24:別世界の真実
ラーギラは懐から自分のルールブックを取り出し、見せた。
ただ最初に見せてもらったXYZの新調版ではない。旧型の表紙になっていた。
「こいつはページを破いても再生するから、これを原料に僕が作ったのさ。ただまぁ、ページによっては本当の情報が断片的に表示されるから……察してる奴もいるみたいだけどね」
「……」
「ミスカ。君は……何度もゲームクリアしてるけどさ、中には本当のミッションもあったから、クリアした後の事もわかってるはずだ。それを話さないって事は、君は”本当の意味で現実に帰りたくない”って事だよね? なら見込みがあるよ」
ラーギラが言った言葉が図星であるのか、ミスカはわずかに震えていた。
「本当の意味……どういう意味だ? 帰る気が無いって、お前が言ってるだけじゃ……」
「違う違う。そういう意味じゃなくてさ……ああ、そうか。ミスカから聞いてないって事は、君は”現実がどうなっているか”ってのを知らないんだな。じゃあ……見せてあげるよ。いい機会だから」
ラーギラは平べったい闇の巨人を自分の影から出した。
そして、「記憶の投影」の魔法を使って自分の見てきたものを映し出し始めた。
「ラグラジュ……?」
映し出されたのは、壁の紋様などからラグラジュの地下だと思われる場所だった。
誰か、恐らくはリハールの高官だろう人間が歩いていく。
その先に、巨大な門が設置されていた。
そこが開くと……その先には、見慣れた光景が広がっていた。
「え……なんだ……これ……?」
白の大理石の上に、赤色のカーペットが置かれている。
そしてその上にはテレビで見た事がある豪奢な椅子が二つ。
片方にはスーツを着込んだ、見覚えのある初老の男性の姿があった。
確か―――現在の日本外務大臣である「大原正平」だ。
「だ、大臣……!? なんで日本の議員が……?」
「”世界は繋がっているのさ”。とっくの昔にね」
「繋がって……る……!?」
「いや、その言い方はおかしいか。そうだなぁ……XYZの設定にさ。無能者たちの世界ってのがあっただろう?」
「魔法が使えない奴等の世界、って奴か」
XYZの世界には身分制度があり、魔法の力が使えない人間は無能者(ノップス)と呼ばれ迫害されている。クログト、ウェルネズでは彼等は扱いの差はあれ奴隷として使われていて、悲惨な境遇となっている。ただ、リハールだけは彼等を同じ人として認め、集めて無能者たちだけの世界を作っており、そこはまるで現代の世界のようになっている、と言われている。
「そ、それがどうしたんだ。だから元の世界につながってるってのと、何の関係も……」
「あの設定がさ”僕らが元居た世界を指している”としたら、どう思う?」
「えっ……?」
「世界中を旅しながら調べてみたんだけど、こういうゲートはいくつかあって、それらは全て現代に繋がってるんだ。リハールの中にしか今の所は無いけどね。それでさぁ、結論としては……なんだけど。っていうか本物のルールブックには書いてある事なんだけど」
ラーギラが闇の巨人を叩くと、巨人は崩れ落ちるように床へと伏せ、消えた。
「僕らが元々居た現代の世界は、XYZの世界から逃げた無能者の人たちが作ったものだってわかったんだよ。要するに―――僕たちが元々居た”現実世界こそが偽物でこっちの方がむしろ現実”なのさ」
「な、なん、だよ、それ……」
「僕は一足先にこっちに来てたんだけど、この事実を知って、あとルールブックも僕の力なら複製できるって知ってから、思ったんだ。もし転移魔法と複製したルールブックを組み合わせれば、疑似的に現実から人間を召喚したみたいにできるんじゃないか、って。物語の導入みたいにさ」
俺も身体が震え始めていた。
今までじゃあ、何のために俺はクリアを目指そうとしていたのか?
世界は繋がっているのなら、じゃあ元に戻る意味は何もないという事なのか?
事実の重さに、思考がショートしそうになっていた。
「事実、バカな奴等が結構引っ掛かってくれたよ。半分ぐらいは君みたいなただのゴミだったけど、いい素材を持ってる奴もいた。おかげで随分強くなれた」
「っ! って事はお前の能力は……!」
「そう。僕の能力は”他人の能力を奪って自分のものにする”って奴さ。触れてコピーするとか、食べてラーニングするとか、そういう奴。漫画とか創作モノで聞いた事あるでしょ?」
「この街の奴等を操ってるのも、偽物のルールブックを作ったりしたのも、それか。じゃあフィロも……か?」
俺は恐る恐る訊ねた。
全て別の力となると、こいつはどれだけの能力を持っているのか想像がつかない。
ラーギラは呆然と「そうだよ」と言った。
「僕はただ取るだけじゃなくて、手に入れた能力そのものを合成して新しい力を作れるんだ。例えば、街の奴等を駒にしてるのは、植物の種を植えてその周辺にバフをかけるって能力と、自分を信じてもらうだけで能力が何倍にも跳ね上がるって能力、それに相手を魅了する能力を組み合わせてる。それに更に生き物と物質を混ぜれるって力を加えて、僕が作った無機物の種を植えるだけでリモコンみたいに操れる軍隊の出来上がり、ってね」
「……!」
信じがたい事だった。
一人が一つだけ持てる固有資質。それを奪って自分のものにしている。
「それ、元の持ち主は、どうしたんだ……?」
「殺したよ。用済みだからね。あー、可愛い奴とか見た目のいいやつは皮とか手とか部位だけは頂いたかな。フィロを作る時に使ったから」
自慢するかのように話す姿に、寒気すら憶える。
「全部能力を奪い取ったら、どいつも同じような事を言うんだよね。”俺のチートをかえせ~”ってさ。涙と鼻水垂らしながらね。お前のじゃねーだろって思うよ。そういう奴はなるべくいたぶってから殺したかなぁ」
「……理由は何だ。街をこんなにした理由は。お前自身が楽しむ為か」
「ん~? んんとねぇ、それもあるんだけど……そっちのミスカちゃん。君がさぁ……正式にパーティメンバーとして欲しくなったんだ。やっぱり、物語の仲間は女の子がいいからね。フィロみたいに一から作っても良かったんだけど、それだとイマイチだから天然物が欲しかったのさ」
ラーギラがミスカへと指をさして言った。
ミスカは嫌悪感を顕わにして答えた。
「あたしが……? 冗談じゃないわ。誰があなたなんかと……!」
「現実には帰りたくないんでしょ? 僕と同じでさ。戻っても誰とも馴染めなくて、仲間外れにされて、イジメられて……こんな世界なんて全部壊れてしまえ、って思ってた人間のはずだ。君は」
「それは……」
「僕と同じだ。僕は……現実ではXYZのプロチームの一員ではあった。でも、その実はパシリのためやお笑い要員だったんだ。必死になって下積みのような役割(ロール)で動いて、それで最後には失敗するか、やっと最低限のクリア条件を満たす。チート資質を引けた奴等なら一瞬で終わる事を何週間も、何カ月もかかって達成する。それがいいイジリのタネになった」
僅かに俯いて、感情を込めて話すラーギラに、俺は驚いていた。
プロチーム「グラン・ユキナリ」のサバイバーハヤトと言えば、尊敬される事も多かったはずだ。
確かに縁の下の力持ちな役回りで、コミカルな立ち位置のギャグキャラを担当することもあったが、彼がそんな風に思っていたとは思わなかった。
「弄られたり、笑われたりする側は、どんなに納得させて受け入れていても傷つくんだ。自尊心、自分の足元を支えている気持ちにヒビが入れられる……誰かの足蹴にされているって感じるんだ。それがどんな苦痛か……!! 僕にはよくわかる。ミスカ。君は僕と同じだ」
ラーギラは天を見上げ、夜空の月を掴むように手を挙げた。
手にはルールブックが掲げられていた。
「このルールブックは、無能者の中で魔法の才能が発現した人間に対して、世界から与えられる説明書みたいなものだ。僕はこれを手にして、同時に資質も手にした。驚きだったよ。こんな……誰も持つことが出来ないチート能力が手に入るなんて、思わなかった。それが分かった瞬間、涙すら流れたよ。これで―――ひな鳥から空を飛べる鳥になれるんだって。人権を、資格を手に入れて……あいつらを……食い殺し返せるって……!!」
「お前……!」
「お前っていうんじゃねぇ!!」
ラーギラが怒声を張り上げると、思わず身体が竦んだ。
その凄まじい威圧感に、身体が恐怖に包まれているのを感じた。
「お前、黙っててたやったけど、馴れ馴れしいんだよ。さっきから……! お前、僕と対等だと思ってるのか……? お前みたいな、何のチート能力も無いモブは黙ってろ。人権もないお前は、ただ食われるためだけの存在なんだから」
「っ……!」
「さぁ、ミスカ。返答を聞こうか……僕と一緒に来て欲しい。僕の輝ける物語の……最初のヒロインとして」
俺がミスカの方を振り向くと、彼女は沈んだ表情をして立っていた。
髪の林から見えた目は、悲し気で、まるでラーギラに哀れみをもっているかのような、同情するかのような目だった。
「行けないわ。あなたなんかとは……!」
「どうして? 僕はここでの経験を現実に戻ったら、本にするつもりだ。絶対に売れるよ。何せ本物のチート能力を使ったリプレイの物語なんだから」
現実での創作では、確かに主人公が規格外の力を持った者が好まれている。
貴族の生まれだったり、両親が優秀な血統であったり、強力かつ特別な力を持っていたり……。
そこに一般人や、平民、平凡な人間の入り込む余地は全くない。
読者も同じで、そんなものは読みたくないんだろう。
「誰もクズには興味がない……でも、力のある人間には従うし、そいつが強ければ多少の悪行は見て見ぬふりをするんだ! 今まで君も見てきただろう? 人殺しを平然とやった悪党でも、正義のヒーロー側へ寝返って、改心したフリをすればあっという間に人気になる! 誰もそいつが過去にどんなことをやったかなんて気にしない。見てるのはどんな強さを持ってるか、どんな活躍をしたかってだけだ! 僕がどんなことをやろうとも、そこを濁しておけば、誰も咎めないさ」
「確かに、あなたの言ってる事には……その通りの部分もあるわ。あたしは……帰りたくはない。元の世界を憎んでるって言ってもいい。でも……」
ミスカは顔を見上げて、言った。
「あなたは、ゲームと現実を混同してる。こっちにいる人たちはゲームの中にいるような、ただのNPCじゃない。その世界に生きてるれっきとした人間なのよ!? あなたがやっている事は、今まで自分にされたことを、運よく力を手にしたからやり返しているだけ。それは今まであなたにひどい事をした奴等と、何にも変わりないわ。いえ、あたしには……それ以上にひどい人間に見える」
その目にはわずかだが、涙が溜まっているように見えた。
本当ならば同情したいのかもしれない。
だが、彼の行った事は余りにも非道すぎていた。
だから心を鬼にして彼に言っているのだろう。
もっともそれが―――彼の心に届くとは、到底思えなかったが。
「あなたなんかの仲間には―――絶対にならない」
ミスカがそう締めくくると、ラーギラが突然黙った。
そして、さっきまでの夢できらきらさせていた目から光が消えた。
まるで、興味が消え失せたかのように。
「そうかい……まぁ、そう言うかもと思ったけどね。だから種を植えつけてから話そうと思ってたんだけど……そっちのバカがきたせいで機会を逃しちゃったよ。ホント余計な事をしてくれたもんだ」
(ミスカ、構えろ! 来るぞ……!)
俺が小声で話しかけると、それが言い終わらない内に
いきなりラーギラの姿が目の前に現れた。
「なっ……!!」
「一撃!!」
ラーギラは足が地面につかないうちに、中段の蹴りを放ってきた。
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