15:嵐の前

次の日の早朝。

俺は魔術式のメダルを手にミスカ達の部屋へと向かった。

勿論、この街からさっさと出る為だ。


(結局朝になっちまったが……まだ大丈夫だろう)


本当なら俺もラーギラと同じく、夜のうちに街を出てしまいたかったがレオマリが既に眠ってしまっており、ミスカも傷が回復するのに一晩は掛かる為

早朝にメダルを渡し、さっさと戻ろうと思っていた。

2人へとメダルを見せると、案の定驚いた様子だった。

レオマリは特に目を丸くして言った。


「え、これ……雲誕の魔術式じゃないですか!? どうしたんですか!?」


「えーとな……昨日、ラーギラが使ってた宿を探したんだよ。あいつ、もしかして盗品そのものは全部持ち歩かずに宿に置いてるんじゃないかと思ってな。そしたらビンゴだったってわけで、預けられてたものを公官権限で没収してきたのさ」


「すごい……こんなあっさり見つけてくるなんて」


「運が良かっただけだ」


ミスカが起き上がった所で、二人にメダルを見せるとひどく驚かれた。

俺は適当に作っておいた理由を話しながら、ミスカにメダルを渡した。


「……何のつもり?」


「こいつはお前に預ける。だから、さっさと一度ラグラジュに戻ろうぜ」


「何言ってんのよ! まだラーギラを逮捕できてないわ!」


「それも確かに重要だが……今はそいつを持ち帰る事の方が大事だろ? アイツを捕まえる事に関しては、俺が続けとくからよ。もっとも、もう街から出ていっちまってるかもしれないがな」


「そんな事してたら……!!」


俺は事の真相を知っているから、別にラーギラの事をこれ以上追うつもりは無い。

適当に折を見て街から出ていくつもりだ。

だが、何も知らない側からすれば「逃げられる」と考えるのが普通だろう。


(そんな事してたら、ってのはこっちのセリフだ。そろそろ何か起こるはず。これ以上街に居るのはヤベェんだ……!)


ミスカの傷もあり朝まで待ったが、これ以上は待てない。

いい加減何かが起きる頃合いだ。街から早く出なくてはいけない。

事情を説明できれば早いのだが。


(信じてもらえるかわからねェし、信じられたらそれはそれで困る)


街の人間が全滅してしまう、と伝えれば突拍子が無さ過ぎて呆れられるか信じられた場合は彼女たちは街の人間を守るために戦う、となるはずだ。

ゲーム的には逃げても決して恥ずかしくない場面……なんて事情は通じないだろう。


(くそ、もうちょっとごまかし方を考えるべきだったか)


「ラーギラと取引をして手に入れたので、あいつはもう街にいない」と言えば話は早かったかもしれない。しかしそれはそれで怪しまれるというか、不自然だ。

今、ラーギラの持っている盗品の中で最も価値の高いはずの「雲誕」を取引でどうやって手に入れられたのか、となってしまうだろう。

やはりこのまま「さっさと持ち帰るべき」という言い回しで戻るほかない。


「どうしましょうか? わたしもどちらかと言えば早く戻った方が良いと思いますが……」


「レオマリまで……そんなにあたしが信用できない?」


「そ、そんな事ありません! ミスカさんの強さは認めてます。でも、このまま無理に逮捕まで試みると雲誕を奪い返されるかもしれません。あちらは盗みのプロのはずですから」


(うまい……!)


レオマリの言い方は見事だな、と思った。

彼女なりにミスカの事を考えてのことなのだろうが、実に自然な説得だ。

仮に正面からの戦闘では勝てても、目的の品を奪い返されるかもしれない、と言えばミッションクリアのために戻る方が利口だ。それが本当の勝利というものだから。


「俺も同じような意見だ。奴の顔は見れたから、戻って”記憶転写”あたりで手配書をちゃんと出してから確実に逮捕できるようにした方がいいだろう。このまま突っ走っても、多分よくねェ事が起こるぞ」


「……」


俺たち二人が戻るべき、と口を揃えるとミスカは目を伏せた。

頭ではわかっていても、彼女のプライドがあるのだろう。

あんなふうにあっさりと敗北し、それでミッションのために戻るのを優先となると「逃げた」と魔女の仲間内では取られるかもしれない。

しばらくミスカは目を伏せて黙っていたが、やがて一度目を閉じて言った。


「わかったわ。一度、戻りましょ。確かに魔術式をここで奪い返されたら、無能の失態ってレベルじゃないわ」


俺は心の中で「よし!」と叫んだ。

レオマリはにっこりと笑顔になって言った。


「了解です。それじゃあ、宿から出る手続きをしてきますね。ガダルさん達にも連絡しておきます」


レオマリが出ていき、俺とミスカが二人きりになった。

するとベッドの上でミスカは手で顔を覆って、大きなため息を吐いた。


「情けないわ……魔女綺羅にまでなったのに、あんな奴一人に後れを取るなんて」


「ま、たまにはそういう事もあるんじゃねぇの」


「黙りなさい! アンタに何がわかるっての? ほかに用が無いなら出てってくれない!」


俺は「へいへい」と言葉を濁しながら部屋を後にした。

意地を張れる元気があるなら、とりあえず身体の方は大丈夫なのだろう。

あとはさっさと街から出るだけだ。


「っと……いけねぇ、そういや返すの忘れてたな」


自分の部屋に戻ろうとして、俺は昼間の裏カジノでミスカに借りていたカードを返す事を忘れているのに気づいた。

あの時、もし負けてはまずいと全て自分のカードではなく一部カードをミスカから借りていたのだ。

すっかり返すのを忘れていた。


「おーいミス……っと、寝てやがるか」


ミスカの部屋に戻ると、彼女は寝入っていた。

傷が深かったからか、あまり長く起きていられないようだ。

俺はさっさと彼女にカードを返して戻ろうと、ふとベッドの横の机を見た。

彼女の荷物らしいものが散乱しているそこに、カードを置いて帰ろうとした。


「ん? えっ……これは?」



しばらくして、ミスカは目を覚ました。

時間にして1時間ほどは経っていただろうか。

彼女は起き上がると、傍に座っているニュクスを発見し、僅かに驚いた。


「なっ、何よアンタ……そこに座って。あたしが起きるのを待ってたの?」


「ああ。昼間借りたカードを返しに来たんだが……気になる事があってな」


俺はそう言って、文庫本サイズの本をミスカに見せるように出した。

丁度、俺が持っていた自分のXYZのルールブックと同じサイズの本。

だが、これは俺のものではない。


「この本……お前のか?」


「な、何取ってんのよ!! 馬鹿じゃないの!」


俺が言い終わるのと同じぐらいに、ミスカは素早く本を奪い取った。

そしてベッドの中にすぐに隠した。


「その本見覚えが……いや、ハッキリ言おう。その本はXYZのルールブックだ。俺が元の世界に居た時に、今居るこの世界を模して造られていたゲームの本だ。俺は……ついちょっと前に同じものを手に入れた。なんでお前が同じものを持ってる?」


「……」


「まだ中身は見てねぇが……お前も召喚者なのか?」


考えてみると、俺はコイツ以外から召喚者についての話を余り聞いた事が無い。

ミスカがたま話をしてくるから、てっきり噂にはなっている事かと思っていたが……。

それにラーギラは俺のような召喚者を探していると言っていたから、耳に入っていなければ変だ。

レオマリには自分の素性を話したが、それを除けば俺が召喚者の件で明確に話をしたのはミスカだけだ。


「僕は召喚者の話を聞いた事はあるんですが、みんな事故や事件に巻き込まれて死んでしまってたり、遠い昔に既に故人となっている人ばかりで実際には出会えてないんです。ニュクスさんの方も、そういう話を聞いた事があるんじゃないですか?」


ラーギラからの話でも召喚者は居たという話だが、聞いた事は無いと言っていた。

俺は有名だ、と言っていたのにだ。

だからもしかして最初から「誰かに聞いた」という部分が作り話ではなかったのか、と思ったのだ。


「本当は―――お前も俺と同じように召喚者の事を探してたんじゃないのか?」


俺がそこまでを言うと、ミスカは反論しなかった。

いつもなら「馬鹿言ってんじゃないわよ」とでも返してきそうなものだが

黙って俺の話を聞き終えると、言った。


「……変な所で鋭いんだから。ホント」


「!、それじゃあ……!」


ミスカはベッドに隠していた小さな本を取り出し、開いてこちらに見せた。

そこには彼女のバストアップの顔と名前が記載されていた。

魔公官の手帳ではない。

「XYZのルールブック」だった。


「あたしの現実での名前は”鮟倉隅香(あんぐらすみか)”。あんたの思った通り、あたしも召喚者よ」


「まさかとは思ったが……」


こんな近くに探している人間が居たとは。

しかもラーギラと違って同僚であったとは夢にも思わなかった。

そして”すみか”だから似た名前の”ミスカ”か。


「なんで隠してたんだよ?」


「素性がバレたらどうなるかわからなかったからよ。それぐらい頭回らないの? 良くそれで今まで生きて来れたわね」


「~~~……わかった、悪かった。俺の言い方が悪かったよ」


悪態をつくのを聞いて、少しミスカの調子が戻った来たように見えた。

俺が平謝りに謝ると、彼女は言った。


「先に言っとくけど、あたしの固有資質は……知の図書館(インテリジェント・タンク)よ」


「何!? あれか!?」


知の図書館(インテリジェント・タンク)というのは、持っていれば自らの中に蓄えられる知識の量が数倍から最大で百倍近くになる極めて強力な固有資質だ。

この世界での魔法やら魔術というのは、使用者が持つ知識とマナやエナジーを組み合わせ、消費して使っていく。

だが、この資質を持っていれば知識が底をつく事はほぼ無くなる。

高等な魔力でも長く使うことが出来るようになるし、学習スピードも飛躍的にアップするので短い時間の学習で知識を蓄える事が出来るようになる。

新しい魔力の習得速度も格段にアップするというわけだ。

固有資質の中でも、トップクラスに使い勝手の良いものである。


「だからあんな、とんでもない記憶容量が要る魔術を連発できたのか」


「アンタは何なの?」


「俺は……これだ」


渋々、俺は自分のルールブックを見せた。

雑魚そのものといっていい資質だが、見せられた以上は俺も見せなくてはならない。だが、見せるとミスカは意外な反応を見せた。


「源子弾使い……? 何これ? こんなものあったっけ?」


「えっ?」


「あたし、そこそこXYZはやった事があるけど、こんなの見憶えないわ」


「いや、これハズレの中のハズレで……あっただろ?」


「ううん。砲撃型魔法使いとか、メイジガンナーは見た事あるけど……」


そんな馬鹿な、と思ったがよくよく考えてみるとこんなものがあっただろうか、という気がしてきた。

随分記憶が曖昧だったから、こんなものがあったはずだ、と思い込んでいただけなのかもしれない。

なら、これは新しく追加されたものなのだろうか……?


(いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない)


今は話し込んでいる場合ではない。

まだイベント途中で、かなり危機的な状況だ。

レベル5シナリオの途中なのだから。

しかし、彼女も召喚者ならば話は早い。


「お前に話しとくことがある。いいか、よく聞いてくれ」


俺はラーギラから事情を話し、今行われているイベントの事を話した。

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