29:魔なる盗賊の王(2)

「魔片(メイジフラグメント)!」


ラーギラへと極小のエネルギー弾が飛んでいく。

魔力源子弾の初歩中の初歩である攻撃が。


(はっ? なんだ今更……魔片なんて効くと思ってるのか?)


だがラーギラは嫌な予感を感じ、念のため放たれた魔法のエネルギーを調べた。

そこには、自分の目ではどれ位か分からないほどの恐ろしい力が込められていた。

ラーギラは一瞬で背中に汗をかき、慌てて攻撃を回避した。

次の瞬間―――魔片は弾け飛び、周囲に爆散した。


(なっ、なんだこれは!?)


まるで植物の種が急速に成長するように、周囲に緑色のガラスのような物が伸びていく。

建物に突き刺さって突き破り、地面を裂くように連なっていく。

反射的に距離を取ったが、中途半端な回避では飲み込まれていた所だった。

ラーギラは、腕を大砲のように構えているニュクスを見た。


「……」


今までラーギラにとって、自分が対峙した者は皆、獲物だった。

それぞれが特徴ある能力や知識を持ち、色鮮やかな個性を持っていた。

彼等は、ラーギラが本気を出して戦うと誰もが戦意を失った。

中には仲間を売ってでも助かろうとするものすらいた。

彼等に共通するものは、脆弱な瞳だった。

反抗する意思を失くし、ただただ運命を成すがままに任せるようになった者は

どいつも光の無い目をしている。

ラーギラは、それを見ると同時に勝利を確信し、そして安堵と失望の念を抱いていた。

「ああ、こいつも僕と同じでダメな奴なんだな」と。


(今までの相手と、違う……こいつは)


先ほどの戦いの後、何かの拍子に能力が覚醒したのだろう。

それはわかる。だが―――それを除いても、ニュクスは今までの相手と違った。

髪の茂みから時折見える目の光は、最初から曇らない。

ラーギラはその目に見覚えがあった。

それはXYZのトップクラスのプレイヤーだけが持っている眼光だ。

決して諦めない者だけが持つ、決意の輝き。

ニュクスはそれを持っている相手だった。

ラーギラは、空から地面へと降り立つと、呟くように言った。


「……ダメだな。手を抜いてちゃ」


「ん?」


「どうもお前は少し、今までの奴等と違うみたいだな。見くびってたよ」


ラーギラはそう言うと、指を鳴らして周囲に何かを放り投げた。

途端、冷気の波のような物が起きた。

氷の魔法なのか、それとも別の力かはわからない。

ただ―――火が消えてしまった。

そして同時に、離れた場所に巨大な光の柱が現れた。


「太陽の滝(ルグラン・ドル・エムント)!」


「なっ―――これは……! まずい!!」


付近の火が消され、遠くに強力な光源が出現した。

これでは影が遠くへと伸びるようになってしまう。

俺は慌てて周囲に別の灯りを発生させようとしたが、火が点かない。

まるでしけったマッチのように火の魔法が不発になってしまう。


「無駄だよ。周囲に消火の法則を張った。この中ではさっきまでのような弱い勢いの火は点かない。お前も知ってるだろ? ”整列”の魔相の力だ」


「何だって……?」


XYZの魔法にはかなり細かい系統が設定されており、それを魔相という。

そして、その中には「列」という要素がある。

概念や場への影響などを司るもので、混沌や狂気、理力などの中に整列はある。

混沌と対を成す世界の摂理や整然としたエネルギーの魔法を指し、予言や時を停止させるなど、強力なものが多い系統だ。


「お前みたいに光源を操って僕の能力から逃げようとするやつは沢山いたからな。これぐらいの対策はしてる……そして、もう手加減はしない」


俺は、ラーギラのその声に耳を傾けながら思った。

もう、後戻りできない道を行っているのだな、と。

ラーギラも最初からこのような性格だったわけではないのだろう。

虐げられ、暗く先の見えない地の底を這いずり回るような思いをしてその結果歪んでしまったのだ。

自分にもその気持ちは痛いほどわかる。自分もまた、疎外される側だったから。

だから誰かと居たい、同じように遊びたいとゲームを遊んではいたのだ。

ラーギラの境遇は同情するが、かといって、やった事を許すわけには行かない。

俺は腕を大砲のように構えたまま、言った。


「……最後の警告だ。ラーギラ。俺もこれから手加減せず、可能な限りの出力で源子弾を撃つ」


「それで? 降参しろとでも? 今降参して、何が僕に待ってるって言うのさ? え? 大人しく断罪されて死刑台に上がれ、とでも? それとも死ぬまで牢獄の中で大人しく繋がれてろ? とでも言うのか? そんなのを僕が受け入れると思ってるのか?」


「ラーギラ……いや、ハヤトさん。何でこんな事をしたんだよ、本当に……!!」


「ッ……!! 黙れ、黙れ……!! その薄汚れた名前で呼ぶな……!」


俺はラーギラのその言葉に首を振った。


「薄汚れてなんかいない。少なくとも俺にとっては。そんな……凄い力があれば、あなたは本当に今度こそヒーローになってたはずだ。今まで脇役だったかもしれない。利用されるだけの側だったかもしれない。でも今度こそ、本当に主役に成れてたはずだろう!!」


「黙れ―――黙れェッ!!」


声を張り上げると共に、ラーギラの身体から黒いオーラが染み出し始めた。

恐らくは彼の影を操る固有資質の力を、最大まで引き上げたのだろう。

ラーギラの魔法が発動した地点からは太陽のような光が空へと流れ出ていて、まるで昼間のようだったが、ラーギラの付近だけは夜のように薄暗くなっていた。

まるで何もかもを飲み込む影を全身に宿したような、不吉な姿となっている。


(これが、ヤツの本気か……!)


「お前の全てを食って、殺してやる……!」


俺は大きく深呼吸をしながら、向かってくるラーギラへと腕を構えた。

もう自分自身でも止められない彼を止められるのは、俺だけだった。



ラーギラとの戦いは地上と空中とを往復しながらのものとなった。

空中からの遠隔攻撃の後、ラーギラは即座に地上へと降り、一気に接近。

それから大型ナイフでの攻撃を仕掛けてくる。

俺は地上へと出て、近場にあった装具屋のアームド・シェルを使って、殴り合いを挑んでいた。

ラーギラは空中から降りる時には、攻撃を仕掛けてこなかった。

恐らく地上へと急降下した際に一瞬身体が硬直するからなのだろう。


「おおおっ!!」


(くっ……! 早い……!!)


本気を出したラーギラは相当な素早さで、攻撃を受け切るのがやっとだった。

恐らく単純な攻撃の当て合いではパワー差で打ち負けると思ったのだろう。

ただ攻撃も先ほどより数段重くなっており、気を抜くと致命的な一撃がいつ入ってもおかしくはなかった。


「魔連弾(マジック・リングボルト)!!」


離れた時は逆に俺の方が有利になった。

本来、魔力源子弾だけしかない状態では、有利になどならないが強力な場合は別だ。

ラーギラが空中を移動するのに合わせ、俺は先読みをしながら連射を行った。

最初は鳥のように移動しているラーギラにはまるで当たらなかったが、段々と移動する方向が読めるようになり、命中するようになってきた。


(くっ……! なんて威力だ……!!)


「くそっ、撃ち抜けねぇ! さっきよりも防壁が硬い!!」


ラーギラの防壁の力は先ほどよりもさらに増していた。

さっきまでは魔弾が命中しなくても魔力防壁を破壊できていたが今は直撃してもヒビが大きく入るだけであった。

連続で命中させなければ、本体のラーギラへとは届かない。

ラーギラの防壁は回復力も相当なもので、ヒビが見る見るうちに修復されて行ってしまう。

だが、それは俺も同じことだった。


「災黒の渦(ベフォルメーズ・ガライ)!!」


闇の魔法をラーギラが発動させると、彼を中心に真っ黒な渦のようなものが現れた。

近くにあるものは次々に引き裂かれ、中央にあるラーギラの足元へと飲み込まれていく。分解を起こす光の爆発が「魔力の渦」ならば、これは闇の破壊の渦を発生させる魔法と言った所か。

俺はラーギラから離れながら、効力が弱まるのを待った。

本来は逃げる事も難しいうえ、大抵の相手は即座に防壁が破壊され引力に掴まってしまうが自分の防壁は微妙にヒビが入っただけで、ほとんど影響は無かった。

そのヒビも魔力を注ぎ込んでいくと、ラーギラのものと同じくあっという間に塞がっていく。

自分の防壁ながら、信じられない光景だった。

だが、時間が掛かる程、俺にとっては不利だった。


(このままだと埒が明かねぇ、どこかで一気に決めねぇと……!)


「貰ったッ!!」


「ッ―――! しまった!」


ふとした隙に、ラーギラがこちらの影へと触れた。

その瞬間、ラーギラが一瞬痙攣するような動きを見せた。

俺は周囲に火の弾をありったけばら撒き、影を乱しながらラーギラに影が伸びないように移動した。


(くっ……と、盗られちまったか……!?)


能力を盗まれたような気がした。

だが、自分の膨大なパワーの波動はまだ消えていない。

ならばコピーされたのだろうか? ラーギラの能力の厄介な所は仮に奪えないような能力だったとしても、コピーできる所であると言っていた。

同じ能力が使用できるようになったなら、攻撃の多彩さでラーギラの方に分が出来てしまうだろう。

そんな張り詰めた緊張感の中、俺とラーギラの動きはしばし止まっていた。

だが―――やがて大きく溜息を吐くと、ラーギラは言った。


「……失敗だな。その能力、相当に巨大だ」


意外な台詞に、俺は怪訝に思った。

だがラーギラはそれを読んでいたようで、すぐに重ねて言った。


「解説してやるなんて意外だ、って顔だね?」


「ああ。不利にしかならないからな」


能力を奪えたかどうかを言わなければ、それだけで戦いの中では大きなカードになる。

いきなり予想外の手を打てるかもしれない、と思えば大胆な攻撃はし辛くなるのが道理だ。


「本当ならやらない。でも、お前には小細工を使いたくなかったのさ」


「正々堂々と戦いたくなった……ってわけか?」


「僕はその建前だけの言葉は嫌いだ。ただ理由はひとつ……気持ちよく食事をする時は、食材と料理の仕方にこだわるのと同じぐらい、僕は気持ちよく食べ切った事そのものにもこだわるって事だけさ」


結局、正々堂々とやりたいという事ではないか、と俺は思ったが気持ちもわかる気がした。

どうでもいい人間に対して「優しい」とか「良い人」みたいに当たり障りのない事を言う人が居る。

そんな建前に対して、ひどく苛立つ人間も居るのだ。


(コイツの能力……本当に巨大だ。全くもって美味しそうだよ……!)


それから持久戦がしばらくの間、続いた。

何とか一気に攻撃を仕掛け、仕留めようとする俺と時間を引き延ばせるだけ引き延ばし能力を奪って勝とうとするラーギラとの戦闘は、必然的に長くなっていった。

しかし―――決着の時は、さほど経たずに訪れた。


「魔力の嵐(ルザ・ゾロスアウス)!!」


「魔弾頭(マジックミサイル)!!」


2人の力がぶつかり合う度、地面は揺れ、空には切り裂くような光が満ちた。

もはやニュクスとラーギラとの戦いは、シナリオレベル7のボス格キャラクター同士の戦いのようになっていた。

だが、大技を放ちあった後、僅かにラーギラが膝をついた。

ニュクスはその瞬間を逃さなかった。


「魔弾(マジックボルト)!!」


一度に打てる5発を集中させ、ラーギラの方へと狙いを付けた。

ラーギラの防壁は3発ほどまでが同時に防げる限度だ。

これを胸の一点に打ち込めば、勝てる。

短い詠唱が終わると、俺はトドメを放とうとした。

その瞬間―――世界が止まったように思えた。

ミスカがラーギラの前へと、降り立ったから。


―――ドォン!!


5発の発射音が重なった音の後には、俺は拳を天へと振り上げていた。

ミスカを攻撃しない為に、慌てて射線をずらしたためだ。

だが―――あまりにも大きな隙が生まれてしまった。

致命的としか言いようがない動けない瞬間が。

腕の向こう側、ミスカの後ろ側でラーギラが笑っているのが、見えた。

同時に、地面から影が伸びてきて俺の身体を掴んだ。


「ぐああああっ!!」


影は足、身体へとまるで蛇が巻き付くように身体へと覆いかぶさった。

ゆっくりな動きで、通常通り戦っていたらまず捕まらないような動きだったが

俺は捕まってしまった。

身体に影は食い込み、頭がぼやけるような感覚になっていく。

知識と、能力を吸い取られている。


「何だこの能力……!? 純源子を使う……だって……!?」


(ま、まずいッ!! 早くほどかねぇと……!!)


影はゼリーのようなものとなっており、ただ腕を動かしたりするだけでは振り払えない。

俺は自分の体へと魔力を溜め、身体そのものから魔弾を放った。

僅かな爆発が身体の周りに起き、影が水のように飛び散っていく。

その瞬間を逃さず、ラーギラから距離をとった。


「純源子使い……何だこれ。こんな能力、見た事が無い」


『スキルドレインに失敗しました。能力を奪取できませんでした』


「ん?」


急に機械音声のような声が響き、俺は怪訝そうにラーギラを見た。


「いいだろ? こういう風に僕の能力はナビゲーション付きなのさ。成功したか失敗したかがすぐにわかる。なんか精霊が個別についてるとかいう話さ」


「確率で盗むのか……!」


「ああ。最初は小数点がいくつもついてるけど、何度も盗みを仕掛けるほど、そして相手の事を知れば知る程盗める確率が上がる。僕は……これを100%にしてから盗むのが好きなんだ。何もかもを差し出した状態。完全に勝利した状態にしてからね。ちなみに―――君の能力はまだゼロが10個以上ついてる状態だ。死ぬほどレアだからかな? 中々盗める確率が上がらないみたいだ」


「盾にするつもりか。ミスカを……!」


傍に立つミスカの方を見て、どうしようか考えていると、ラーギラは空中に光玉を浮かべた。

そしてそこから稲妻のようなものを発生させ、攻撃を始めた。


「電撃手(ミルラズル・バシュド)!!」


「くっ!!」


空からいくつも雷の矢が降り注いでくる。

同時に、ミスカも攻撃を仕掛け始めた。

強力な魔術の矢で、こちらへと攻撃を放ってくる。

そして、ラーギラは忌々しそうに言った。


「ああ。使わせてもらう。彼女はこういう風には使いたくないけど……勝つためには仕方ないさ。勝てばいいんだ。結果こそが全てさ!!」


「アンタの仲間ってものに対する気持ちはそんなものなのかよ……!」


「……ひとつ、良い事を教えてやるよ」


攻撃が少し止むと、ラーギラは肩に付けていた鎧の一部を剥ぎ取ってみせた。

そこには、見え憶えのあるマークがついていた。

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