22:緑色の妄信者

建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、俺はフィロの攻撃をかわしていた。


「やっ! やぁぁっ!!」


(くそっ、魔光砲か。こんな連発できやがるとは)


魔術の源子弾攻撃「魔光砲」をフィロはメインで使用していた。

手軽に打ち出せる上、連発できる魔術師の銃と言った所か。

魔銃ほどの威力ではないが、当たれば石の壁ぐらいは削り飛ばす威力の攻撃だ。

詠唱を行わずに放ってきているので、牽制なのだろうが彼女のパワー自体が中々のもので、そして俺の魔法防壁の弱さも相まって逃げるより他なかった。


「ぐっ!?」


壁を回って回避しようとした所で、肩に砲撃がかすった。

同時にアームド・シェルと対になっているプロテクターから、肩全体に痛みが走った。防壁と壁に命中した分、弱まっているが直撃すれば肩の防具ごと突き抜けてきそうだ。


(さて、逃げるのは何とかなりそうだが……)


時間稼ぎをするつもりだが、反撃しない気が無いわけではない。

見た所フィロは遠隔からの射撃魔法を得意としているが、動きはそこまで早くない。俺の方が駆けまわるのは早いと言っていいだろう。

そして、かなりの軽装で接近戦での防御力は低そうに見えた。

近づいて殴り合いに持ち込めば勝機はあるかもしれない。


(しかし……)


ただ、それはかなり危険な行為だ。

俺は彼女がどのような能力を持っているか知らない。

闇の巨人との戦いでみせていた広範囲に強化をかける能力などからして

後衛型だと推測できるが、追いかけて積極的に撃ってきている事から

それだけではないのかもしれない。

基本的な能力では俺の方が恐らく下回っているので、迂闊な動きは危険だ。


(カマかけてみるか)


俺は一度、彼女の視界から完全に消えるように距離を離し、奇襲を仕掛ける事にした。



「どこに行ったの……?」


俺は距離を離してから見つからないよう動き、彼女の背後へと回る事に成功した。

フィロは、周囲を察知する能力などには長けていないらしい。

その辺りはラーギラが担当しているのだろう。

本当ならこのまま殴りかかる所だが、俺は一旦、近くの装身具店から持ってきた

小型の盾を投げてみる事にした。


(なんとなく、なんとなくだが……)


常識的に考えれば後衛型のキャラには殴りかかれれば、一気に畳みかけて勝てる。

だが、それは命取りになるように思えて仕方なかった。

直観的に悪い予感がした、というか。

俺は慎重に一度試してみる事にしたのだ。


(それ……っ!)


アームド・シェルを外して、音がしないよう慎重に盾を振りかぶって投げた。

魔法防壁に弾かれて怯めば、そのまま突っ込もうと考えていた。

だが―――盾は突然、空中で真っ二つに裂けた。


「なっ……!?」


「ん……? ありゃりゃ、回り込まれてた」


(何が起こった……?)


盾は刃物で真っ二つにされたようになって転がった。

空中で何かされたようだが、見た目では何もしたようには見えなかった。

フィロは振り返ってすらいない。

自動の迎撃技のようなものを持っているのだろうか?

ひとつだけ言えるのは、突っ込んでいたら盾の代わりに自分が同じように真っ二つになっていたという事だ。


「一気に勝負付けるよ~!!」


盾が破壊されたためか、フィロは今度は一足飛びに一気にこちらへと突っ込んできた。

追いかけてきた時はとは比べ物にならないスピードだ。

また距離を取ろうとしたが、間に合わなかった。


「まずいッ!!」


フィロは魔法で射撃してくるわけでもなく、ただ近づいて体当たりしてきた。

俺は咄嗟に両腕を目の前で組み、防御した。

ただの体当たり。それも―――あどけない少女のもの。

普通なら逆に跳ね返せそうなものだが、彼女が近づいてきた瞬間、鋭い痛みが全身に走った。


「ぐっ!?」


がりがりがりっ、と金属音が鳴り響き、強烈な衝撃と共に俺は背後へと飛ばされた。かろうじて踏みとどまり、商店の屋上から落ちるのだけは阻止する。

すぐに登ってアームド・シェルを見ると、何かで削られたような爪痕が残っていた。

丸ノコが直撃したような、鋭利な傷だ。


「な、何が起きた……? 切られたのか?」


離れた場所にいるフィロから、微妙に妙な音が聞こえる事に気付いた。

キーン、という何かが回転しているような音だ。

正体は風でこちらへと黒煙が向いてきた時に判明した。

煙が、いきなり薙ぎ払われた。

まるで煙の出ている焚火に団扇で風を送ったように、だ。


(なんだ……風?)


良く見ると何か歪みのようなものがフィロの周りに見える。

強力な風が、彼女の周りに発生しているのだ。

やがて一枚の紙がどこからともなく飛んできて、彼女へと吸い寄せられていく。

それが彼女の周りで回転しながら千切れ飛び、何が起こっているのかがわかった。


「まさか竜巻……? 竜巻の壁が張られてるのか!」


「あったりー!!」


人間の魔力防壁は源子の壁が張られている状態だが

一部の人間は、炎の壁やら砂の壁やら特殊なものが防壁となっている場合がある。

どうやらフィロは珍しい風の魔力防壁、それも「竜巻の壁」を持つ人間のようだ。


(なるほど、近づくと風の魔力で切り裂かれるってわけか)


見え辛いが、かなり鋭い竜巻が彼女の周りを渦巻いているようだ。

魔法防御無しなら金属でも両断されるような鋭さだ。


「魔弾(マジックボルト)!!」


腕を構え源子弾で攻撃を仕掛けるが、あらぬ方向へと弾丸は弾かれた。

この手の特異な防壁が張られている相手は、かなり硬い。

フィロは厄介な防御を備えた支援型の魔術師という所か。


「まずいな……近づけねぇ」


接近すれば竜巻でやられる。

かといって近づかなければ射撃で倒されるだろう。

ミスカ位ならば遠隔から竜巻ごと射貫けるだろうが、俺には無理だ。


「いつまで耐えれるかなー? 早く倒れてよね。ラーくんの所に戻りたいからさー!」


フィロは離れた位置からまた魔光砲を放ち始めた。

狙いは滅茶苦茶だが、連発してくるのでいつまでも回避はしていられない。

追いかけてくる動き自体は鈍い。

どうやらあの高速の突進は竜巻の力を借りているようで、彼女自身の動きではないらしい。


(考えろ……何かあるはずだ。攻撃の糸口が)


彼女の周囲を見ると、いくつかの点に気付いた。

まず、意外だが壁は崩されていない。

竜巻であるからして、近づくもの全てを破壊しそうだと思ったがどうやら彼女が集中した時にだけ、切断攻撃は行われるようだ。

あの時、僅かに気づかれてしまった為に盾は両断されてしまったのだろう。

また―――当然だが、彼女が立っている床も破壊されていない。

竜巻なので上下への攻撃は余り行えない、という事なのだ。


(……よし! これだ!!)


俺はある程度距離を取ると、フィロに向かって言った。


「おい、フィロ。聞こえるか?」


「なぁに? 馴れ馴れしく呼ばないで欲しいんだけど。わたしをそう呼んでいいのはラーくんだけなんだから」


「ひとつ聞きたい事がある。お前は……自分の意思で今の事態を良しとしてるのか?」


「何それ? どういう事?」


街の人間は、何かの魔力で操られている。

俺はフィロもそれなのではないか、と考えていた。

ただ―――それならどこか人形のような感じがするはずだ。

それがない、という事は彼女は心からラーギラを信じているのかもしれない。

それを「最後の攻撃」の前に確認しておきたかった。


「直に言えば、お前は操られてるわけじゃないのか? って聞きたいんだ」


「違うよ。わたしはそんなんじゃない。ラー君を信じてついてってるの」


「なら、今の状況は何とも思ってないのか? 街の人間を操って、いや、その前に……闇の巨人を街の外に出して何をしたかったんだ? あれもラーギラが呼び出したものみたいだが」


「……」


俺が質問を浴びせると、フィロは動きを止めた。

そして大きな溜息を吐いて、信じられない事を言った。


「面倒くさい。どうでもいいよ。そんなの」


「何……?」


「街の人間がどうなろうが、いくら死んだところで、知らない。わたしはラー君を信じてついてくだけだもん」


その言葉に、俺は絶句してしまった。

まるで子供のよう……いや、子供が虫か何かに対して言うような言葉だった。

かろうじて俺は質問を継いだ。


「じゃあ……お前はラーギラが今やっている事は、何の目的か知らないって事か?」


「うん。知らない。知る必要も無いから」


「あいつがやる事を信じるだけで、正しいかとか疑う事はない、と?」


「そう。わたしはラー君を心から信じるだけ。それが本当の仲間ってものでしょ? 無償の愛、みたいな」


俺は少しだけ目を瞑った。

そして自分を落ち着かせるために、息を大きく吸ってから、フィロに言った。


「そんなのは仲間のやる事でも、ましてや愛なんかでもない。それはただの妄信だ。お前は自分が傷つきたくないから、自分が楽でいたいから、頼りたい奴の汚れた面から目を背けてるだけだ」


「……!」


「防衛部隊の人たちを殺したラーギラは人殺しのクソ野郎だが……似たようなもんだ。ただの卑怯者だよ。お前もな」


その言葉を言い終わるよりも早く、フィロは弾丸のようにこちらへと飛んできた。

彼女の目には先ほどまでとは違う、ハッキリと怒りを感じ取れる表情が張り付いていた。

これまでの天真爛漫そうな雰囲気から一転し、殺意を辺りにぶちまけていた。


「ラー君、を……悪く言うなぁッ!!」


フィロの本気の体当たりは、シールドにエネルギーを注ぎ込んでいたらしく

床をも破壊しながらこちらへと突っ込んできていた。

風の刃も本気となったためか、風景をゆがませており、命中すれば死は免れないものだと感じた。

次の瞬間、フィロの攻撃は塔屋を破壊し、商店の屋上一角を竜巻の力で吹き飛ばしていた。



「はーっ……はぁ……」


塔屋が瓦礫となった場所に、フィロは息を切らしながら佇んでいた。

足元にはニュクスが着ていた布の塊が落ちており、またアームド・シェルが一つ落ちていた。

周囲には血が飛び散っており、どうやら今の一撃でニュクスは粉々になってしまったらしい。

フィロはそれらを確認すると、鼻息を鳴らして言った。


「ここまではしたくなかったけど……ラー君に逆らうからこうなるのよ。わたしはラー君から直接鍛えて貰ったから、超強いんだから」


そしてアームド・シェルを踏みつけて、ぐりぐりと足を踏み込んだ。

その瞬間、床の別の場所からアームド・シェルが生えた。

鋼鉄の手はそのままフィロの足を掴み、階下へと引きずり込んだ。


「えっ!?」


「おおおっ!!」


屋上からすぐ下の階へと引きずり落とされると、そこにはニュクスが居た。

フィロはすぐさま迎撃しようとした。

しかし床に叩きつけられた為、身体が動かない。

ニュクスはフィロの首根っこを掴み、彼女を持ち上げると壁へと叩きつけた。


「うぎっ!!」


その後のニュクスの拳撃の連打で、フィロの魔力防壁は破壊された。

ここぞとばかりにニュクスは何度もフィロの胸、肩、そして腹を殴りつけた。

最後にふらふらになった所へ思い切り、鼻っ柱へと鉄拳を叩き込む。

フィロは短い悲鳴を上げると、そのまま地面に倒れ込み、動かなくなってしまった。


「はぁ……はーっ……」


近づいて調べると気絶しているだけで、死んではいないようだった。

ここで倒さなければ、と一気にラッシュをかけたので心配していたが、大事には至らなかったようだ。


「あんまり気分いいんもんじゃないな……」


あの竜巻も魔力なら、エナジーを注ぎ込んで出力を上げた後は一時的に弱くなるはず。

そう当たりを付け、逆上させて本気の攻撃を仕掛けさせる算段だったが、うまく行った。

彼女は、どうもラーギラに心酔しているような素振りがあったのでもし最後に説得を試みて、ダメそうなら煽って竜巻での攻撃をさせる。

それで息が切れた所を一気に畳みかける、と考えての行動だった。

もっとも―――説得は完全に手遅れだったようだが。

倒れたフィロを見つめ、俺はラーギラが彼女について言っていた事を思い出した。


「確か奴隷だったところを助けた、みたいなことを言ってたな」


俺はラーギラとフィロの二人の出会いについては、さほど知らない。

もしかすると本当にひどい状態だったところから救われたのかもしれない。

それこそ何もかも捨てて心から信じるほどに。


(ボクスもこんな感じなのか? そうとなると恐ろしいな)


しかし、まさかここでフィロを倒せるとは思わなかった。

支援型の相手であるため、もしかすると勝てるかもしれないとは思ったが。

あとはボクスを何とかするだけだ。

最後にラーギラを戦える状態の全員でタコ殴りにすればいい。

恥も外聞も捨てて、集中攻撃すれば終わりだ。


「もう一息だ……行かねぇと」


俺が街の中央へと足を踏み出した時、何かの音がした。

瓦礫を何かが踏み砕く音が、小さく聞こえた。

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