21:決戦を前に

「ここは……?」


「良かった……!」


どうやら彼女は正気に戻っていたようだった。

あの時の体当たりの衝撃なのか、それとも高い場所から落ちた衝撃か。

とにかく、これで最低限の戦力を揃った。

俺とミスカはこれまで起きた事を話した。

ラーギラが裏切り、先鋒部隊が全滅した事。そして街の様子についてなどだ。


「ラーギラの野郎が……!?」


「そう、あいつの仕業だ。ミスカ達と一緒の部隊は奴に襲われて、全滅だ。俺も襲われた」


部隊は三つに分けられていた。

ミスカ達が参加していた先鋒部隊、その後ろにガダルと街の防衛部隊長が加わっていた2部隊が脇に居る形だ。

先鋒部隊はほぼ全滅してしまったが、残りは異変を察知して散開したためほぼ無事であったようだ。


「レオ、あなたは大丈夫? 意識は何ともないの?」


「はい。なんとか……まだ少し熱っぽい感じがしますけど」


「あの時、どうなったの?」


「あの黒い影の塊みたいなものに飲み込まれた後、全身が焼かれるような感じになりました。それで出ようともがいたんですけど……泥の中にいるみたいで何もできなくて。そのうち頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまいました」


「ニュクスと、あたしに襲い掛かってきた時の記憶は無いの?」


ミスカが訊ねるとレオマリは首を振った。


「うっすら夢を見てたような気がして、言われればそんな事をしたような気もするんですが……ごめんなさい」


「レオでも防御できないような力、って事ね」


魔法防壁の力はミスカが一番強いが、レオマリの防壁もかなりのものだ。

彼女でも防げないとなると、恐らく喰らえばこの場の誰もが終わりという事だ。


「これからどうします?」


「ん? あんたは誰だ?」


「私は防衛部隊隊長のロバンといいます。ガダル殿と一緒に居た者です」


髭面の中年男性がこちらへと話しかけてきた。

口元から顎にかけて濃いヒゲがあって、クマのような印象を与える男だ。

どうやら彼が街から出た防衛部隊の隊長であるらしい。

ガタイの良さもさる事ながら、魔力の武装も充実しており、頼りがいがありそうなオッサンだ。

ロバンはこれからの事について、この中で一番位が高いミスカに判断を願おうとしてきたようだ。


「撤退するにしても、戦うにしても我々の力だけでは……上級職員の力が必要です」


「大層な仕事を回してくれるわね」


「しかしもはや逃げるにしても奪還のために動くとしても、我々だけではどうしたらいいのかわからないのです」


「確かにラーギラの能力が何かわからんまま戦うのも危険だし、中途半端に逃げの手を打つとかえって全滅の危険もある」


さっきの二人だけの時よりは何かできるようにはなったが、どちらにせよ難しい状況なのは変わりない。

俺が言うとミスカはしばらく考えている風だったが、やがて思いつめたように言った。


「……戦うわ。理由はいくつかあるけど、逃げるのは無理」


「無理? どうしてだ?」


「単純に数の違いよ。敵の方が明らかに数が多い。逃げても捕まる可能性の方が高いわ。だったら、ラーギラを撃破する方に賭ける方が可能性はある」


しばらく話し合いは続けられたが、飛行器の数の違いなどから、やはり撤退は難しい結論となり戦う事になった。

作戦は防衛部隊の残存兵力で街の人間たちを抑え、騒ぎで街の守りが手薄になった所で魔公官の6人が少数精鋭でラーギラ達を倒す、というもの。

ラーギラを狙う必要がある事から、攻撃は夜更けを待って行われる事になった。



一足先に俺たちは街へと潜入し、街の外れにある宿の一室に身を潜めた。

ガダル達とミスカ達の2部隊に分かれ、ラーギラを見つけたら合図を送る事となった。


「レオマリさん、見張り交代です」


交代で部屋の外を見張りながら、俺たちは作戦が決行される時間を待っていた。

俺とミスカの二人きりになった時、ミスカは話し始めた。


「……こんな事になるなんて思わなかったわ」


「お前は今まで、俺以外の召喚者にあった事ないのか?」


「ないわ。探してたけど……こんな風に戦うかもしれないって思わなかった。同じように別世界に来たんだから、分かり合えると思ってた。友達みたいになれると思ってた」


「俺もだ。こんなところに来てまで、まさかゲームそのままの感覚でいる奴がいるとは……って感じだ。ゲームの世界だけどさ」


「あんたって現実だと年いくつなの?」


「高1だよ。16だ。お前は?」


「……15」


「えっ? じゃ、じゃあお前中坊かよ!?」


「高校生よ! 春生まれだから一つ下になるのよ」


俺とミスカは、何故か他愛ない話を始めていた。

今からかなり分の悪い事を、それも命がけの戦いをしようというのに。

いや、むしろそういう事をしようとしているから、こんな話を始めたのかもしれない。


「あたしさ、学校にあったボードゲーム部ってのに居たんだ。ボードゲーム、とは名ばかりで格ゲーとかばっかりやってたけど」


「ゲーム部ね……いいな。うらやましいよ。そんなものこっちには無かった」


「無理やり入れられたのよ。そこ」


「何?」


「あたしさ、親が海外で仕事してるから殆ど家に居ないんだ。だから学校で友達作ろうとしたんだけど、どうやってもうまく行かなかった。親も居ない奴となんて友達にはなりたくない、って言われたわ」


「なんだよそれ……って事は、お前イジメられてたのか?」


「それは違うと思う、けど……」


ミスカは俯いたまま言った。

否定の言葉だが、ただの誤魔化しだ。恐らく学校で目を付けられていたのだろう。

性格が原因か、それともただ運が悪かったのか。それはわからない。

自分もイジメの対象になった事はある。

ただ、いつからか飽きられて疎外されるだけになった。

イジメをやる側は、やられる側の事など微塵も考えない。

彼等は自分たちが楽しむ生きた玩具が欲しいだけなのだ。

何故人をターゲットにするかって、そりゃ反応が一番面白いからだろう。そうじゃないと説明が付かない。


「だんだん、一人で遊ぶようになったわ。他人が好きになれなくなって、それで……チャット使ってネットで出来るTRPGってのにハマった。プロチームの人とも一緒にやるようになった」


「プロチームの人と? 凄いな」


「全然。結局、チャット越しじゃないと誰かと遊ぶこともできないんだ、ってある時気付いて、XYZは止めたのよ。好きだったからルールブックは新しい奴を買ったんだけど……そしたら、ここに来てた。新しい世界に」


「……そういう経緯だったのか」


「好きだった魔法の世界に、XYZの舞台になってる所に来て、あたしは生まれ変われると思った。今までみたいに友達もロクに居ない。家に居場所も無い惨めな女の子じゃない。強くて可愛くて、絶対に負けない魔女になれる、って。ここで逃げたら……もうあたし、ダメになっちゃう。また、現実の時みたいに何も持ってない。何も価値がない人間になっちゃう……」


「そんな事はねぇよ。価値のない奴なんていやしない」


俺が言うと、ミスカは顔を上げた。

うっすらと涙を浮かべているその表情に、本人は気付いていないようだった。


「これは建前じゃねぇぞ。そりゃ、価値の高い低いはある。あいつが100で俺は1、みたいなのはな。ただ……それがダメだとか無価値な、って事は無いんだよ」


「どうして?」


「その……これはな、俺がXYZのある卓で聞いた言葉なんだが、人間ってのは一つの絵みたいなもんなんだよ」


「絵……?」


「小さい額縁、大きな額縁に絵が描かれてる。白紙のヤツもいる。線だけのやつ、色も線もびっしり書き込んでる奴。そこには絵があるだけで、下手だとか上手いとかは無い。決めるのは他の奴等だ」


俺は適当に意味のないジェスチャーを加えながら、言った。


「つまりさ、見てる奴次第だから描く奴は奴はそんなの気にするなって事。そしてもし下手だってんなら書き込みを増やすとか、新しくまた書けばいいってだけの事なんだよ。その絵そのものを破って捨てたり、自分を責めて描く事そのものを止める必要は無いんだ、ってさ。人生もそんなものって事だ」


「……」


「まぁ、そもそも人生について語るなんてアルフのように生きてからじゃないと語れないかもしれないがな、とか言ってたな。その人は」


俺が言うと、ミスカは突然笑い始めた。


「な、なんだよ。そんなおかしい言葉か?」


「作り話でしょ。それ。すぐわかるわ」


実を言うと、作り話ではある。

ただそれは最後の部分だけで、それ以外は本当に聞いた話だ。

年を食った爺ちゃんたちが集まる卓に参加していた時に聞いた言葉で、声しか聞いてはいないがこの話をしたPCそのものもかなり年を経た感じの人だった。

お調子者っぽい喋り方をしていたが、たまにやけに重みのある言葉を言っていたから、その台詞を憶えていたのだ。


「いや、それは、その……」


「ありがと。ちょっとだけ元気出たかも」


そう言ってミスカは少しだけ笑った。

それに、驚いた。いつも不機嫌そうに黙りこくっていて、表情もロクにうかがえないから笑う所など全く見た事が無かったからだ。


(笑うと可愛いな。やっぱり)


もうちょっとだけ、話をしてみようとそう思った。

ラーギラと同じように、現実からやってきた貴重な相手だから。

そしてゲーム好きだって言うから、話が合いそうだと思ったのだ。


「なぁ、お前さ……」


俺が次の話を切り出そうとしたとき、外から爆発音がした。

一瞬で空気が張り詰める中、外を見ると遠くで黒煙と火の手がいくつも上がっていた。

パシバの防衛部隊が、街の奪回のための攻撃を開始した合図だった。



建物の屋根から屋根へと移動しながら、俺とミスカとレオマリの三人は

街の中心部にある教会を目指していた。

ラーギラがどこに身を置くかと考えた時に、最も可能性があるのが街の中心にある教会だった。

パシバで最も巨大な建物で、雑多な施設が組み込まれていて、人も多い。

街の様子を見るのに一番都合がいい場所である。


「ほんとに協会なんかに居るのか? あいつ」


「潜伏してるだけなら街の人を一人ずつ拘束してけばいいだけ。でもあいつは必ず街の状況を観察してるわ。防衛部隊が動き始めたら、そっちに戦力を集中させた所を見てもそれは明らかよ」


ゾンビのように操られている人々は、単純な動きしかできない。

こちらが少数ならともかく防衛部隊の人間いる今なら、動きを止めるのは簡単だ。

ただそれぐらいの対策は向こう側もしているようだ。


「ガダルさん達は大丈夫でしょうか?」


「心配しなくて大丈夫でしょ。あいつらしぶといから」


ガダル達も同じように周辺を調べながら、街の中心へと向かっている。

戦力の分散という事で二手に分かれたが、向こう側はこちらとは違い戦力的には今一つだ。

あちら側が先に狙われていなければいいが……。


「……!」


俺はとあるものを見つけ、立ち止まった。

それに気づいてミスカとレオマリも足を止め、言った。


「どうしたの? こんな所で突っ立ってたら見つかる……」


「いや、もう見つかっちまったようだ」


今居る建物は、商店の大きな屋上だったが、その塔屋から一人の少女が出てきていた。

俺は階下から上がってきた彼女へ指先を向けた。

道を隔てて向かい側の建物が燃えているため、その少女の緑色の髪は少し金色がかって見えていた。


「あの子は確か、ラーギラの仲間の……!」


「ラーくんの所には行かせないよ? わたしがここで三人ともやっつけちゃうんだから」


上がってきていたのはフィロだった。

どうやら俺たちをここで足止めする算段のようだが、一人だけのようだ。

ボクスとラーギラ本人の姿は見えない。

俺は協会の方を指差し、言った。


「お前たちは先に行け! 俺がこいつを食い止める!」


「アンタ何言って……!」


俺はミスカを黙って見た。そして無言で再度「行け」と伝えた。

少しの間、ミスカは俺の目を見ていたが、やがて俺の方を止めても無駄だと感じたのかレオマリを連れて先へと駆けて行った。


「あれぇ? あなただけ残るの? 三人で来てくれても全然かまわないのに」


「悪いなフィロ。用事があるんで、お前の相手は俺だけだ」


フィロは恐らく俺より強い。だが、倒す事を考えなければ時間稼ぎぐらいは出来る。

残りのボクスは、同じようにガダル達の方に行っている。

つまりここで俺がフィロを食い止めれば、ミスカ達二人でラーギラの相手ができる。そうなればかなり勝率は上がるはずだ。

仮にボクスが残っていた場合も同じだ。ガダル達が合流して5対2になる。

その時に広範囲に補助をかけられるフィロが居なければ、こちらの勝率はかなり上がるはず。

つまりここで俺がフィロをどれだけ足止めできるかが、勝敗のカギとなるわけだ。


「そう考えると俄然、やる気が出てきたな」


「え? 何? どうしたの?」


「気にするな。ただの独り言だ」


フィロの指先が光り、戦闘は始まった。

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