16:黒き影の巨人
俺はラーギラと話した事を粗方、ミスカへと伝えた。
ラーギラも召喚者であり、あいつは盗賊としてのミッションをこなしているだけであるという事。
現在レベル5シナリオが進行中で、早く街から逃げなければならない事などだ。
「グラン・ユキナリのメンバー……!?」
彼女がとりわけ驚いたのは、ラーギラの中身が日本でも有名なプロチームの一人であるという事だった。
「そう。しかもあのサバイバーだ。お前が負けたのも全然変な事じゃない」
「変な事とか、そんなんじゃないわ! あたしは負けちゃいけないのに!!」
「な、何……?」
ミスカの意外な返答に、俺は思わず間抜けな声を返してしまった。
彼女が声を張り上げた所など、初めてだったかもしれない。
俺が理由を訊ねようとすると、彼女は言った。
「……あたしは、現実が嫌だった。何にも良い事なんて無かったから。そんな時に、あたしはあの本を見つけた」
(あのルールブックの事か……)
「別世界へ来れる本。あたしはここへ来て、変わった。やっと理想の自分になれた。可愛くて、強くて、完璧な魔女になった。ここで負けてたら……もう現実のあたしと何も変わらない」
「お前……」
それは、今まで一度も聞いた事が無い震えた声だった。
ミスカがこんな思いを抱えていたとは、全く思わなかった。
「出てってくれない……一人に、なりたいから」
「わかった。だが……早く街から出なきゃならない。今イベント中だって事を忘れるなよ」
「イベント中? どういう事?」
俺はミスカに現在のイベント進行について記載されているページを見せた。
「これだ。お前のにも同じぺージがあるだろう? 今、レベル5のシナリオ進行中なんだ。味方も今の俺たちの実力的にも、正面からは戦えん。だから逃げるんだよ!」
「……」
ミスカは俺が言った言葉に、しばし言葉を詰まらせていた。
彼女だってプレイヤーの端くれなら、どういう事が起きているかわかっているはずだ。
「お前にだってわかるだろう? 今こんな高難度のシナリオに準備なしで挑んでも、ただ死ぬだけだ! 俺はそれだけは避けたいんだよ」
「あたしは……逃げないわ。例え本当に起こる事だったとしても」
「へ?」
仮に本当に起こる事、というのはどういう意味なのだろうか。
俺にはその意味がよくわからなかった。
その意味を知るのはもう後戻りできなくなってからだった。
「逃げないって言ったの! 早く、出ていきなさい!!」
ベッドの下から炎が吹き上がり、俺は慌てて部屋から出ていった。
ドア越しに「よく考えろ!」と説得の言葉を投げたが、返事は無かった。
「あ~~~クソ……嘘だろう……」
ミスカがまさかこんな頑固な奴だったとは。予想していなかった。
てっきりいつも冷静かつ冷酷に判断を下しているように見えたから、もっと話の分かる奴だと思っていた。
「仕方ない……冷静になったら戻ると信じよう」
ミスカの説得は諦め、俺は自分の部屋に戻って荷物をまとめる事にした。
だが整理を始めてほどなく、外が騒がしくなってきた。
嫌な予感がした。
「何の騒ぎだ……?」
宿の外へと出ると、大通りに通行人たちが集まり、何か騒いでいる。
皆、一様に砂漠の方を見ていて、不安げにしていた。
「どうしたんだ? 何があった?」
「あれ、見てみろよ! 昨日はあんなもの居なかったのに……」
「あんなもの?」
俺は訊ねた奴が指差した方を見た。
街から繋がる赤い砂漠の果て。地平線ならぬ砂平線というのだろうか。
その途中に、何か黒いものが見えた。
(なんだ……? 建物?)
黒い何かの塊。かなり遠くにあるが、距離的に相当に大きい。
建物か岩かと思ったが、そんなものは砂漠には無かった。
見渡す限り赤銅色の砂漠だったはずだ。
”それ”が何かわかったのは、その形が変化した時だった。
「え……? な、なんだありゃ……!? ”人間”……!?」
黒い塊が立ち上がった。縦に長くなり、人の形となったのだ。
そして直立するとゆっくりと歩き始めた。
そいつは人型だったが頭に当たる部分がなく、不気味な形状をしていた。
俺がそいつの姿を確認していると、野次馬の一人が言った。
「や、”闇の巨人”だ……! 闇の巨人が、この街を滅ぼすためにまたやってきたんだ……!!」
(何? あれが……?)
首の無い巨人は、ゆっくりと街の方へと歩みを行っている。
時間の推測が難しいが、距離と動きを見て昼頃ぐらいにはここまで到達するだろう。
俺はブックを開いて相手の情報を探した。
「ダメか。相手の情報が表示されん」
昨日、ラーギラと話している中で出た話題だが、XYZのキャラクターは標準でキャラの解析能力を持っていて、クリーチャーや他プレイヤーなどのステータスを見ることが出来る。
そこそこ高等な魔法で、通常なら占星術師などの専門家でないと使いにくいのだが
その機能が今はこのルールブックに搭載されているようで、プレイヤーは標準的に使うことが出来るという話だった。
一度対峙すれば、後は本を見るだけで相手の情報を確認する事が出来るのだ。
ただしラーギラが言うには「ゲーム中の仕様と同じく自分と同レベルの相手までしか見れない」との事だ。
自分より強い相手だと、対面しても一部もしくは全く見ることが出来ない。
長い間戦闘をしたり、会話を重ねる事で情報は明らかになっていく。
だから初見の相手はブックの解析精度で強さを判断するといい、との事だった。
(って事は、間違いなく俺よりも強い……あれがイベントの敵ボスか……!)
シナリオのボス格は間違いなくあれと見ていいだろう。
レベル5の敵キャラ、それも恐らくはボス格の相手となると相当な強さであるのは想像に難くない。
(どうするか……)
ミスカ達をしつこく説得して、無理にでも街を離れるべきだった。
こうなっては逃げる事は難しそうだ。
「何があったんですか?」
レオマリとミスカが宿から出てきたのを確認すると、俺は覚悟を決めた。
あいつを撃破し、必ず帰ると。
■
遠くからパシバの街に迫りつつある「闇の巨人」は伝説上の怪物である。
俺は、二人にその事を話した。
ついでに自分が骨董品屋の主人から聞いた逸話もちょっぴり付け加えて。
「それじゃ何……? あの遠くに見えるデカイのが、この街を昔襲った奴ってこと?」
「確証はないが……恐らく同一のバケモンだろう。伝説通りなら、あいつは街を破壊するためにこっちへ向かってきてる」
「それじゃあ、追い払わないと! 街の防衛部隊の人たちだけじゃ……!」
レオマリが言うと、ミスカも同意見だったようで、すぐに大剣で飛んでいこうとした。
俺はそれを止めるように二人に言った。
「待ってくれ! 伝説通りならあいつには魔法攻撃は余り効果がねェはずだ。俺たちだけじゃ無理だ!」
骨董品屋から聞いた話どおりなら、あいつには個人レベルの魔法攻撃は効かないという事だ。
魔術による攻撃も同じ。俺を除く2名は戦闘の熟練者だが、これでは流石に難しい。
もっと戦力が必要だ。
(とはいえ、ここはパシバだ。クログトとリハールの境目……)
大国の境目、と聞くと援軍を呼びやすいように思える。
だがここは辺境の地だ。
首都に援軍を要請しても、軽く2日は時間が掛かる。それでは意味が無い。
俺が次の動きに躊躇していると、ミスカが言った。
「確かに伝説の通りなら魔法と魔術は効きにくいって事だけど、それはあくまでも何百年も前の話でしょ? 下手すると千年以上前の水準で効かなかった、って言われてもね。今はどうかわからないわ」
「それは……確かにそうだが」
魔法の技術は日々進歩している。
呪文の構成、詠唱の仕方、使う源子の組み合わせなど、昔とは色々と違ってきているという話だ。前に効かなかったものが今ならば通用するかもしれない、という推測は間違いではないだろう。
ただ―――それでも俺の不安は消えなかった。
(確かにその理屈なら戦えるかもしれない、とは思うが……)
俺の中で「シナリオレベル5の敵」というのが引っ掛かっていた。
熟練者でも苦戦するようなシナリオの敵ボスが、そんなたやすく倒せるわけがない。そして骨董品屋の主人は確か、”闇の巨人たちが”と言っていた。
つまりあいつは複数いる可能性がある、という事だ。
「とにかく、一度戦ってみてからでも遅くはないわ。もしかすると脅せば逃げちゃうかもしれないし」
「だが……」
「臆病者はそこで見てなさい。あたしとレオマリ……いえ、あたしだけでも充分だわ!」
「待て! そんな傷で行くのは……!」
俺が制止する言葉には耳を貸さず、ミスカは大剣にスケートボードのように乗って飛び立っていった。
それに続くように、レオマリも足早に街の外へと駆けて行った。
「……仕方ねぇ。俺も行くしかねぇか」
かなり不安だが、こうなった以上は自分一人だけ逃げる訳にもいかない。
俺は街の端にある「飛行屋」へと急いだ。
■
各地の街には「飛行屋」というものがある。
そこ「飛行用の道具を売っている店」で、飛行器というものを売っている。
ウィブ・ソーラルにおいて飛行は一般的な技術で、飛行魔法を極めるか飛行器を持っていれば空を飛ぶことが出来るのだ。
ただ飛行器は高級品であり、なかなか庶民には手の届く物ではないため、レンタルしているのが「飛行屋」というわけだ。
「おや、またお客さんか……あんたも公官かい?」
店に入ると若い男の店主が、大きな荷物を背にカウンターに立っていた。
どうやら逃げる準備をしているようだが、店をギリギリまでは開けているようだ。
大した商魂の持ち主だなと思った。
「ああ、公官だ……臨時だがな。さっき女の子が一人ここに来なかったか?」
「ひとり来たよ。真っ白な髪の子だったね。勇ましい感じで街の遠くにいる”アレ”の方に行ったけど……あんたらだけなのか? パシバの防衛部隊はどうしたんだ?」
「さぁな。あいつが現れてもう30分位経つが、ここにも来ないって事は尻込みしてるか、逃げ出してるかのどっちかだろう」
どんな街にも治安を維持するための防衛組織というものがある。
それは街の警察であり、防衛用の軍隊といってもいい組織だ。
パシバは辺境の街であるため、国境の監視も兼ねていて、二ヵ国の腕利きを揃えている……という触れ込みだが、それは建前であり、こんな辺境を入念に見張ってもしょうがないので、ここには適当な人間しか配置されていない。
要するに、左遷されるような奴等しかやってこないというわけだ。
当然、彼等にやる気などあるわけもなく、余り戦力としては期待できなかった。
(流石に逃げてはねェと思うが……街にあいつが近づくまで出てはこないだろうな)
様子見で適当に相手をして、深手を負わない内に街に全員で籠城する……というのが恐らく最適解だろうか。この状況で取れる手段としては。
俺はそんな事を考えながら、店に配置されている”飛行器”を物色した。
「えー……隼の靴に雲の両輪……ちょっと違うな」
飛行器は移動スピード、飛べる高さなどで様々な種類のものがある。
今回はそこまで速さは必要ではないが、長く、かつ高く飛び上がれる必要がある。
探していると丁度いいものを見つけることが出来た。
「”グリフォンの台座”……! これで行くか!」
丁度、両足が乗るぐらいの広さの台座があった。
濃いとび色で、跳び箱の一段部分のような形をしているそれには羽毛が生えており、鳥の翼を模した突起が両端についていた。
これは「グリフォンの台座」というものでスピードはそこまでではないが、長時間かつ高く飛び上がれる人気の飛行器だ。
「ありがとうございます! 料金は……」
「悪いが今は金が無いんだ。こいつを預けとく。あとで払いに来る」
「えぇっ!?」
俺は店の主人に公官手帳を渡すと、そのまま店を飛び出した。
そして地面に台座を浮かべると、立ったまま乗り、付属の紐を握った。
マナを注ぎ込み「起動」させると、台座は力強く翼を羽ばたかせ始めた。
「グエッ、グエッ!」
ワシのような野太い声を上げると、グリフォンの台座は浮かび上がっていく。
俺はそいつを操作しながら、遠くに見える巨人へと近づいていった。
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