颯の場合2
学校へ向かっている途中、クラスメイトの女子に声を掛けられた。
「おー、颯じゃん。おっはー」
「おはよ。お前、今日もメイクしてんの?」
「あったりまえじゃん。あの月メガネの言うことなんか聞いてられないって」
クラスメイトの林は朝から騒がしいほどに笑っている。彼女はサバサバとしていて、女子としては男子友達のように接するに近い扱いだ。昨日担任の月宮先生にコスメポーチごと没収されたのにも関わらず朝からメイクバッチリだ。俺でさえ人目でメイクをしていることをわかったのだから月宮なんかは一瞬で分かるのだろう。そしてきっとまたメイク道具を没収され、叱られるのが目に見える。林のメイクはほかの女子と違って少しケバい。白くなり過ぎた頬にラメの瞼。油を食べたあとのようなこってりした赤い唇。誰が見てもメイク。けれどここまで隠さない仮面は俺は嫌いではない。
「ねぇ、颯」
「なんだよ」
「今日、暇ー?」
「大会前だから今日は無理」
「最近付き合い悪くなーい?」
「お前こそ部活いいのかよ」
「いいのいいの。文化部だから」
林は彼女でもなんでもない。ただの“クラスメイト”だ。それから俺達はそのまま一緒に学校へ向かった。
「美波おはよー」
「おはよう」
林が俺に「じゃあね」と言葉を残してから挨拶をしてきた女子の元へと向かう。
俺は自分の席に持ち物を置いてから座ると隣の席の桃井が話しかけてきた。
「颯くん。おはよう」
「おはよう、桃井」
桃井のゆったりした育ちの良さを表すその口調は俺にとっては睡魔へと導く呪いの呪文でしかない。うっすらと頬にあるピンク。彼女も修正済みの人だ。
「あのね、数学の宿題で分からないことがあって教えてくれない?」
「俺より桃井の方が頭いいから無理無理」
「そんなことないよ」
桃井の頬に薄く塗られたピンク色の下に桃色が染まる。そんなことでいちいち照れなくていいのに。
「颯くん?」
俺が苦笑したことについて疑問に思ったのだろう。首を傾げた桃井が俺を覗き込む。
「俺、一応やってきてるけど当たってるか分からないから」
「うぅん。大丈夫!ありがとう」
彼女はにこりと俺に向けて笑った。
「えぇーずるい、私にも見せてよ颯ー」
「後ろから抱きつくなよ、遠藤」
「えーいいじゃん、颯だし?」
「胸当たってるけど?」
「きゃー、颯のエッチ」
「お前それ今どきの小学生でも言わねぇぞ」
「ばーか、颯には刺激が必要だから特別サービス」
最後は後ろから耳元に囁かれた。遠藤の甘い声。吐息が耳にかかったもんだから俺はやり返すことにする。
ぐっと遠藤の顔を片手で包んで口を彼女の顔に近づけた。
「何、お前誘ってんの?」
「っ!」
遠藤が頬を赤らめる。第二ボタンまで開けたワイシャツが彼女の胸元を強調させ、彼女の顔の近くから見下ろすと鎖骨だけではなく谷間が見えてしまいそうだ。
女は何を考えているのかわからない。俺に構ったって特に面白いことなんかないと思う。それなのに毎日のように飽きずに関わってくる。まるで朝鳴いていた鳥達みたいだ。俺にも好き嫌いはあって、つまらないと思う時勿論あるが、誰かさんと違ってからかうことが出来るからそこは楽しい。
シャツに残った香水の香りが鼻を撫でる。この匂いに気づいても莉音はきっと何も言わない。手袋をしながら拓磨のと一緒に洗濯機に回して何事もないように干すのだろう。
俺の頭の中は10年前に出会ったあの天使の子か、この世で1番嫌いなあいつの事を考えている気がする。
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