20:黒の鏡に映った者(2)
攻撃が胸を貫こうとする瞬間、赤色の光線がレオマリの攻撃を弾き飛ばした。
俺がその方向に視線を泳がせると、黒い影がレオマリに体当たりをしていた。
ミスカだった。
「ミスカ! すまねぇ、助かった!」
「話は後! ついてきなさい!!」
体当たりされたレオマリと彼女の絨毯が、地面へと落ちていくのを尻目に
俺はミスカの大剣に掴まって街の方へと逃げた。
「あんたは……無事だったのね」
ミスカの服もレオマリと同じように少し焦げていた。
何か炎の魔法攻撃を喰らっているようだ。
レオマリとは違い、切り傷のようなものも見えた。
彼女の防壁を貫通してダメージを与えるとは、相当なものだ。
俺は後ろから追跡者が来ていないか、視線をやりながら訊ねた。
「お、お前は……大丈夫なのか? 正気なのか!?」
「あたしもレオみたいに洗脳されてると思うの? あたし、魔女綺羅よ?」
自信たっぷりに言い返す感じに、いつもの雰囲気を感じた。
それに俺は別の意味で安心し、それ以上問い詰めるのは止めた。
こいつは恐らく、レオマリとは違って大丈夫だ。
そんな気がした。
「……ん? なんだ、街に入らないのか」
街へと近づくとミスカは、街から少し離れた小高い岩の頂上に降りた。
そして姿を隠しながら街の様子を伺った。
俺も隠れて同じように街を見た。
しかし、別段変な事になっているようには見えない。
「街の方にも手が回ってるわね」
「何?」
ミスカが右手の人差し指と親指で円を作り、その内側に小さな鏡のようなものを作っている。
「遠望」の魔術だ。遠くを見る望遠レンズを作り出す魔術である。
俺は差し出されたそれを同じように見て、街の方を確認した。
すると、街に居る人間が何人も歩きまわっているのが見えた。
別段、おかしい部分はあるようには見えない。
「何だ、別にいつも通りじゃねぇか」
「目をよく見るのよ」
「目……? うっ!!」
良く見ると、街の人間の眼に瞳の部分が無かった。
皆、”白目”になっているのだ。
まるで気絶した状態のまま、歩いているような感じだ。
よく観察すると動きも何かおかしい。何か目的があって動いているのではなく、ふらふらと皆、誰かを探すように動いている。
まるで犯人を捜せ、と命令された人形のようだった。
「なっ、なんだありゃ……!?」
「レオと同じような状態みたい。どうやらラーギラは、出る時には街にも手を回してたみたいね。アンタ運が良かったわ。残ってたらあれに捕まってた所よ」
「ラーギラ? やっぱりアイツが裏切ってたのか?」
「……」
「ミスカ、一体何があったんだ? 教えてくれ!」
俺は頼み込むように彼女に言った。
ミスカは少し考えるような風にしていたが、意を決して話し始めた。
「最初から、ラーギラの奴が全て仕組んでたのよ。闇の巨人なんか嘘っぱち。あれはあいつが作ったクリーチャーだったのよ!」
「何……!?」
「討伐に出て……闇の巨人の本隊を探してたんだけど、一向に見つからなかったわ。それで夜営をする事になったの。夜になれば出てくるかもしれない、って事でね。提案したのはラーギラだったわ」
「アイツが……?」
「あたし達は戻るべきって主張したんだけど、防衛部隊の人たちは賛成した。きっと最初の戦いで、相手がそこまで強くはなかったからって油断してたのね。昼の戦闘でもこっちは怪我人が殆ど出なかったから……でも、甘かったわ。ある程度テントを張り終えた所で、あいつは言った」
―――「それじゃ、そろそろ集めさせてもらうかな」
ラーギラは、そう言うと地面に持っていたナイフを突き立てた。
そして地面から巨大な闇の巨人が現れたという。
「その時、防衛部隊の何人かがラーギラが地面から出した黒い影みたいなものに食われたわ。レオマリもその時に……」
「影だって……!?」
「あたしはすぐに離れたんだけど、ラーギラに応戦した防衛部隊の人たちは、ラーギラが出した黒い影みたいなものにどんどん飲み込まれていって、何人かは無傷で出てきたんだけど目が虚ろになってた。きっと……洗脳みたいな事を施されたんだわ」
「何人かは……って。無事じゃなかった奴等はどうなったんだ?」
「あそこで見たでしょ。黒い焼け焦げた死体みたいな状態にされてた。まるでマグマに飲まれたみたいだったわ」
ニュクスはそれを聞いて背筋が寒くなった。
あそこで見た遺体は、ラーギラにやられていたのだ。
それも単純な炎に焼かれたとかではない。もっと異質な何かの力によって、だ。
「クソ……甘かった。俺のせいだ。あいつを信用しすぎた」
「あなただけのせいじゃないわ。あたしも甘かった……あいつを信用はしてなかったけど、あそこまでの事をするとは思わなかったわ」
「一体、どうやってるんだ……?」
何かの魔法による攻撃なのだろうか?
しかし、それにしては見た事が無い効果だ。
洗脳や催眠効果を起こす魔法というのは確かに存在しているが、
一瞬で相手を意のままにするなどというものはない。
そんなものが存在していたら、ゲームにはならないからだ。
「わからない。それより、これからどうするか考えないと」
「……逃げられると思うか? 飛行で」
戦うのはもう難しいだろう。逃げる事を考えなければ。
俺には飛行器があり、ミスカは自力で飛行が行える。
空を飛んで隣の町まで逃げる、という手はあるにはある。
ただ、そう上手くいくとは思えなかった。
「無理だと思う。飛行器持ってる奴は沢山いるし、あなたの飛行器はスピードが全然足りないわ」
「お前一人ならどうだ?」
「えっ?」
「俺がこれから街へ行って、出来る限りラーギラ達を引き付ける。お前だけなら高速で飛行できるだろうから、何とか逃げ切れるんじゃないか?」
「はぁ? 何言ってんの。そりゃ、一人なら逃げるのも訳はないけど……あたしも戦うわ。ちょっと喰らったけど、まだまだこれから……」
「そんな傷じゃ無理だろう。本当なら今日一杯は休んでなきゃならなかった、ってレオマリから聞いたぞ」
俺がそう言うと、ミスカは少し意気消沈としたようだった。
凄まじい戦いぶりを見せてはいたものの、包帯を巻いた姿である。
だいぶ身体に来ている事は俺の目から見てもすぐにわかった。
正面から戦うのはどう考えても無理だ。
「俺はもう無理だ。この状況……どうあがいても助からん。せめて、奴等を引き付けるぐらいは」
「いいカッコしてんじゃないわよ! あんたは、他人に命を簡単に賭けるなとか言っておいて、自分は……!!」
「俺だってやりたいわけじゃない。でもこの手しかないんだ。お前と俺とじゃあ、能力が天と地の差だ」
飛行の魔法は非常に高度なものだ。
自力で使える人間は例外なくエリートに分類されるほどのもので、ミスカもその一人だ。だから俺よりも遥かに高速で空を飛べる。
飛行器を使えるやつも追いかけてくることを考慮すると、俺はどうやっても逃げ切る事は出来ない。
なら出来る事は、もう囮になる事しかない。
「待ちなさい。ちょっと周囲を見てみるわ」
ミスカは何かを思いついたようで、索敵の魔術を使って周囲を見始めた。
やがて彼女の頭の周囲に光点がいくつか蛍のように発生し、消えた。
「何やってるんだ?」
「私たちの他にも生き残ってる人が居ないか探してるのよ。案の定……居たわ。東の方の廃砦! そっちに人が集まってる!」
俺とミスカは飛行器に乗り、他の奴等にバレないよう低空飛行で廃砦へと向かった。
■
東の廃砦。
かつて大国の政情が不安定だったころに防衛の目的でパシバに作られた砦だ。
俺たち二人は慎重に身を隠しながら、そこへとたどり着いていた。
「何人居る?」
「かなり居るわ。100人ぐらい……かしら? 街の人たちと違って動きはハッキリしてる。多分まともな人たちよ」
俺たちは砦の入口に張り付き、中の様子を窺った。
すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「もう居ないのか? ほかにまともな奴は……」
「街の方はダメ。完全にやられてるみたいス」
「朝までとりあえず待つしかないねぇ~~~」
俺は聞き覚えるのある声に、ミスカを待機させて先に踏み込んだ。
俺の姿を見ると、驚いた声が砦の中から上がった。
「ガダル! それにグラフトンとシエーロ!」
「その声は……てめぇ、ニュクスか!?」
声の主はガダル達だった。
砦の外に漏れないよう、小さな篝火を付けてそれを中心に人が集まっていた。
「生きてたのか……お前。てっきり街の奴等の餌食になっちまったと思ってたよ」
「それはこっちの台詞よ。あなたたち、どうやって生き残ってたの?」
更にミスカが現れるとガダル達の表情が一変した。
怖いものを見たような、同時に頼れるものを見つけたような表情になった。
「み、ミスカさん!? あなたも居たんですか!?」
「えっ……れ、レオマリ……!?」
砦の奥には、レオマリが倒れているのも見えた。
彼女を看病するようにガダル達は集まっていたのだ。
砦の外に斥候役を置いて外を見張りつつ、俺たちは話をした。
「あの時、ミスカさん達とは離れたから、てっきりこっちも死んだと思われてたんですね」
「ええ。こっちは殆ど全滅だったから……あなた達はどうだったの?」
「情けない話ですがね……グラフトンの奴が事前に相手がヤバイ奴だったらどうしようか、と相談してたんですよ。俺らと防衛部隊の隊長たちとね。それで、何か事故が起こったらどうするか事前に決めてたんです。オレ達が合図したら一斉に散会して、別の場所で集まるってね」
「それがここなの?」
「いえ。別の場所だったんですが、いきなり闇の巨人どもが消えちまったんで一度戻ろうってなりまして。それでここに集まってたんです。街に戻ろうと思ったんですが、なんかゾンビみたいな奴等が徘徊してて戻れなくて……仕方なく正気の奴等を周囲から集めてたんです」
倒れているレオマリの姿を見て、ミスカは複雑な表情を浮かべていた。
「彼女はどうしたの?」
「レオマリさんは、砂漠に落っこちてたのを見つけてきたんです。大丈夫そうだったんで」
「さっき正気の奴等を……って言ってたが、お前たちまともな奴等が区別できるのか?」
俺が訊ねると、グラフトンが言った。
「シエーロが発見したんだけど、錬術凝視を使えばわかるってサ」
「錬術凝視を? それだけでいいのか?」
「それだけって、お前は使えねーだろうが!」
不機嫌そうにガダルが言った。
ちなみに錬術凝視というのは、相手に掛かっている強化や弱体化の効果を知るための魔術だ。
「凝視術」と呼ばれる相手を見て使う魔術のひとつである。
「シエーロの話だと、凝視した時にゾンビみたいになってる奴等は頭にトゲが付いてるらしいです。まるで悪魔とか鬼みたいな角というか、とにかくガラスの突起みたいなものが付いてるとか……今のレオマリさんには見えないんで大丈夫だろうって」
「ん、んん……」
「レオマリ! 大丈夫?」
ミスカが起き上がったレオマリの背中に手をやった。
他の面子は警戒しているのか、動きを止めて彼女の動きに注目していた。
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