30:魔なる盗賊の王(3)

「それは確か……グラン・ユキナリの……」


「そうだよ。僕が所属してたプロチームの紋章さ。で、なんでこんなものを付けてると思う? あんなクソチームのゴミクズ共を意味するこれを、全くいい印象なんてない僕が、これを付けてる理由……わかるか!?」


「……まさか……!」


嫌なものを自分から進んで装着するワケはない。

なら身に付けざるを得ない理由があったという事だ。

つまり、所属チームの紋章を付けざるを得ない理由というのは―――


「一人じゃなく、何人かでここで来たのか……!?」


「ご名答。実はさぁ、僕はチームごとここに飛ばされてきたんだよ。リーダーのシモロ、前衛脳筋のアガルタ、後衛のスペシャリストのマチルダの3人と一緒で、最初はユキナリのチーム4人全員だったんだ。僕はね」


ラーギラの攻撃が、一瞬静まった。

だが次の瞬間、ラーギラは空中にいくつもの仮面を作り出した。

それは次々に口元を動かして、呪文を詠唱していく。


(な、なんだこの魔法は……!?)


「連なりの葬送曲(エルプレド・ラグロス)!!」


やがて詠唱が終わると、それらは次々に強力な呪文を放ち始めた。


「溶岩雨(ファイ・ラド・グリーヴ)」


「極寒嵐(アパランタル・ピュレム)」


「神雷(ジオ・オパートス)」


あっという間に物質に霜が降りるような嵐と共に、苛烈さは一気に増した。

強力な雷をまとったそれは、普通の人間ならば一瞬で凍り付き、強力な電圧ではじけ飛ぶだろう。

それが来たかと思ったら、次の瞬間には骨の髄まで焦がすような溶岩の雨が降った。

俺はただただシールドに力を集中させ、そしてなるべく命中する面積を減らすように動いた。

だがそれでもシールドは破壊され、身体全体に真っ白な焦げ目がついた。

膝をつくと、ラーギラは続けて言った。


「あいつら、ここへ来てから一番最初に何をしたと思う? なぁ?」


「……お前を囮にして、クリーチャーから逃げた、とかか?」


「違う。僕は……旅の資金を作るために売られたんだ。魔力をはく奪されてから、珍しい”異次元からの無能者”って名目で、ね」


「なっ……!?」


この世界の人々は基本的に魔法を誰もが使うことが出来る。

例え子供だろうが、生まれたばかりの赤ん坊だろうが。

ただ使えない人種ももちろん居る。彼等は「無能者(ノップス)」と呼ばれ、奴隷のような待遇を強制されている。というより言葉どおり奴隷そのものとされている国もある。

そして、別の次元から流れつくそういった者も少なくはないのだろう。


「結構いるんだぜ? ほら、現実で”神隠し”とかあるだろ? ああいうのはこっちの世界に偶然呼び出された結果だったりするんだとさ。シモロの奴が言っていたけどさ」


「な、なんでそんな事を……!!」


「簡単な話だ。その時僕には大した能力が無かったからだ。無能だったからそれ以外使い道が無かったのさ」


攻撃が急に止むと、ラーギラは過去の話を始めた。


「発売日の翌日だった。僕らはいつものように学校のクラブに集まってた。何気無い日常の一コマ。でもその日はひとつだけ違っていた。部室にXYZの新しいルールブックがあったからだ」


そこに居たのはシモロこと芝浦幸成、アガルタこと蔵人比呂、マチルダこと吾妻清美。そしてサバイバーハヤトこと藤田隼人の4人だ。

彼等は高校生でありながら日本を代表するXYZのプロチームのメンバー同士でもあった。放課後にはいつも次の卓の準備に勤しみながら、週末には各地の有名なキャンペーンへと参加していた。


「おいハヤト。新しいルールブックっての、見てみようぜ」


「うん。わかったよ」


ハヤトがページをめくっていくと、新しいXYZの詳細なルールが開かれたページに記載されていた。

それに自分たちは夢中になった。

そして一旦すべてに目を通して、新しいルールの考察でもみんなでやろうとした時に、奇妙なページを見つけた。

大きな紋様だけが描かれたページ。

僕たちがそれが何なのかを首をかしげてみていると、紋様は輝き始め―――僕たちは全く知らない場所に飛ばされていた。


「な、何なんだここは……!?」


最初は戸惑っていたけど、そこがXYZの舞台であるウィブ・ソーラルだとわかった時。そして自分たちも魔法を使えるようになっている事に気付いた時。

僕たちは天に舞い上がるように喜んだ。

ファンタジー世界にやってこれたんだ、って。そして今度は憧れの世界を実際に冒険できるんだ、って。

それが、大体5年前ぐらいに事になる。


「5年……!? XYZの新ルールブックは、発売されてからそんな経ってないんじゃ?」


「僕たちは現実世界の時間から少し前の時間に飛ばされたんだよ。お前も聞いた事が無いか? 過去に召喚者が現れて、世界を揺るがしたって話を」


(そう言えば、ミスカがそんな事を言っていたような……)


「もっとも……この本の呪文のミスで起こる事らしくて、過去へと飛ばされるのは希少なケースらしいけどな。後になって知った事だったけど」


僕たちは最初は、自分たちがやっていたように役割を分けて旅をしていた。

クリーチャーと戦ったり各地の街を回ったりして……。


「でも、ひとつだけ僕はみんなと違っていた。みんなは旅を始めて、すぐに自分の固有資質を見つけたり、自分の得意な魔力に目覚めていったけど、僕にはそれがいつまで経っても発言しなかった。魔力もロクに使えなかったんだ」


「えっ……?」


「魔法が殆ど使えない僕は足を引っ張る事が多くなった。でも、いつも自分は裏方に回る方だったからあんまり気にはしなかった。ま、そういうのに慣れてたって言うべきかもしれないな。いつか何とかなるだろう、ってお気楽に考えていたんだ」


いつも自分は物語の表舞台には出れない。華のある人々との出会いも出来なければ、目立つこともない。

綺麗な女の子との出会いもない。それを憎らしく思ってはいたけど、仕方ないものと思っていた。

だって自分には力が無かったから。経験と誇りと、できる限りの努力はしていたけど天性の資質の有無はどうしようもない。

不満には思っていたけど、それを表に出す事は無かった。

それが自分に運命として与えられた役割なんだ、って思っていた。

その時までは……。


「でも、それがあいつらには気に入らなかったみたいだった。僕が怠けているから能力がわからないんだ、と思われてみたいだった。売却された日に言われてから、気付いたんだけどね」


「売却された日……?」


「ある日―――起きたら服と荷物が無くなっていた。その上、自分はいつの間にかボロの服を着せられていたんだ。それでみんなが出発しようとするから、何が起きてるんだ? どうして僕を置いていくんだ? って聞いたんだよ。そしたら……そう、確かシモロが言ったんだ。お前、今日でチーム抜けてもらう、ってさ」


僕は起き上がって問い詰めようとした。

チームを作った時からずっと一緒に居たのに、突然そんな事を言うなんて意味が分からなかったから。

「どうしてだよ!?」って言ったら、しばらくみんな黙っていた。

でも―――その時の僕を見る目でわかった。みんなまるで、自分を汚れたものを見るような目で見ていた。

ゴキブリがいきなり目の前に現れたような、そんな目って言うんだろうかな。


「僕が言葉を失っていると、シモロは言った。な? みんな同意見なんだよ。お前が居ても無駄だって事に、って」


「無駄……チームの足を引っ張ってたからか?」


「違う。シモロは完璧主義な奴だった。だから僕みたいな奴がメンバーだったことそのものが最初から気に食わなかったのさ。で、ここへ来ても役立たずのままだったから、最初からどうやってチームから追放しようか考えあぐねてた、って言っていた。でもゲーム上ではそこまでの害はない。裏方に回る奴が一人欲しかったから、とりあえず置いてやっていたんだ、と彼は言った」


でも、自分たちはもう一端の実力は付けたからもう必要ないんだ、とシモロは言った。だから―――「お前を売却する事にした」って。

「売却ってなんだよ?」って僕が言うと、魔法を使えるか試してみろって言われた。

それでいつも通り、魔力を発動させようとすると何も使えなくなっていた。

マチルダとアガルタの二人は、それをみて「あ、ちゃんと出来てる」って笑っていた。

ただでさえ弱かった魔力が完全に封印されていたんだ。


「僕が何度も魔法を発動させようとすると、シモロはお前の力は剥奪した、って言った。自分の”種を植える力”で、ってな」


「種を……って、それはまさか……!」


「そう。僕が街の奴等と、彼女を操ってるこの資質だよ。これは元はシモロのものなのさ。本来は植物の種を身体から生成して、周りに撒く。それから生えた花の近くの人間には、体力を増強したり、敵には動きを鈍くしたりって効果が永続的に続く便利な固有資質だ。それを……マチルダの物質と無機物を合体させる力との組み合わせで、僕に植え付けた。付与された効果は”魔力封印”と”学習の封印”というものだった。強制的に魔法使いを魔力欠乏症の状態にしたんだ」


つまり、お前はもう魔法を使う事も再度学び直す事も出来ない。

普通の人間と同じになっちまったんだ。とシモロは可哀そうなものを見るように言った。

身体を見ると左の胸のあたりに少しだけ花の紋様が出来ていた。

僕はどうしてこんな事をするんだ、売却ってどういう意味だ、って再度訊ねた。


「旅の資金がもうちょっと欲しくてな。お前を無能者としてこれから街の有力者に売るんだ。それで俺たちはクログトの都市部の方にいける。俺たちはみんな魔術師だから、そうすれば一気に戦力アップになるからな、ってシモロは言った」


クログトではたまに無能者の奴隷が働いている事があった。

魔力が使えない奴等は、人間として見られていないから、何をされても文句が言えない。

だから権力者や金持ちは珍しい彼らを欲しがっていた。

僕は仲間にそんな事をして許されるはずはない、って言った。そしたらシモロは言った。


「そもそも―――自業自得だろ。お前に価値なんて最初っから無かったんだから、って」


価値の無い、使えない人間が有名チームにたまたま転がり込んでいただけで、後は雑用という名の最低限の事をしていただけに過ぎないんだ、と。お前には価値が無い。今までだって足を引っ張っているだけで、自分の資質すら持っていない。

そんな奴をいつまでも置いては置けない。だから、最後ぐらい役に立て、と。


「僕が言い返そうとしたら、アガルタの奴は言った。お前は最初から飛べない鳥で、ただ飛べる俺たちのおこぼれに預かってただけだ。いつまでも夢を見てるな。お前に与えられてるのはなぁ、ソシャゲの素材キャラみたいな、ただ誰かの役に立って消えるだけの役割なんだよ、それぐらいしか使う所が無いんだからな、と」


虚ろになった僕の中には、仲間だった奴等の罵詈雑言だけが満ちていった。


「お前に与えられてるのは家畜として死ぬ事だけだ。いいか?お前の役目は誰かの役に立って死ぬ事だけなんだよ。なぁ!? 理解しろよ!! いい加減なぁ!?」


「売られて自分たちの役に立てるだけ気持ちいいと思いなよ? とっても役に立ってるんだからさ」


「あなたは誰かに優しくするだけしか能がないのよ。ね? ”最後”はもっと優しくなってよ。”最後”ぐらい」


ただ空虚になった自分の心の中に、剥き出しの悪意が注ぎ込まれた。

心が触れてはいけないものにどっぷりと漬けられたような気がした。


「そこで僕は……理解した。最初から僕は―――空を飛ぶことを夢見ているただのイモムシだったんだ、って。自分では何もできやしない。運命に只流されるしかない。誰かの攻撃にやさしくすることで対抗するしかない、ただの何もできないクズだったんだ、って」


その後、部屋に鎖と鉄の錠前を持った奴等がやってきた。

僕はそのまま連れていかれて鎖につながれ、僕を買った街の有力者の屋敷で働かされる事になった。

何年も……結局は4年ぐらいは居た事になる。


「そこで僕は言葉にしたくないような事をやらされたし、することになった。いつも自由になりたいと思っていた。でも僕には翼が無い。空を飛ぶ羽も無い。本当に価値の無いただのゴミクズである事を、長い時間をかけて思い知らされる事になった。そして、ただただ祈りながら、薄暗い場所を這いずり回って、少しでも楽になる場所がある事を探すしかなかった」


胸の中にあるシモロの植え付けた種を外しさえすれば、って胸をスプーンでえぐったりもした。

でも、骨が見えるほど深くえぐってもシモロの種はそれより下に植え付けられていて、取れなかった。

純粋な水さえあれば引き抜けはしたけど、僕が口にできるものに種が発芽するほど綺麗なものはなかった。


「暗い牢獄のような場所で、何度首を掻っ切って死のうと思ったかわからなかった。僕がそこで自殺しなかったのは、生きる為の力強さを持ってるわけじゃなく、ただ死ぬ勇気が無かったからだ……!」


流す涙が枯れ果てた頃、僕はある時から妙な事が出来るようになっていた。

自分の影を伸ばして、触れた虫の動きを真似したり、犬の声を物凄く精度が高く出せるようになっていたり……。最初は自分の癖か何かにしか思えなかったけど、段々人間離れした事も出来るようになって、

最後に自分の中に精霊の声が聞こえるようになって、僕はそれが自分の資質であると確信した。


「僕はある時、蛇のように身体の関節を柔らかくして錠前を抜けて、足音が出ないように屋敷を抜け出した。カギは予め作ったものを使って開けて、魔力の必要な場所は扉自体を壊して逃げた」


街の外を流れる川の傍まで逃げてから僕はやっと自由になった。

僕の身体はその時、片足が義足になっていて、もう片腕は切り落とされていた。

身体の中もボロボロでツギハギだらけ。胃とか肺の片方とか、いくつか内臓は無くなっていた。

こんな身体じゃ、もう二度とまともに旅なんて出来やしない。

そんな……心を焦がすような絶望の中で、僕は本当のルールブックを見つけた。

そこには自分の本当の能力が記されていた。

僕の能力「影鏡」の力が。


「それは自分の鏡である影に映したものを自分の力と出来る、というものだった。真似することも、能力そのものを奪い取る事も出来る、凄まじい力……僕はそれを使って身体を元に戻していった。そしてまず、僕を何年も地の底に縛り付けていたクズ共が住む屋敷を焼き払った」


屋敷を破壊して焼き払って、必死に命乞いをする奴等に僕は言った。

僕が同じようにした時に、君たちはどうした? と。

僕の悲鳴を動物がやってるみたいに笑って、僕の涙をただコメディアンのお笑いのように流していたお前たちにどうして僕が慈愛を持って答えてやらないといけない? その理由を教えて欲しい、と。

あいつらは言葉を失って、最後のあがきで隠し持っていた武器で僕を刺し殺そうとして来た。

だから同じように腕を吹っ飛ばして、身体を穴だらけにして殺した。僕がされたのと同じようにして。

能力はもちろん全て奪い取ってからだ。クソみたいなものだったからあとで捨てたけど、最初の方は役に立った。


「それから、同じようにシモロたちも探し出して殺した。すべての能力を奪い取って絞りカスにしてやってから、僕が味わったように一人ずつ、生きたまま……!!」


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