらないし、学校にいる女子よりランクが上のモデルさん達を見たところで特になんの感情も持たない。男としてはどうかと思うが見過ぎて飽きてしまった。そんな感覚だ。


 それに俺は今カメラを向けられている細くて色白でスタイルが良くて八頭身の金髪モデルよりも母さんの言っていた俺にあわせたい人の方が気になる。

 隣でパシャパシャと撮影の嵐が巻き起こっているがその音にも慣れたので特に気にすることは無い。ただ、仕事の邪魔にならない場所で立っていれば何も気にせず考えられる。



 ___そう言えば、小学生の時もそんな事母さんから言われたっけ。

 あの時は、拓真もいた気がするけれどよく覚えてない。



「柏木春菜さんとりなさん入ります!」



 とうとう女王様のお通りらしい。今回の撮影はツーショットの撮影か。

 それにしても母さんとツーショットなんて、どの若さの人が出るのだろう。下手したらただの親子の写真にしか見えないだろうに。


 俺は視線を多く集まっているところへと移した。


 俺は目を奪われた。


 何時間も時が止まった気分だ。きっと現実では数秒の固まりだったのだろうけれど、俺には10年前までの時間が遡ったように感じた。



 ___天使だ。



 そこには母さんと忘れもしない、あの天使が笑顔で笑いあっていた。

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