第2話屍者狂詩曲~コープスラプソディ~ 1‐1
20世紀初頭のイギリス。昼間はサラリーマンや警察官、街に住まう人々が街道を闊歩し、道路には車が走る、慌ただしくも活気のある街だ。
そして夜になると街は別の側面を見せる。酒場からは陽気なジャズミュージックと男たちの笑い声、住宅街では家族の団らんを楽しむ幸せに満ちた笑い声。街道では男女のカップルが手を取り合って歩き、また酒に呑まれた酔っ払いが酒瓶を片手に千鳥足で歩き、そんな酔っ払いに世話を焼く警官。貴族街では時折貴族たちがパーティを開いて、楽しそうな笑顔の仮面を貼り付け、自身の見栄とプライドをぶつけ合う。一般の人間から見えないところではマフィアが悪事を働き、ホテルからは売春婦の喘ぎ声が聞こえる。人々の活気、娯楽、プライド、欲望……ありとあらゆるものが溢れる街、それがここ、「ハイドタウン」である。
しかし、ここ最近のハイドタウンの夜は静寂に包まれていた。酒場からはジャズどころか男たちが酒を啜る音さえ聞こえない。裏で暗躍するマフィアも金と快楽を求める売春婦も、それを求める男たちもいない。いるとすれば野良猫かパトロールをする警官くらいだ。なぜ皆夜の街へ出向かなくなってしまったのか。それは一週間程前から街を騒がせる事件、「連続猟奇殺人事件」のせいである。街は、住民の命とともに、その活気さえ失おうとしていた。
太陽が煌めき、春風が心地よく吹き付けるハイドタウンの朝。時刻は午前8時過ぎ。
サラリーマンが会社へ出勤し、自営業店の店主は開店の準備をする。そして路地裏では警察官が規制をかけ、出入りし、その表は野次馬でごった返している。隅の方では新人らしい若い警官が嘔吐していた。
そんな忙しない街中にぽつりと建っている雑居ビルの3階。入り口付近に看板が立ててあり、「ローランド探偵事務所」と書いてある。所長を含め、所員たったの4名という、小さな探偵団だ。
「ほぉ、また猟奇殺人かい。ほぼ毎晩、よくもまぁここまでやれるよな。正気を疑うぜ。まぁ、こんな殺し方してる時点で正気も何もないか。」
新聞を読みながら煙草を吹かす無精髭の男、探偵団の筆頭、ロシュア・ローランドは呆れたように煙を吐いた。
くたびれたスーツを着ており、上着は椅子の背もたれに無造作にかけてある。腑抜けた光を宿す双眸と悪くはないがどこか頼りなさげな顔立ち。体格は長身で細身。初対面の人間から見ると「頼りなさげな気のいい男性」といったところだろうか。
「今回も死体は見るも無残な状態で発見されて、その上パーツがいくつか足りていない、と…おぉ、怖いねぇ。」
「それに、今回は犯人、家に侵入してきたみたいですよ。今朝被害者宅の隣人が扉が破壊されてるのに気づいて様子を見に行ったら、その家のご主人がひどい状態で死んでるところを発見して通報したらしいです。奥さんの死体は少し離れたところの路地裏で発見されたらしくて、この街じゃ有名な警察署への近道だったらしいです。大方警察署に逃げ込もうとして捕まった、ってとこですかね。」
住み込みで働く所員、ジェニー・ハルミオンが付け加える。
こちらもスーツを着ているが、ロシュアよりしっかりと着こなしており、透き通るようなブロンドヘアーに整った容貌。まさに美青年といったところだ。その右手には布を持っており、反対の手には鋼色のカードを持っており、それを磨いていた。
「マジかよ…あーあ、民衆はついに憩いの場である家にまで危険な場所になっちまったなぁ。くわばらくわばら…ってあれ?」
口から離していた煙草を咥えようとしてロシュアは異変に気付く。煙草の火のついた先端が綺麗な断面を残し、切り落とされていたのだ。
「おはよう、所長殿。」
その声に驚き、ロシュアは恐る恐る振り返る。そこにはうら若き少女が立っていた。
凛とした顔立ちをしており、瞳には強い信念を思わせる光を宿す、見目麗しい少女である。
その左手には少女の見た目とはそぐわない日本刀が握られていた。
「お、おはよう、カレン。」
「所長殿、事務所内は禁煙だと言ったはずだが?その手に持っているものはなんだ?」
挨拶を流した大和撫子、カレン・ミツムラは目の前の喫煙者に白い目を向ける。
「よく見ると灰皿にも何本か吸い殻があるようだが。これは一体どういうことなのか説明していただきたい。」
「いや、これはね…その…我慢できなかったというか、なんというか…」
目をそらし脂汗をかきながら言い訳を口にするロシュア。
その姿を見てカレンは呆れたように嘆息する。
「何も禁煙しろとまでは言っておらん。ただ、吸うのであれば外に出て吸えと言っているのだ。」
「すんません…」
「この際ですし、キッパリやめたほうがいいんじゃないですか?」
2人の会話に口を挟んできたジェニーにロシュアは声を荒げる。
「なっ⁈ジェニー!お前なんて恐ろしいこと言うんだよ‼︎」
「いや、ロシュアさんが禁煙すればその分煙草代も浮くし、そうすれば少しでも僕たちの懐も暖かくなると。というか煙草ごときでそんなにムキにならなくても…」
2人の会話に今度はカレンが不憫そうに口を挟む。
「ジェニー、流石に禁煙は可哀想なのでは…」
「カレンさんは変なところで甘いんですよ。それに給料が増える増えないは別としても、ロシュアさんが禁煙すればうちの食費に少しでも余裕ができると思うんですが。」
「むむ…」
食費という言葉を聞き、カレンの眉が上がる。そして、ゆっくりと視線をロシュアに向ける。
「な、何見てんだよ!言っとくがな、俺は絶対禁煙なんてしないからな!」
「ええい!いい年をした大人が駄々をこねるんじゃない!恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしくなんてありませんー!大人だって嫌なものは嫌なんですー!第一俺が禁煙したところで大して現状はかわらねぇだろ!」
「たわけが!貴様の煙草で我々の食費がどれだけ削られてると思っているのだ!もう我慢ならん!今ここでその首切り落としてくれるわ!」
やいのやいのと口喧嘩を繰り広げるロシュアとカレン。そんな2人を尻目にコーヒーを啜るジェニー。
そんな3人が暮らす探偵事務所の扉が開かれる。
ローランド探偵団事件奇譚 卯月 聖 @hiziriuduki
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