23:緑色の妄信者(2)
恐る恐る振り返ると、頭から血を流したフィロの姿があった。
俺が構えるより早く、フィロは俺へと襲い掛かってきた。
「ガアアアアアア!!」
「ば、馬鹿ッ! やめろ! 動くんじゃない!」
フィロの傷は重傷だ。今動いていい状態ではない。
だが、それでも向かってくる。洗脳されているからなのだろうか?
俺は組み合ってきた彼女を掴んで止めていたが、やがて力任せに逆に俺の首を掴んできた。慌てて外そうとしたが、外れない。
少女とは思えないほどの力で首を絞めてくる。
「グッ……な、なんだ、これ……」
万力のような凄まじい力だ。
ぎりぎり、と彼女の手か、それとも俺の首か、骨が軋む様な音も聞こえる。
自分の力だけでは外せないと判断し、咄嗟に俺はフィロの肩部分へと魔弾を放った。小さな爆発が起き、彼女の身体が吹き飛ばされると共にようやく拘束が外れた。
「はぁっ……ハァ……」
もう少しで締め落とされる……いや、間違いなく首の骨を折られるところだった。
呼吸を整え、今度こそ行こうとすると―――再度フィロが立ち上がった。
俺は戦慄し、構えるとその姿に背筋が凍った。
フィロの顔が―――崩れているのだ。
「許さない、ラー君、の事、を……悪く言う、奴は……!」
トドメを刺すべきか、それとも逃げるべきか迷っているとフィロはその場に倒れた。
同時に首が身体から離れた。
思わず目を背けそうになったが、俺は彼女の身体を見つめていた。
ここまでやらせるほどに、ラーギラは彼女の心を掴んでいたのだろうか、と思いながら。
「なんでここまで……ん?」
近づいて取れた頭部をよく見ると、奇妙な点に気付いた。
身体の表面が取れて血が流れてはいるものの、殆ど出ていないのだ。
そして皮膚が剥がれた下には、黄土色をしたものがあった。
掴んでみると硬いプリンのような状態になっている。
少なくとも筋肉や内臓ではない。
「粘土……?」
身体の方を見てみると、確かに肉体の部分もあるのだが血が殆ど流れていない。
例えるなら、スーパーなどで見る牛肉や豚肉をくっつけただけのような感じに映った。
ひとつだけ言えることは、彼女の身体は間違いなく作り物であるという事だった。
「人形か、これ……?」
俺は、ラーギラの能力は召喚だと思っていた。
ゴーレムを地面から呼び出すように、特殊なゴーレムとして闇の巨人を呼び出す。
そしてそれを操れる、という程度のものではないかと。
だが、それは思い違いだったのかもしれない。
フィロは、間違いなく先ほどまであどけない少女の姿をしていた。
魔力防壁まで使いこなしているその様は、生きた人間にしか見えなかった。
これをラーギラが作り出していた、としたら?
「やばいな。急がねぇと」
もしかしてラーギラは、常識をはるかに超えた特殊能力を持っているのかもしれない。
そんな例えようのない不安感を胸に、俺は中央へと急いだ。
■
10分ほど駆け足で急ぐと、協会の建物が見えてきた。
パシバにある協会は中東にあるモスクのような、大きな四角の形状の上に球形の部屋が乗ったドーム型の建物となっており、内部は細かく区切られた構造となっている。中は6階層ほどの建物となっていて、ラーギラは最上層の球形の部屋。
協会の執政室である大僧正の広間に居るのだろう。
「見えた……もう戦闘は始まってるか?」
防衛部隊と街の人間がぶつかり合って、遠くでは騒ぎの声がしている。
戦闘が始まっている気配は無いように見えたが……。
「うっ!?」
もうすぐ教会の前へとたどり着こうとした時、爆発音が響いた。
そして最上層の部屋が破壊され、人影が屋上へと躍り出たのが見えた。
出た影は二つ。遠いので良くは見えないが、ラーギラとミスカだろう。
俺は協会の中へと急いだ。
「レオマリさん!」
協会の中へと入ると、内部は激しく破壊されていた。
そして1階の祈りの間にて、レオマリが血塗れの姿で倒れているのが目に入った。
急いで近寄って、怪我の具合を見る。
(出血がひどい……何があったんだ)
頭にかすり傷、胸と腰の部分に斬られたような跡があった。
「う、う……ニュクス、さん……?」
「大丈夫ですか!? 何があったんです?」
「あの人を、説得しようとしたんですが……ダメでした」
「ラーギラの事ですか? 説得には応じなかったと?」
俺が更に訊ねようとすると、止めろ、という声が響いた。
声の方へ振り向くとガダル達の姿があった。
三人ともボロボロになっており、息が上がっている。
今しがたまで戦っていた、という感じだ。
「ガダル……! 生きてたのか!」
「あんまり話しかけるな。彼女は防御を担当してたから、一番消耗がひどいんだ」
「すまん。戦況はどうなってるんだ? ラーギラと、ミスカはどうなった?」
俺が矢継ぎ早に言うと、ガダルは天井を見上げて言った。
戦闘の後なのか、空が見えるほどの巨大な空洞が出来上がっており、そこから二人は屋上の方へと上がっていったようだ。
「ここに一番最初に着いたのは俺たちだ。着いて奴を見つけると、有無を言わさず戦闘になった。その後から二人が来たんだ」
「ボクスの奴とは会わなかったのか?」
「ボクスってあの黒い鎧の大男か? あれとは会わなかった。俺たちとミスカ達の5対1だよ。それでも……ギリギリだがな」
「ラーギラは闇の巨人を呼び出さなかったのか?」
「出してきた。俺たちはそれを撃破してこんなんなっちまったんだよ!」
ガダルの後ろにはシエーロが舌を出して倒れ込んでいる姿があった。
死んではいないようだが、力を使い切って気絶しているようだった。
グラフトンが身を乗り出して言った。
彼も身体に所々焦げ跡があり、戦っていたようだ。
「大変だったんだぞぉ! いきなり5体ぐらい大男みたいなのが出てきたんだから……」
「ただ、ミスカの奴は殆ど消耗してねぇはずだ。オレたちが前に出てて、消耗を抑える作戦でいたからな。大してラーギラの奴はだいぶ息が上がってた。あとはミスカがあいつを倒せば、オレたちの勝ちだ!」
ガダル達からの報告を聞きながら、ミスカが戦っているであろう屋上の方を見ていた。先ほどから感じていた嫌な予感が、どんどん強くなっていく。
ここで待っていてはいけないと感じた。
「俺は行く。アイツは……恐らくミスカだけじゃ勝てねぇ」
「おいちょっと待て! 邪魔しに行くんじゃねぇよ! 第一お前、確かフィロって女の子の方と戦ってたんじゃないのか? そっちはどうなった?」
「アイツは……いやアレは倒したよ。もう二度と起き上がってくることはない」
俺が言った言葉に驚きの声を上げるガダルを尻目に、俺は屋上へと急いだ。
■
屋上へと上がると、空へと舞い上がっているミスカとラーギラの姿があった。
睨み合っているようだったが、こちらへと気づくとミスカが叫ぶように言った。
「なっ、アンタ……どうして来たの!? すぐに戻りなさい! 邪魔よ!」
俺はミスカの呼びかけには答えず、懐に持っていたフィロの頭を投げ捨てた。
ミスカはそれにぎょっとして俺の方を見た。そして、近づいてきて詰め寄ってきた。
「あ、アンタ、一体何を……この子は……!!」
「よく見ろ。それはフィロだったものだが、生き物じゃあない。粘土と……適当な肉を組み合わせて作っただけの作り物だ」
「えっ……?」
ミスカはフィロの頭部に恐る恐る近づき、それを調べた。
最初は恐ろしがっていたが、中身が作り物であると知ると手に持って詳しく調べ始めた。
「な、なにこれ……!? これ、ほんとにさっきのあの子なの……!?」
不気味な物体だった。表面は人間そのものだというのに
中身は血が殆ど通っておらず、作り物と言う他無い。
「恐ろしく精巧にできた肉人形」と言った所だろうか。
ミスカはある程度調べると、怖くなったのかそれをラーギラの方へと投げ捨てた。
フィロの頭が、ラーギラの足元へと転がっていく。
俺は、ラーギラへと言った。
「ラーギラ。お前……一体あの子に何をした? 何がやりたくてこんな事をやった? いや……」
そんな事が聞きたいんじゃない。
ラーギラの表面上の目的ではなく、俺が知りたいのは真意だ。
何を考えているのか、という事だ。
「お前の……お前の本当の目的は何だ? そして、お前は一体何者なんだ?」
戦っているのを楽しんでいたのか、ラーギラ上気した笑顔でいた。
しかしそれは、こちらを向いた瞬間、消えた。
「あ~あ……結構よく出来たんだけどなぁ」
ラーギラがフィロの頭部を持ち、力を込めるとそれは動き始めた。
「ご……めん、な……さい……」
「ッ!」
俺とミスカはおもわず後ずさった。
ラーギラはフィロの頭を撫でながら、まるで自分の友達へと言うように呟いた。
「君は良く戦ったよ。相性が悪かったね。相手が接近戦型、それも状況をすぐ自分のものにして戦える判断力がある相手だった」
「や、やめ、て……こ、わさ、ない……で……ラー、く、ん……」
「お休み。運が良ければ、また作った時に会えるかもね」
そう言ってラーギラはフィロの頭を握りつぶした。
周囲に彼女の頭の欠片が散らばり、それがまるで血しぶきのように見えた。
俺は唾を飲みこんで、言った。
「お前、仲間を……!!」
「そう、仲間だよ。でも彼女は負けちゃった。それだけならともかく、ボロボロになっちゃうんだから、悪いけど廃棄するしかないじゃん。それ以外何をやれっての?」
余りにもためらいなく放たれたその言葉に、俺は寒気がした。
絶句していると、ラーギラは言った。
「君さぁ、意外とやるねぇ。見損なってたよ。正直さ」
「何……?」
「何も能力がない癖に、判断力と頑丈さ、それにカードの対戦で見せた状況を見る目がある。ゲーマーとして優れてると同時に、タフな魔闘士だ。ちょっと欲しくなってきちゃったよ。君が女の子だったら完ぺきだったのになぁ」
ラーギラの口調に、俺は強烈な違和感を感じた。
最初に会った時はいかにも初めて会えた友達同士、という感じで話せていたが
まるで、例えるならゲームのキャラクターへの評価のような。
誰かが、ゲーム画面に対して言っているような風だった。
「なっ、何言ってやがる。俺は確かに弱いが、何も持ってないわけじゃ……」
「持ってないでしょ? だって君が持ってるルールブック、僕が作ったんだもん」
「えっ……?」
「たぶん、女の子の方は気付いてるんじゃないかな? 何度もゲームクリアはしてるみたいだから。ブックに書かれてる事がそこまで正確なものじゃないってことに」
俺がミスカの方を見ると、彼女は唇を噛み締めていた。
何も訊ねはしなかったが、ミスカが何も言い返さない所を見るとラーギラが言っている事に間違いはないようだった。
「な、何を言ってやがるんだ? 全然話が呑み込めねぇ……」
「だぁ~かぁ~らぁ~、ルールブックはお前のも彼女のも、僕が作ったものなんだよ。これでわかるかな?」
ラーギラが指を鳴らすと、ミスカと自分のルールブックが砕けていく。
まるで砂で作られたものが水に晒されたかのように、粉になって消えていった。
「ブックが……!?」
「ね? それは僕が作ったものだから、持ってるだけで力を与えると同時に、君たちが何をやってるかわかるのさ。理解できた? バカなりにさ」
「なっ……お、お前、じゃあお前がこの世界の創造主とか、そういうものって事なのか?」
「違うよ。本物のルールブックは別にあるんだ。こういう奴」
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