颯の場合8
「あ、そーだ。先輩」
「なんだよ」
「今度の大会で俺が優勝したらなんかしてくださいよ」
「なんかってなんだよ」
「なんでもいいんで」
「それが困るんだよ」
「えーじゃあ、一日俺と付き合ってください」
「受験生に随分酷目な要求をするんだな」
「先輩の好きなことしてていいんで。そこに俺がいたいだけなんです」
お前なぁと漏らして、先輩が呆れたような顔をしたがその先の答えを俺は知っている。
「分かった。頑張れよ」
やっぱり先輩は優しい。優しさを通り越してお人好し過ぎる。そんな所に俺は漬け込んでいるのだが。
「先輩。俺、やっぱあんたと一緒にいて後悔したことなんて一回もないっす」
「どうしたんだいきなり」
「あいつらにどんなことを言われようと俺には一切関係ないから」
「まだ、仲直りできてないんだ」
「する必要も無いんで」
「お前のそういうところ凄いと思うよ」
先輩の顔に影がかかる。太陽が少し位置をずらした。
「でも、ひとつだけ気にかかることが」
「なんだよ?」
「先輩は、俺といて大丈夫だったんっすか?」
俺は、沈黙を浴びるのだと思っていた。長い沈黙。また、雲と太陽が動いて顔に影を落とすのだろう。と思うぐらい。
けれど俺の予想は少し違った。
1拍の沈黙はあったが先輩の口は迷うことなく動いた。
「大丈夫も何も、俺はお前と入れて楽しかったぜ」
先輩は笑った。背を細めて白い歯を見せて。影を落としていた顔には光がともされている。その表情に嘘はない。そう思いたい。そうであって欲しい。
「あいつらと仲良し小好しする気は微塵ないっすけど、先輩が築いた部活は守るんで」
先輩は元気なく笑った。まるで嘘をついた後に褒められた子供のように。
「先輩じゃないっスかー!相変わらずそいつと仲良いんすね」
悪意を感じる高低のあり、かからかい嘲笑うような声の主は今の部長だ。
「俺が颯と仲良くしてちゃダメか?」
「ダメじゃないっすけど先輩だって噂、知らないわけじゃないでしょ?」
「噂?どの噂だが俺にはわからないが」
「白々しい」
部長は鼻で笑った。その後俺たちに近づいてきて俺に視線をやる。彼の目はあの時の目と全く同じものをしていた。
「こいつが先輩のこと好きって噂っすよ」
部長が高らかに笑う。
「あー、そんな噂もあったな」
「先輩も颯のこと好きだったり?」
「あぁ、好きだよ。後輩として。と言うか先輩後輩同士で好きで何が悪いんだ?なんでその関係がすぐ恋愛方面に発展するのか俺にはよくわからない」
「それは……」
「俺がこいつとキスでもしたか?誰か告白現場でも見たのか?まぁ見ること出来ないよな。俺らそんなこと一切したことないしそんな関係じゃないから」
先輩が部長にすらすらと話し出す。まるで優等生のいじめのようだ。どちらがいじめっ子なのか分からなくなってくる。部長は何か言い返そうとしても口は閉じたり開けたり、目をぱちぱちさせるだけでなんの反論もしてこなかった。それを見かねた先輩が留めの1発。
「それを言い出したお前らの方が颯のこと好きなんじゃないのか」
先輩の顔を伺ったけれど真剣だった。天然。先輩はたまに俺が考えつかないところまで考えつくところがある。それはきっと頭がいいからとではなくてそういう性分だからだと思う。
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