颯の場合7

「颯ー。お前、元気にしてたか?」


「誠司先輩」


 朝練に行く前、先輩に会った。


「どうしたんすか?珍しいっスね」


「たまには、後輩の様子でも見てこうかなーってな」


「朝練ん時は俺ぐらいしかいないですよ」


「うわ、俺らん時より主席率悪いな」


「今までは先輩たちがいたから」


「ふーん、そっか。じゃあお前の矢見せろよ」


「はい?」


「久しぶりに見たいなぁーって、決まりな」


 先輩は俺の腕を掴んで無理矢理弓道場へと連れていった。


「相変わらずお前の道具は全てがデカイな」


「先輩、俺より小さいっすもんね。並でしたっけ」


「うっせーよ」


 先輩は俺より頭を一個分ぐらい小さい背で背中を叩いた。ジーンと熱が帯びてくる。


「先輩、4本だけですよ」


「おう」


 先輩は嬉しそうに笑って前まで先輩が居座っていた所で正座をした。そして俺を真っ直ぐに見つめている視線を感じる。この感じも久しぶりだ。

 見られることに意識がさ迷うことが無くなったのは1年の夏頃だったろうか。先輩が個別指導をしてくれて数ヶ月が経ちだんだん的に中るようになってきた時ぐらいだ。初めて矢が標的に突き刺さった時、先輩は当の本人より嬉しそうに笑って俺に飛びついてきたんだっけ。学校ではなんでも出来てカッコイイとか言われてるけれど、本当は他の人が思ってるより他人思いで、優しくて無邪気なのを知っている。そんな先輩への恩を無下には出来るはずがなくて俺は毎日練習してきた。成果を掲げ、ちゃんと先輩にお礼を言えるように。


「お前、上手くなったな」


 4本の矢は標的から外れることは無く、綺麗に納まっている。皆中だった。朝一発目にしてはなかなかではないか。矢は標的の中ではばらばらに散らばってはいるが大会ではそんなこと関係ない。的中すれば良い。そう教えてくれたのは先輩だ。それなのに先輩の矢はほとんどが中心を貫く。まるで糸でも繋げているかのように。


「先生もたまに教えてくれるんです」


「あの人、放任主義過ぎるのが難点だけど腕は凄いからな」


「ホントっすよね」


「あ、そうだ。先輩も射りません?」


「ばか、お前ので出来るわけないだろ。俺をからかってんのか」


「からかってなんかないっすよ」


「絶対嘘だ」先輩は猫が威嚇してくる時みたいな目でこちらを見るけれど全く持って嘘ではない。本心だ。俺は、先輩の射る時の姿が好きで俺よりも小さいのに射る時の姿は誰よりも大きく感じる。もちろん俺よりも。もし先輩と全く同じ型でやってる人がいたとしてらその人も大きく見えるのだろうか。いや、見えないんだろうな。何がそうさせてるのか俺にはわからないけれどとりあえず分かることはこの人にはまだ全然歯が立たないということ。だからって諦める訳では無い。俺は絶対先輩を超えてみせる。なんて本人に言えるわけはないが。


「今度、見せてください」


「俺、受験生な」


「受験、終わってからでいいんで」


「いつになるか分からないぞ」


「先輩なら、大丈夫っスよ。それに俺楽しみにしてるんで」


 先輩がその時迷った顔もその後の微笑んだことも俺は見逃さなかった。


「俺も頑張るんで」


 俺の手は弓を強く握っていた。

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