26:永い暗闇の中で
突然、目の前が明るくなった。
そこには子供が沢山いて、自分の姿もあった。
「ほんとうに、これで終わり……?」
「嫌だけど終わりさ。もうどうしようもないよ。僕らのPCじゃ、助けに行ったらそこで死んじゃう」
子供たちはXYZのゲームで遊んでいた。
ゲーム自体は終盤を迎えている場面のようだったが、生き残っているPCは殆どいないようだった。
その場面を見て、俺はそれがいつだったかを思い出した。
子供の時やったXYZのプレイで、いくつか印象深かったものがある。
これは「白亜の狂展」というシナリオをやった時の記憶だろう。
(思い……出してきたな……)
そのシナリオのあらましはこうだ。
新しく世界に台頭してきた宗教「デイザル」というものがあった。
それはクログトとリハールの2つの文明を巻き込み、巨大なものとなっていた。
ある時、彼等の周りで奇怪な事件が起き始め、その捜査のためにプレイヤー達はデイザル教とその主司祭タリンという男が、何をしようとしているかを調べ始める。
その中で同じようにデイザルを調べている少女ユリカと共にタリンが邪神を信仰していて、本物を召喚して世界を破滅させようとしているのを突き止める。
というストーリーだ。
(ユリカ……)
子供の時だが、ハッキリと憶えている。
俺はユリカに恋をしていた。
銀髪で透き通るような肌と、何もかもを包む様な柔らかい笑顔。
そして行動のひとつひとつから、彼女の優しさと芯の強さ。
そして強い意志が伝わってきたからだ。
「嫌だよ、こんなの……」
ユリカは聖女であり、強い光の魔力で邪神デイザルと戦う助けとなる。
しかし、プレイヤー達だけの力ではデイザルは倒せない。
あまりにも信仰を集めすぎたため、強大な力を持っていたためだ。
だからデイザルをある程度弱らせると、ユリカは自分の命を捨ててデイザルを倒す。
プレイヤー達を強制的に最終決戦の場から飛ばし、自分たちが帰るのを見届け、シナリオの最後で彼女自身の真実を告げる。
『泣かないで。わたしは、最初からデイザルに作られた偽物なの。彼が遊び半分で作った、人間の現身。わたしには生まれてから、未来なんてなかった。でもあなた達が未来を与えてくれた。本物の未来を』
ユリカはそう言い残し、邪神と戦って砕け散るようにして死んでいく。
自分は誰一人として助けられぬまま、彼女が命を落とすのをただ見ている事しかできなかった。
(俺は……)
悲しい物語が、嫌いだった。
何故なのかはわからない。ただ悲しい話を聞いて、救いのない物語の登場者が
死んで、消えて無くなってしまうのが心から嫌だった。
だから―――
(ッ! 思い、出した……!!)
だから俺は、あるキャラを作り出した。
どんな物語も救済できるような、無敵の力を持ったキャラクターを。
全くルールから外れたキャラクターを作って「こいつなら勝てる」と、自分を慰めていた。
作った所で、ルールで使う事が出来ないんだから全く意味が無かったが……。
確か、そのキャラクターの名前が「ニュクス」だった。
(そうだ……俺は、ニュクス。”純源子使い”のニュクス……!!)
■
突然、目の前が明るくなった。
夢から覚める言葉と共に、俺は起き上がり、大きく息を吸い込んだ。
長く水中に潜っていた状態から、やっとの事で水面に上がった時のようだった。
途端に、身体に感覚が戻ってきた。
「はぁっ……ハァッ……な、何だった、んだ……?」
手足に感覚が戻ってきていた。
どうやら俺は死んだわけではないようだ。
視界が戻ってくると、足元が光っているのが見えてきた。
同時に何か、水のようなものの中に居る事も。
「ん……? なんだ、こりゃ……?」
水にしてはサラサラとしていて、砂のような感じがする。
しかし物質感がなく、掴むことは出来ない。
煙と砂と、水分の中間の様な”何か”に自分は浸かっていた。
やがて視界がハッキリして、それが何かわかると、俺は思わず声を上げてしまった。
「じゅっ、純源子の河!?」
自分が身体を漬けているのは、純源子の河だった。
ラーギラの攻撃で地中深く埋められたが、どうやらそのまま純源子脈にまで到達していたらしい。
俺は慌てて河を掻き分けて岸から身体を引き上げた。
そして必死に身体から純源子を払い落した。
既に手先がなくなっている腕を動かしながら。
「やべぇ、やべぇっ……!!」
遠くから直視するだけでも危険な物質。
身体に純源子が付着してしまったら、もう何もかも終わりだ。
現に自分の装備と服は、溶けているのか腐っているのかわからないレベルで
ボロボロになり始めていた。
だが―――不思議と身体に変化がない。
「あ、あれ……? 何だ? 何ともない?」
それどころか、河から上がった途端に身体から力が抜けていく。
身体をよく見ると―――胸に大きな穴が口を開けていた。
血は抜けきってしまったのか、あまり出ていないが、心臓が撃ち抜かれてしまっているので身体に血が流れていないのだろう。
意識が朦朧とし、また身体に死の感覚が宿り始めていく。
「もど、戻らねぇ……と……」
危険だとはわかっていたが、俺は無意識に純源子脈へと戻っていた。
身体を光の河の中へと沈めると、ふっと力と意識が戻ってきた。
煩わしくなり、装備品と服を河の外へと投げ捨て、俺は裸になって思い切り身体を河へと沈めた。
まるで風呂にでも入るかのように。
「ふぅ~~~……生き返る……ようだ……」
身体に力が充実してきたのを感じ、余裕が戻ってきた。
身体をよく確認すると、悲惨な事になっていた。
手足は千切れていて、どちらも肘ぐらいから先が無くなっている。
足も同じで太ももの途中あたりで千切れ飛んでいた。
身体はバラバラにこそなっていないが、胸に大穴が空いており、心臓にあたる部分が無くなっていた。
なんでこれで意識があるのか、不思議だった。
「なんで、生きてるんだ俺、これで……」
源子脈から離れた時、激痛が身体を走っていたが、戻ると痛みは消えていた。
今も余り大きく痛みはせず、不思議な状態だった。
(源子脈の中に身体を沈めても、なんともない……? なんなんだこれは)
なぜ源子脈に身体を浸していても平気なのか、わからなかった。
脱ぎ捨てた自分の服とアームド・シェルはボロボロになっており、もう炭か砂かわからないような粉状になり始めていた。
あんな風になる物質の中に、自分の生身の身体を浸している。
それが恐ろしかったが、身体は奇妙なぐらい何ともない。
むしろ力が湧いてくるような感じさえした。
「ん……?」
源子脈だけが光り輝き、あとは真っ暗闇の中。
目が慣れてきた時、俺は源子脈の中に不思議なものを見つけた。
長方形の板のようなものだ。
「……まさか」
俺は身体を動かして源子脈の中へと潜り、それを右手の残っている肘部分で挟んで拾い上げた。
河の外へと上げて、俺はそれをまじまじと見た。
ラーギラの持っていたものと同じ「旧型のルールブック」を。
開いた場所には、こう記載があった。
===============================================
この本は、真実の世界へと到達できたものへと送るものだ。
私の名は「今泉・C(カルダ)・永世」。
かつてウィブ・ソーラルと君たちの今いる現実の世界―――
我々の言葉で「持たざる者の世界」の意である「ネノラ・ドラオーム」
を隔てる壁を作った者たちの一人である。
今からおよそ1000年前、ウィブ・ソーラルから魔力を扱えない者達は逃げ出した。
そして魔法を架空のものとして、そしてウィブ・ソーラルを仮想の創作世界として
本当の世界から逃げ出したのだ。
科学こそが全てであり、魔法はただの幻想である、という信念の元で自分達の真実を作り出した。
だが、いつかこの世界とウィブ・ソーラルを隔てる壁は破られるだろう。
偽物の世界にいつまでも逃げ込んでいられるわけではないからだ。
長き時を経て、この世界の人間の中にも魔力の素養を持つ者が現れるかもしれない。その時のため、私はわずかでも才能がある者へと向けて届くよう、この伝達の魔法を作る。
本来の世界を受け入れる為の事実を伝えるために。
そして、その身に秘めた力を本人に知らせるための我々の唯一の魔法を。
君は破滅の力を手に、終焉の物語を選ぶか?
私は祈っている。これが心正しき者へと渡る事を。
===============================================
「……これは……」
その本には、ステータスやらゲームのルールがどうとかは記載されていなかった。
ただ、ゲームの中のものとされていたウィブ・ソーラルの全てが記載されていた。
空想のものだと思われていた、XYZの世界の事が記述されていた。
そしてその最後のページに、資質のページがあった。
===============================================
この書を自分の力で手に入れる事ができた者は、恐らく何らかの形で自力で魔力に目覚めた者だろう。
そういった者には、得てして異彩なる力が宿っている事がある。
次のページは、それをなるべく言語化して伝えられるように私が作ったページだ。
私から最後の贈り物であり、君が持つ才能と言っていいだろう。
===============================================
「……」
俺は、意を決して次のページを開いた。
ページを開くと、自分の力では読めない文字が現れた。
それは何度も別の言語らしい、規則ある文字へと変化していく。
俺の中の資質を、探っていたのかもしれない。
やがて―――それが収まると、
そこには昔作った自分のキャラクターに付けた能力がそのまま付いていた。
================================================
【《純源子使い》】
それは何の色も持たない魔力行使者。
それは純粋すぎるが故に何色でもない。
それは白に最も近く、しかし白から最も遠い力。
それは漆黒よりも濃く、どのような闇よりも深い色の力。
それは全ての色を併せ持つ万色のように見えるが、どの色でもない。
それは純源子使い。
それは物語を繋ぐための力。
■詳細■
純源子を取り込むことにより、その力を扱うことが出来るようになる。
================================================
「……え、た、たったこんだけか? テキストこれだけ?」
ラーギラが作ったブックの「源子弾使い」を見た時よりも拍子抜けしたかもしれない。
他に何も書いておらず、特徴らしいものが何もない。
全身から、力が抜けていくようだった。
余りにもシンプル過ぎる。
「なんだよ……これじゃ……」
ミスカを、街の人を助けられる糸口が見つかったかもしれないと思っていた。
だが、その思いは儚く砕けて行ってしまった。
俺は怒りと絶望が入り混じった感情を、思わず叩きつけてしまった。
「これじゃあ……何もできねーよッ!!」
次の瞬間、巨大なエネルギーの塊が前方へと放たれた。
それは源子脈の河を大きく砕いていき、トンネルの一部に命中。
大爆発を起こし、巨大な空洞を開けていた。
「はっ……えっ……!?」
どうやら―――無意識に魔片(メイジフラグメント)を発動させてしまったようだった。魔法使いにはたまにある事で、感情が高ぶると勝手に何かの魔法が発動する事がある。
ただそれは詠唱も集中も無いものであるため、例えるなら怒って叫び声をあげた時に、唾が一緒にまき散らされるような微量なものでしかない。そのはずだ。
(まさか……)
「純源子を取り込み、扱えるようになる」というのは、ただその中に浸かったり触れても大丈夫になるだけではなく、もしかして―――本当にテキストそのまま。
「その力を取り込み、膨大なエネルギーを自分の力として扱えるようになる」という事なのではないだろうか?
俺は大きく唾を飲み込み、流れる純源子の煌めきを口に少し含んだ。
そして、飲み込んだ。
「なんか……身体が少しだけ熱くなったような気がするな」
視界に入れるだけでも危険な物質を飲むのに、少し抵抗があったが余り大きな変化はなかった。
試しにもう一度、今度は無詠唱だが集中して「魔片」を使った。
「魔片(メイジフラグメント)!!」
発動と同時に、今度は先ほどよりもさらに巨大な魔力の塊が発射された。
さきほどのものは軽く3メートルはある大きな雪玉のようだったが、今度は
歪な形状をした大岩という感じの物体だ。
だが、大きさが尋常ではない。
小さなアパート、もしくは一軒家ほどの大きさのエネルギーの塊だった。
それは地下道の壁へと到達すると、周囲に鳴り響く轟音と共にわずかな地震を巻き起こした。
「な、な、なんだこりゃ……本当に俺の力なのか……!?」
桁外れの魔力だ。今までとは文字通り、比べ物にならない。
エネルギー量で言うと、ゼロがいくつ違うのか。
月とスッポンという言葉があるが、それぐらいかもしれない。
まるで集中も詠唱もしていない上、一番簡単な魔片でもこの破壊力だ。
もしちゃんと集中と詠唱を行って、魔弾頭でも放てば、どうなるか想像がつかない。
下手すると街ごと消し飛ぶかもしれない。
「しかし……」
いくら強力な魔法が使える状態となったとはいえ、こんな身体の状態では、ろくに動けない。
それに―――ラーギラは「能力を奪う能力」を持っていると言っていた。
今の自分がまた挑戦した所で、ミスカがされたように
「純源子使い」の能力を奪われて終わりなのではないか? と。
「考えろ……何かあるはずだ」
諦めなければ希望はある。それがXYZをやって学んだことのひとつだ。
どれだけ絶望的な状況でも、本当に終わりだという事は少ない。
真の敗北とは、絶望に心が染まり切って動けなくなった時であるという事だ。
「ダメ元で……どうだ!!」
俺は他の系統の魔法も強化されているのではないか、と自分の傷口へ「快光(アビゼラ)」という魔法をダメ元で発動へとしてみた。
これは最も初歩的な回復魔法であり、応急処置レベルの回復促進効果を掛けることが出来る。
だが、俺の力では疲労を回復など全くさせる事はできず、使った部位がわずかに暖かくなるぐらいだった。
「うっ……おおお!?」
発動すると、今まで見た事も無いような銀色の光が左の腕先から放たれた。
それが傷口を包み込み、管楽器のような音が鳴り響くとその部分から失った腕が再生されていった。
二の腕、手首、掌、指先と伸びていき―――完全に右腕は元通りになっていた。
同じように左腕、足へと快光(アビゼラ)を発動すると身体は完全に元の形へと戻っていた。
「嘘だろ……」
ダルマになりかけていた状態から、合計30分ほどで身体が完全に元通りに再生した。
回復魔法も強化されている。それも、恐ろしく高レベルのものへと。
通常、回復魔法は術者が対象者の再生力を高めているだけで、対象者の生命力がなければ身体は回復していかない。だから自然治癒力を高めているにすぎないのだ。
術者そのものが傷を回復させるのは、それだけで「再生」であるため、高等な魔法と言えるのだ。
そして更に失った部位を元通りにさせる「復元」は全世界を見渡しても数えられるほどしか使える人間はいない、とされている。
今使えたのは、間違いなくそのレベルの魔法だ。
「他のものは……どんな感じなんだろうか」
俺は自分が使うことが出来る他の魔法の強化度合を確かめた。
俺が今、使う事ができるのは大体7つほどだ。
ひとつは今使った回復の快光(アビゼラ)、そして魔力源子弾を放つ魔片(メイジフラグメント)。
メインウェポンである魔弾(マジックボルト)、奥の手である魔弾頭(マジックミサイル)。
そして使えたらカッコいいのではないか、と憶えた雷の魔法「発電針(ウーバロウ)」と何かとライター代わりに使う発火の魔法「稚火起(パキッシュ)」。
最後にマナを水分に変化させて水を作り出す「成水(アクマング)」だ。
基本的に源子弾を撃つ以外のものは、ほぼ使えないレベルといっていい。一応知識だけ頭に入れたのみだ。
「成水(アクマング)!!」
結果から言うと魔法はどれも強化されていた。
かなり力をセーブして発動したが、水は濁流を放てるようになっていて
雷は激しい閃光と共に、流れにくい地面を隆線がいくつも走る程の強烈な電撃を放てるようになっていた。
火も一度だけラグラジュの局長クラスが撃ったような太陽の如き火炎弾を発生させられた。
しかし―――問題もあった。
「くっ、知識の消耗も激しいなこれ……頭の中からもう消えかけてる」
魔法は知識と魔力を練り合わせて使うものである。
無尽蔵に源子があっても、知識をちゃんと頭に入れていなければ使えず、強力なものは知識の消費も激しい。
俺は元々、余り他の魔法を使いこもうとしていなかったこともあり、もう使用方法を忘れ始めていた。
(どれも、あと使えて1回ぐらいだな……くそう。勉強はしとくべきだった)
だが、手はこれでいくつか揃った。
俺は地下から脱出すべく、トンネルから上へと続く階段を探し始めた。
――ラーギラの能力への対策を考えながら。
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