颯の場合4

「颯。一緒に部活行こ?」


「お前、クラス違うだろ。てか掃除は?」


「サボってきちゃった。だって颯は掃除ないし?」


「なんでお前、弓道上手いんだろうな」


「えぇ、酷いなぁ。弓道の技術と生活態度は違うだけだよ」


「日本の武道家たちに謝ってこい」


「もう、颯らしくなーい」



 女子弓道部の中で一、二を荒らさうほどの実力を持つこの不真面目な女は精神統一の競技には向いていないと思う。けれど、それでも実力も実績も持ち合わせ女子弓道部の部長だ。


「やった、今日は二人っきりだねー」


 女子弓道部と男子弓道部は同じ時間に練習をする。だからいつも複数の誰かしらに声をかけられ一緒に弓道場に行くことになる。


 女子部長は俺の手を取り、先頭を切って歩いていく。俺は吊られるように彼女の歩く方に歩く。廊下を歩いている時、弓道部の1年と会った。


 ペコり。

 小さくお辞儀をされた。彼女達なりの挨拶なのだろう。今、声をかけからこの部長からどんな目で睨むかわからない。いい判断だとは思う。


 俺は部長に気づかれないよう彼女らに軽く手を振った。

 通り過ぎる瞬間に見た、彼女らの顔は笑顔で溢れていた。



「じゃあ、私着替えてくるから」


 弓道場の前を通り過ぎた時、やっと手を離された。彼女はそれから自分の部室へ行こうとするが、一度振り返った。


「一緒に着替える?」


 いかにも冗談で、からかうような口調で言われる。彼女の口角が上がっていた。


「着替えねぇよ」


「あら、残念」


 じゃああとでねー。と笑いながら部長は去っていった。

 彼女の足音はいつも新鮮に感じる。あぁ、そっか、ローファーだから。といつも思わせられる。


 それから俺は弓道着に着替えて準備をする。的のための鳴らしとか、的自体とか。諸々。


 大体準備が終わった頃、ぞろぞろと部員達が入ってきた。

 掛け声がバラバラと聞こえてきて、俺は自分の道具があるところへ戻る。


「あれ、真田先生来てないんだ」


 男子部長が俺にいつもの調子で話しかけてくる。


「あぁ、そうらしいな」


「どうしたんだろ。連絡来てないけど」


 部長が俺が知らないと見切り、部員に問掛ける。


「誰か、真田先生のこと知らなーい?」


 沈黙。

 誰も知らないようだ。

 副部長が俺の隣にいる部長に話しかけてくる。


「練習メニューどうする?昨日と同じでいいか?」


「あぁ、そうしようぜ」


「て、事で主将指示よろしく」


 部長から肩を叩かれ、俺は部員それぞれに指示を出す。

 こういうのは部長の仕事ではないのかと考えたことはあったがそんなことを考えるのが馬鹿らしくなってやめた。そんなくだらないことを考えるならばそいつらは勝手にやらせて、自分の練習に集中した方が絶対いい。


 なぜ、俺が主将に選ばれたのかはわからない。先輩達が引退してまだ1ヶ月も経っていないが、今まで頼ってきた人がいなくなるとどうすればいいのかわからなくなる時がある。

 俺を弓道へ導いたあの先輩は今何をしているのだろう。弓道に厳しかったあの人は今度は受験に一生懸命なのだろうか。そしてその成果を上げるのだろうか。きっと彼のことだから実にするのだろうけど。



「お疲れ様でした」


 部員が今度はぞろぞろと帰っていく。

 ちなみにぞろぞろと言うのは足音ではない。


「お疲れ」


 俺は部員が全員でたのを確認して、矢の準備を始める。


 真田先生から言われていることは自主練の時は多くて4本までだ。

 それ以上射ることは許されていない。例外として真田先生が付き添ってくれる時は+4本が大丈夫な時もある。


 この時間が俺は一番好きだ。

 外は暗くなり始めて見えにくくなるけれど、グランドと体育館からの光が微かに漏れてきていて程よく照らしている。それに天気が良いと月までもが見える。

 騒がしさもない。沈着の時間。

 一本一本に集中できる時間。余計なことを考えなくていい時間。

 この時間のために部活の時間を頑張っていると言っても過言ではないのかもしれない。

 そんな奴が、主将なのだからこの部活はどうかしている。

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