27:傷ついた戦士

地上付近へと近づき、もう少しで街の端へと出られそうな場所へとたどり着いた。

俺はそこで意外なものを発見した。

トンネルの壁に寄りかかり、座り込んでいる黒い鎧の男。


「っ!―――ボクス!!」


「お前は……ッ、確か……ニュクス、とか言ったか……」


ボクスは横っ腹から血を流していた。

持っていた剣を支えにして、なんとか倒れないようにしているが、もう息も絶え絶えの状態だった。


「どうしたんだ。その傷は?」


「主人に、逆らった結果だ。無様なものだろう……」


「主人……ラーギラの事か。って事は、あんたもあいつに作られた人形か何かなのか?」


「違う。おれは……人間だ。しかしそれを知っているという事は……」


俺はボクスにラーギラとの戦闘のあらましを話した。

ラーギラが裏切った事に気付いた事、そしてフィロを自分が倒した事。

ミスカ達とラーギラに挑んだが、返り討ちに会った事。そしてフィロはその時に砕かれた事も。

全てを話すとボクスは苦々しい顔になり、言った。


「そうか。フィロは……死んだか。いつか捨てられるだろうと薄々感じていたが……こんな事ならば……おれもお前たちが挑むときに、一緒に……行くべきだった」


「ちょっと待ってろ。傷を回復する」


「無駄だ。俺はもう助からん……」


俺はボクスに回復魔法を使った。

あと一度程度しか使えないが、どうせラーギラとの戦闘中に回復している余裕はない。なら助けられる奴を助けた方がいいというものだ。

ボクスは諦めたような表情で快光(アビゼラ)が発動するのを見ていたが銀色の光が身体を包み、急速に傷が癒えていくのを見て目を丸くしていた。


「これでいいな。身体は問題ないだろう」


「お、お前は……回復魔法使いだったのか? あの中では一番ダメそうなやつだと思ったが……というより、何故裸なんだ?」


俺は純源子脈に入っていたせいで、装備も服も何もかも失っていた。

当然、裸の状態だ。


「ちょっと服が消えちまってな。なんか着るものを持ってないか?」


ボクスは渋々自分の鎧の下に来ていた上着を脱ぎ、こちらへと渡してきた。

ちょっと大きめの上着だが、大柄な男のものであるので何とか身体を隠すぐらいは出来た。

俺は服を着ると、ボクスに訊ねた。


「それに……ダメそうなってのは余計なお世話だ。っと、まぁそんなことは良くてだ……いくつか聞きたいことがある」


俺は言を決して、ボクスに訊ねた。


「なんであんな奴に従ってたんだ?」


「……おれは、クログトのはるか東にある辺境の地の出身だ。そこに存在していた村のな。ラーギラは、ある日、村へとふらりとやってきた。そして全てを奪った」


ボクスが言うには、ラーギラは自分の村へとある日やってきたという事だ。

最初は旅人かと思い村の宿にて住まわせていた。

だが――ある日突然、ラーギラは村の者へと牙をむいた。

後から知った事だが、ラーギラは現実から飛ばされた後、一番最初にこの付近にやってきていたのだという。

自分の固有能力の試し打ちに選ばれてしまった、というわけだ。


「おれの父は村一番の戦士だった。村を統括し、この地域の代表者となっていた」


「……ラーギラにやられたのか」


「ああ。あいつは母をまず瀕死にさせ、救うためにやってきた父の首を刎ねた。そして、その後におれに言ったのだ。服従か死か、選ばせてやる、と……」


ボクスは顔を真っ赤にし、手で顔を覆って言った。


「おれは、その場であいつへと怒りの全てをぶつけそうになった。だが、瀕死の母が最期……最期に、言ったのだ。お前には生きて欲しい、と……おれはその言葉で我に返り、あいつに従うと言った。それで、しばらく奴と共に旅をしていたのだ……心の底では復讐の機会を待ちながらな」


「なるほど……それで仲間のフリをしていたのか」


「父と母を亡き者にした奴には……必ず同じ報いを与えてやるつもりだった。だが、あいつは思ったよりも注意深い奴で、中々隙を見せなかった。今回、街の者を処分すると言っていた時、初めて疲労しているような素振りを見せていた。それで……」


「復讐を実行に移したら、失敗したってわけだな」


「ああ……無様なものだ。一撃も当てられなかった。やつの能力……相手の力を盗み取る力は十分わかっていたし、動きも旅の中で何度も見切っているつもりではあったが……!」


「そりゃ無理だろう。せいぜい気配を消して背後から斬りつけたんだろうが、当たるはずもない」


ラーギラは能力を奪えるが、その他にも経験や知識も奪い取れると言っていた。

だから武術の達人から力を奪えば、例えば気配を読んだり、攻撃される瞬間をある程度予想したりすることが出来るわけだ。

そういう人間に対して、背後から切りかかるだけではいくら静かでも当たるわけはない。

それにラーギラは盗賊型のキャラクターを作っている。周囲の物音を恐ろしく敏感に察知できるはずだ。


「どうすれば、どうすれば……奴を倒せるんだ……? あんな化け物を……」


「それは俺がやる。だから答えて欲しい。あいつは、どういう能力を持ってるんだ?」


俺がボクスから聞きたい事は、何故仲間となっていたかという事ともう二つ。

それはラーギラがどのような能力を持っているか?

そしてラーギラが街の人間を駒にしている能力の、解除方法だ。


「おおまかでいい。大体どんなことをやっている、とかどういう能力を持った怪物と戦ったか……とかだ。とにかく奴が何をやれるかを知っておきたい」


俺は、ボクスからラーギラの動きについて詳細を聞いた。

だいたい奪っていると思われる能力についても。

無論、どんな事ができるかわかるはずはない。

ただ何をやってくるかを予想できる、できない、は天と地の差がある。

少しでも勝てる確率を上げるには、そういった情報が不可欠だ。


「大体……こんな所だ。おれがわかる範囲ではな」


「助かる。感謝するぜ。あともうひとつ。街の人間を操っている能力については、何か知らないか? 奴は植物の種を、とか言っていたが」


「そこまでの詳細はわからん。ただ……植物の種の性質を持っているというだけで、無機物を生物に植え込んで相手を操るようだ。思いのままに動かせるし、自動で攻撃するように敵を設定もできる。そして見聞きしている事を操作者のラーギラへと伝える事も可能なようだ」


「厄介だな……種の取り除き方はどうしたらいい?」


「わからん……いや確か……一度だけ見たことがある。アルフの少女を捕らえようとした時に、水を使っていたな。その時に確か、抜き方を独り言のように言っていた」


「水……?」


「操作の種は身体の奥深くに植え込まれていて、そのままでは取り除くのは困難だ。しかし、どうも血液ではなく普通の水分が必要らしい。水を植え込まれている部分の表面に与えれば、根を出して植え込んだ人間の動きが止まる。そしてその根を引っ張れば、種を抜くことが出来るとか……そんな事を言っていた」


「水だって!? 水っつっても、パシバみたいな砂漠地帯のここにゃあ、そんな沢山の水は無いぞ」


パシバに飲み水は無いわけではないが、街の人間全員に与えている暇などない。

自分の強化された魔法でも、できるかは微妙な所だ。

地下水脈などを破壊して、空から降らせられればいいのだが、そんな事は自分には難しい。

そう考えていた時、ひとつの案が閃いた。


「待て……あるぞ。ある。一気に水を街全体にバラ撒く方法!」


「どうするのだ?」


「簡単な事だ。雨が降ればいいんだ」


「雨? 馬鹿な、そんなもの降るわけが……」


「俺たちはラーギラが奪った”雲誕”って魔術式を探してここへやってきた。で、やつはただミスカをおびき寄せる為にそれを奪ったんで、こっちへ返してきたんだよ。それを使えばいい。確か……ミスカがまだ持ってるはずだ。俺は水の魔法を使えるから、魔術式を使ってから、水の魔法を増幅させりゃ、雨が降るはずだ!」


雲誕の魔術は、天候に関するあらゆる力を増幅する。

空を雲で満たしてから、更にそこに自分の水魔法の力を流し込めば、雨は降るだろう。


「しかし、それは……あの魔女綺羅から魔術式を奪い取らなければならないという事だぞ。それも、ラーギラが騒ぎに気付く前に」


ミスカの強さを見ていたボクスは”出来るわけがない”という口ぶりで言った。

実際、ミスカの強さは相当なものだ。1対1ではあのラーギラを除いてこの街で勝てるやつはいないだろう。

その上モタモタしているとラーギラが戦っている事に気付いてやってきてしまう。

ただ―――今の俺ならば、充分何とかなるはずだ。

単純に短時間で戦闘不能にさえすればよいのだから。


「それも俺がやる。それより……ボクス、お前には一つやってもらいたい事がある」


「やってもらいたい事? 何だ?」


「街の東側あたりでこの街の防衛部隊の奴等が、操られてる街の人間の相手をしてる。そっちに行って、隊長になるべく街から人を引き離すように言ってくれ」


「街から人を……何故だ?」


「ラーギラが本気を出して戦ったら、街の人間なんてお構いなしに攻撃を始めるだろうからだ」


話していて確信したが、ラーギラは他の人間の事はゲーム中のNPCぐらいにしか見ていない。

冒険を彩る為のただのモブで、自分が強くなるための設備。いや……もっと言えばそこら辺の石コロだ。

例えば建築物などを作るゲームで、適当に辺りから木を切って資材を集めてきたりするが、その程度の存在でしかない、と思っている感じか。あれは。

そんな奴が人の命など気にして戦う訳がない。

本気になれば恐らく大規模な攻撃を連発し始めるはずだ。

放置していれば、必ず街の人間は攻撃に巻き込まれるだろう。


「だから頼む。引き離したら雨を待って、降って来たら街の人間の操作の種を片っ端から引っこ抜いてくれ」


「待て。ちょっと待て……その頼み自体はいいが、一つ聞かせてくれ。お前、あのミスカという魔女をあっさりと倒して、更にラーギラとも互角に戦えるような口ぶりだが、どこからそんな自信が沸いてくるんだ?」


ボクスは懐疑的なまなざしで言った。

確かに俺の今の状態を知らなければ、ただ無鉄砲な事を言っているだけにしか聞こえないだろう。

しかし、自分の今の状況を自分以外に知らせるのは避けておきたかった。

どこからラーギラに情報が伝わるかわからない。

ボクスは正気かつ、ラーギラの味方ではないようだが、何かしらの能力でこちらの言う事が伝わっていないとも限らない。

だから俺は、もし聞かれていても問題ない事しか喋ってはいなかった。


「それは……ちょっと話している時間はない。ただ、信じてくれとしか」


「……」


ボクスの懐疑的なまなざしに、ニュクスも見つめ返して答えた。

猛獣のようなボクスの目は、やがて光が弱まり、柔らかなものになった。

同時に表情のこわばりも消えた。


「……仕方ないな。どちらにせよ、もうおれに出来る事は限られているようだ。お前を信じてみよう」


「すまない、感謝するぜ」


「死ぬなよ。ラーギラは……今回、俺はあいつが満足していたようだから見逃してもらえたが、基本的に自分に歯向かってくる奴は徹底的にいたぶって、拷問のような攻撃を加えてから殺す。恐ろしいヤツだ」


ボクスはそう言い残すと、階段を足早に駆け上がっていった。

俺は別の出口から坑道の外へと出て、ミスカを探しに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る