19:黒の鏡に映った者

レオマリが言うには、闇の巨人はあと大体30体ほど残っているという。

どれも街へと進行してきたものよりも大型で、かつそれらを統率しているボス格が混じっている。

しかし結局は単なる巨人のクリーチャーであることに変わりはない。

動きはそこまで早くなく、爆弾のような性質である事以外は特に厄介な攻撃は持っていない。

街から離れてさえいれば、後はどうにでもなるはずだ。

俺はそんな若干楽天的な気分と共に前線へと向かっていた。


「……妙だな」


近づくにつれ、俺は異様な雰囲気を強く感じるようになっていった。

―――静かすぎるのだ。


(おかしい。あんな大部隊と、何十体もの闇の巨人が出くわしてたら……)


前の戦闘の比ではない規模の戦いだ。

遠くからでもそれが見えないはずがない。

しかし話で聞いていた場所まで近づいてきても、何も見えなかった。

段々と陽は落ち始め、周囲に夕闇の影が覗き始めていく。


(まずいな……夜になったら終わりだ。その前に見つけねぇと)


高難易度の戦闘は、なるべく夜にはやらない方が良い。

それがセオリーとされている。

強敵は夜になると有利になるものが多く、逆に味方のプレイヤー側は

視認性が落ちたりなどで不利になっていくからだ。

あの闇の巨人はほのかに輝く星のような部分があり、完全に真っ黒な見た目という訳ではない。

だから暗闇でも見えなくなるという事は無いだろうが、それでも夜には戦いたくなかった。


「ん? なんだあれは……!?」


やがて空から周囲を見渡していると、何かが爆発したような跡を見つけた。

同時にテントのような幕が散らばっているのも見えた。

俺は少し離れた位置に降りると、念のためグリフォンの台座を待機させ、徒歩でその場所へ向かった。


「なんてこった……!」


近づいてみると、資材が散らばっているのに混じって人の姿も見えた。

同時にひどい悪臭がした。


「ひでぇ臭いだ。鼻が曲がりそうだ」


硫黄のような有機的な腐乱臭。

卵が腐ったような臭いに、強い塩分臭がする。

それは―――人間が焼けた臭いだった。


「こいつらは……確か、街の防衛部隊の奴等か。悲惨なもんだ……」


焼け焦げて転がっているその姿は、臭いが無ければマネキンが捨てられているようにしか見えなかった。ただ服装や持っている武具から、街の防衛部隊の成れの果てである事がハッキリとわかった。

ここで恐らくキャンプか何かを張って中継地点を作ろうとしたのだろう。

そこを襲われ、戦闘になった。

そしてフィロやレオマリの防御魔法が間に合わずに爆風で吹っ飛ばされた、といった所だろうか。


(ミスカ達はどこだ? 戦闘になったのか?)


ミスカ達の姿とラーギラ達の姿は見えなかった。

敵がそれだけ強力だった、という事なのだろうか?

ドクン、と心臓が強く脈を打ち、鼓動が早くなっていく。

寒気がしてきた。いや、これは悪寒だろうか。


「ニュクス……さ、ん……」


聞き覚えのある声にハッとなって振り返ると、岩陰からラーギラが出てきたのが見えた。

ただ全身が防衛部隊の者たちと同じように焼け焦げていて、足を負傷しているのか、

倒れたまま身体を引きずって出てきていた。

俺はすぐに駆け寄って近づいた。


「ラーギラ! どうしたんだ!? 大丈夫か!?」


「逃げて、ください……甘く見過ぎて、いました……闇の巨人、は……」


ラーギラの顔が恐怖の表情に歪んだ。

どこか遠くを見て、何かに怯えているような表情になった。

俺はその視線の先を見た。

すると―――真っ黒な人影が見えた。


(な、なんだありゃ……!?)


空中に浮かぶ、人間のような形をした何か。

闇の巨人か? と思ったが、随分と小さかった。

人間サイズでしかないし、ふわふわと雲のように浮かんでいるだけだ。


「あれが……闇の巨人、の……リーダーです……!」


「あれが……か? あんな小さい奴が!?」


「気を付けてください……奴は、とてつもなく……強い……」


俺はラーギラの言葉を受けて、アームド・シェルを装着した。

どうやら、逃げられる相手ではなさそうだ。戦うしかない。

そう考えた時―――心の中で何かが引っかかった。


(ん? あれ? これってどこかで見たような気が……)


俺はその時、脳内である物語を思い出していた。

とあるリプレイに、「嘘つきアルマンス」という通り名を持つに至ったPCがいる。剣士キャラで、攻守優れた能力を持ち、ヒーローグループの中でもリーダー格として最後まで戦い抜いたPCだ。彼には嘘つき、なんて通り名がついているのだが、彼が付いた嘘はたった一つしかない。

それは―――最後の最後まで、自分がエネミーであるとプレイヤー全員を騙していた事だ。


「自分の代わりに、行ってください! 先にみんなが待っています!」


シナリオの最後の敵を倒し、これで出口を抜けハッピーエンドだ……! という場面。そこで、彼は自分がエネミーである事を告白した。


「すみません、でもこれが自分の役割なんで」


彼はその言葉と共に、疲弊しきっていた味方PCを全員皆殺しにした。

プレイを見ていた観客すらもこれには騙され、そのリプレイはある意味で伝説的なものとなった。

彼の固有資質「詐欺師の役割(ライアーネーム)」は、三度だけ嘘のキャラ・ロールを見せることが出来るというものだった。

彼は早い段階で最終メンバーとなるキャラを選び抜き、それら全てが集まっている時点でこの資質を発動させた。

そしてそれがバレないように、正体を見破れるキャラは早い段階で死ぬように仕向けたのだった。

その言葉が、ラーギラの台詞とダブった。


(待て、何か……!!)


何かがおかしい。

それに気付いた瞬間、ラーギラの言葉の不自然さがフラッシュバックした。

何故、闇の巨人のリーダーがあいつだとわかるのか?

何故、俺が戦線を離脱した後にあいつは俺の様子を見に来なかったのだろうか?

そして何故、最初に逃げろと言ったのに―――その次には俺が戦うと確信した台詞を言った?

俺は咄嗟に背後を振り向いて、両腕でガードの姿勢を取っていた。


「う、ぐッッッ!!」


そして強烈な衝撃が”前方”から加わると、俺はものすごい勢いで吹き飛ばされた。

荒れた地面を身体がこすり、下半身が削り切られそうになる。


「くぅっ!!」


無理やりに身体を立たせ、その場に拳を突き立てて動きを止めた。


「はぁっ……はぁっ……!!」


激しい動悸が自分を包み込んでいる中、顔を上げると―――

呆然とした顔で、何事もなかったかのように呟くラーギラが見えた。


「あれ~? 今のを防御するんだぁ~……?」


背中に寒気が走ったその瞬間、俺はすぐさまグリフォンの台座を呼び、全力で空中にジャンプした。

すぐさま、台座は鳥のように駆け付けて、俺はそれに捕まって空へと飛びあがった。

「何故?」とか状況を飲み込む為の時間は、反射的に潰して動いていた。

そうでなければ―――確実に殺されていた。


(あいつ……ッ!!)


ラーギラは、明確にこちらを攻撃してきた。

あいつは味方ではなかったのだ。


(裏切り者……? どうしてだ……!?)


あいつは最初から裏切るつもりだったのだろうか?

それとも、闇の巨人の能力か何かで敵対したのだろうか?

余りにも突飛な事で、まだ気が動転していた。


(ミスカ達は……?)


最初の部隊に混じって出ていったミスカ達の事が気になった。

姿は見えないし、あの壊滅した部隊の中にも装備などは見当たらなかった。

死んでしまっているとは考えたくないが……。


「一体何が起こったんだ? 何がどうなってる……!?」


俺は街の方に戻るルートで空を飛んでいた。

この状態で夜になれば、どうなるかわかったものではない。

最悪、街に逃げ込むしかないからだ。


「ニュクスさん!」


夜になりつつある空で、白い色の少女がこちらへと飛んできた。


「レオマリさん! 大丈夫でしたか!」


見覚えのある姿と声に、俺は安堵した。

少し服に焦げ跡が見えるが、大きな怪我などはしていなさそうだ。


「い、一体何があったんだ? 後を追っていったら掃討に行った部隊が全滅してて、ラーギラの奴がこっちに攻撃してきて、状況が全然わからない。教えてくれ!」


「それなんですが……これを見てください」


レオマリは懐からこちらへと何かを向けた。

それは青白く光る短剣だった。

レオマリが持っているものでも、特別なナイフの魔導器。

最も殺傷力の高い切り札の武器だった。


「ごめんなさい。これで―――死んでください!」


「なっ……!?」


明滅する短剣から巨大な刃が放たれた。

聖なる神の視線によって、邪悪なるものを滅する魔導「光神の眼」だ。

細長く、当てるのが難しい代わりに相手の防壁を貫通する力が高く攻撃力が極めて高い。

俺は完全に油断していて、それをかわす事ができなかった。


(しまった―――!!)

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