14:夜の武具屋にて(2)
「ごっ……! 5!? ま、マジでシナリオレベル5……なのか」
XYZは様々な「シナリオ」をプレイヤーが作ったPC(プレイヤー・キャラクター)で進めて行くゲームだが、シナリオにはどれぐらいの難易度かを示すレベルが存在している。
レベルは全部で7まであり、大雑把に言えば1~3までが普通に楽しめるレベル。
PC側に死者が出る事もあるが、変な行動を取らなければ全員生還出来る事も多い。4が熟練者がプレイするレベルで、キャラの成長などを正しく行っていても
戦闘で運が無いと死ぬような緊張感のある段階だ。全滅エンドも多く発生する。
「ええ。”5”です……だから、油断はできませんけどね」
「嘘だろ……こんなもん、クリアできるわけがない」
そして5は相当な熟練者がプレイするレベル。相当強力なクリーチャーや
エネミーPCが現れ、最後までたどり着けるPCがいるかどうか、というレベルになる。そして6はまだクリア者が出ていない超高難度シナリオ。
「まぁ”6”や”7”じゃないだけマシっちゃマシですけどね」
最後に7は、どうやっても理論上クリアできないようなシナリオとなる。
例えば、こちらのHPが最大でも1,000前後で、与えるダメージも同じぐらい。
そういう状況で、「ダイス65D1800/2500」なんて攻撃を平気で放ってくるようなボスが出てくるようなシナリオだ。
ちなみにこの数値は1ターンに、最低でも1800以上2500以下のダメージを受ける攻撃を65回分掛けた一撃を放ってくる、という意味だ。
だいたい期待値としては9万から最大で20万近くダメージを受ける、という所だろうか?
当然だがそんな攻撃を受けられるキャラなど、PC側にいるわけがない。
(7だったらやばかった。いやヤバイなんてもんじゃない)
そんな絶対に勝てないボス格の敵。それらを「超越者」と呼ぶ。
レベル7シナリオとは、そんな「超越者」と絶対に戦うことになるシナリオである。有名なものだと「暗黒核の戦士」とか「魔女瑠禍(まじょるかと魔女璃炬)まじょりこ)」とかだろうか。
「あれ? お前の方にはクリア条件がもうあるのか」
自分のルールブックには、まだゲームのクリア条件が書かれていない。
しかしラーギラのブックにはこう記載があった。
「Aランク以上の”秘宝”を100点以上入手すること」と。
「僕のクリア条件は”盗み”アビリティの練習をしてた時に偶然、高ランクの装備を盗めた時がありまして、その時ぐらいから表示されるようになりました」
「つまり、何かしらプレイヤーごとに設定された条件を満たさないと出てこないと?」
「恐らくは。そして……多分ですがその条件は、自分のキャラ性能に合った何かじゃないかと思います。盗賊ならアイテムを奪取する事に関係してる何か、とか。じゃないとわかりにくいですし」
「う~む……わからん。何をすればいいか」
自分のキャラがどういうものか、と言われてもニュクスにはわからなかった。
そもそもやるべき事が何か、とかもわからないのだ。
世界中の宝を狙うトレジャーハンターとか、各地の人を襲う怪物たちを倒し続ける腕利きの戦士という訳でもない。
国に使えている魔法使いの公務員でしかない。それも、やっとこさ仕事にありつけているだけ。「ただ漫然と生きている」という感じで、よくわからない。
それが自分の今の状態だった。
「ってか、”エネミー”なんですね。役割(ロール)は」
ラーギラの方のロールは「ゲスト」となっていた。
ヒーロー役にもなれるゲストのキャラ、という感じだろうか。
まぁ、一般的なロールだ。
「ああ。こんなクッソよわっちいステ―タスなのに、エネミーだよ。恐らく勇者チーム的なのの序盤の妨害でもやれって事なんじゃないか」
「勇者……って言われてもねぇ。この世界には今、魔王みたいなラスボスも、世界を救おうって勇者もいませんよ? どうしろって言うんでしょ?」
「だよなぁ? でも敵役って事は、ヒーロー側もいるはずなんだな」
物語はキャラクター同士が、相手を排除しようとすることで生まれる。
恋敵が相手をけり落とすとか、戦闘で殺し合いになるとかだ。
エネミー側の自分がいるという事は、ヒーロー側の別の召喚者もいるという事だ。
ちなみにラーギラは「ゲスト」と表示されていた。
ヒーロー側につくプレイヤーの一人という事になる。
「ラーギラ。お前は今まで別のプレイヤーに会った事はあるのか?」
「あるにはありますが、仲間にはなった事はありません」
「んん?、どういう事だ?」
「僕は召喚者の話を聞いた事はあるんですが、みんな事故や事件に巻き込まれて死んでしまってたり、遠い昔に既に故人となっている人ばかりで実際には出会えてないんです。ニュクスさんの方も、そういう話を聞いた事があるんじゃないですか?」
「そういえば……ミスカが言ってたな」
ミスカが「オーバン戦役」の話をしてくれた事を思い出す。
依然、この世界には別世界から来訪した”召喚者”が居た事は確かだ。
それも複数。今も同じように何人かいると考えても不思議ではない。
実際にこうしてラーギラと会えたのだから。
「噂や伝説じゃなくて、ちゃんとした人に会えたのは初めてですよ。ホント。どこかですれ違ったぐらいならあったかもしれないですが……」
「”召喚者”の話は他にもあるのか?」
「それっぽい話については……いくつか聞いた事があります。奇妙な技を使う魔剣士とか、クログトのとある街の処刑執行人が別の世界からやってきた奴だ、とか。ただ確信が無くて……それに、聞く噂がどれも戦闘に長けてそうで、僕は危険だと思ったので誰とも会いませんでした」
ラーギラの選択は正しいだろう。
相手がエネミーで、こちらを倒す役目を持っている可能性も十分ある。
そうでなくとも「召喚者」と露見するのは危険が伴う事のようだし。
今までは余り気にしていなかったが、少しは正体を隠すようにした方がいいかもしれない。
「う~む、そうか……自分でやっぱ探すしかないな」
「多少なら手伝いますよ。まぁ……今回のシナリオがどう転ぶかですけど」
ラーギラの言葉で、俺はハッと我に返った。
そうなのである。今、この街を舞台にシナリオが一つ進行中なのだ。
それも死亡者が高確率で出る「レベル5」である。
「二人、勝手がわかってる人が居れば何とかなるかなと」
「いや、軽く言ってるが”レベル5”だぞ? プロオンリーのチームでも死者が出るレベルだ。何も起こらずに済むとは思えない。仮にお前とミスカたち全員入れても4人しか居ねぇってのに……」
「それは……」
「ラーくん、大丈夫?」
突然、部屋の扉を開けて一人の少女が入ってきた。
赤色の荒野では珍しい緑色の髪をしていて、活発そうな声だ。
長めの髪はサイドテールでまとめられていて、トマトのような鮮やかな色の胸当てをつけていた。
「えっ、だ、誰だ?」
「あー、来ちゃったか……一人で大丈夫って言ったのにさぁ」
「だって公官と会うって言ったから心配で」
俺が「誰なんだ?」と言おうとすると、更にもう一人男が入ってきた。
こっちはかなりごつい体格をしていて、真っ黒で重そうな鎧を身に着けている。
魔導士が付ける奴らしく、大きなオーブが胸元についていた。
「すまんギラ。止めたんだが」
「まぁしょうがないよボクス。僕は一応お訊ね者だし」
「ラーギラ、お前の知り合いかそいつら?」
俺が訊ねると、朗らかな表情でラーギラは応えた。
「ええ。僕の仲間です」
「仲間!?」
「はい。僕は実力にはそこそこ自信はありますが、それでもXYZで一人旅をする危険さはよく知ってますからね」
ふと視線を女の子の方に移すと、こちらを睨みつけてきていた。
どうやら公官の俺を敵だと思っているようだった。
「この人がリハールの公官? 大丈夫なの?」
「フィロ。大丈夫だよ。この人は話が分かる人だし、僕と同じ”召喚者”さ」
女の子の頭を撫でながら、落ち着かせるようにラーギラは言った。
そして何やら話して二人を出ていかせた。
「すみません。お騒がせしました」
「あいつらはどれぐらい知ってるんだ?」
「全て知ってますよ。僕の事情は全て話しましたから」
「何だって……? 思い切った事をするな」
「色んな人に出会いましたが、あの二人は信頼のおける仲間です。心配はいりませんよ」
つまりは召喚者であるという事も、もっと踏み込んだ現代社会からやってきた人間だとかも知っている、という事だろう。
それでも信頼がおけると言うのだから、心から信頼し合っている仲間なのだろう。
「緑色の髪の女の子が”フィロ”。大柄な黒い鎧の傭兵がボクスって言います」
「どこで出会った?」
「フィロって子とはウィルネズで奴隷商人に捕まっていた時に会って、ボクスはリハールの傭兵都市レイダールって所で犯罪者になりかけてたのを僕が助けて、その縁で、です」
「なるほど……」
どうやら凄腕の人物だけあって、既にいくつもの冒険をこなしてきたようだ。
俺が思っているよりも、ラーギラこと「フジタハヤト」はとんでもないプレイヤーであったらしい。
(色々と出遅れちまってるな。俺は……)
「これからの事ですが……ニュクスさん、あなたはどうするんですか?」
「俺はこの街に残ってイベントの相手と戦うつもりだ。どんな奴かはわからねぇが……俺たち入れて6人も居れば何とかなるはずだ」
「……悪いですが、僕はもう少ししたら街を出ます」
「何?」
「僕たちは戦いません。このまま街を出させてもらいます、と言ったんです」
唐突なラーギラの申し出にニュクスが応えた。
「お前……に、逃げるのか? ほっといたら街の奴等は全滅だぞ!?」
「わかってます。ですが……僕の感覚だと、ここでレベル5は逃げるべきです。正面から挑んだら、間違いなくゲーム・オーバーになります」
先ほど微妙に言葉が濁ったのは、どうやらラーギラには
レベル5シナリオに挑むつもりは更々ないからだったようだ。
てっきり、戦ってシナリオクリアを目指すのだとばかり思っていた。
「先ほどそれを言おうとしたんですが、フィロが入ってきちゃったんで」
「もう一度聞くが……戦う気は全くないのか? このシナリオは恐らく続きモノだ。逃げたら後でどんな悪影響か出るかわからん」
「それは僕の方でも承知しています。でも……申し訳ありませんが、僕はまだ味方を犠牲にはしたくないんです。僕含め、きっと伸びしろの大きなパーティになりそうだから」
「……そうか」
「ニュクスさんは逃げないんですか? 差し出がましいかもですが、ニュクスさんこそ逃げるべきじゃないかと思います。あのミスカって魔女はかなり強いと思いますが、このシナリオで出てくる相手には、あの魔女クラスの味方がきっと複数人必要になりますよ」
「それは、俺もよくわかってるつもりだ。だが、ブックのシナリオ序文には”公官が全滅する”とおぼろげながら記載があった。俺が逃げたらミスカ達は確実に全滅する。その手は……取れない」
ルールブックのシナリオ序文には「公官が全滅する」と読める部分があった。
それはつまり、シナリオクリアを放棄した場合は自分は助かってもPCではないミスカとレオマリは確実に死亡するという事だ。
自分も死ぬ確率は高いが、シナリオに挑めば全員が生き残れる可能性も出てくる。
「わかりました……ではこれだけ、とりあえず渡しておきます」
ラーギラは懐から大きな金属製のメダルを取り出し、こちらに差し出した。
メダルには複雑な円陣が描かれており、どうやら魔術に関連したアイテムのようだった。
ニュクスは、それに見覚えがあった。
「これは……”雲誕”の魔術式!? こいつはお前が確か盗み出したって言う……」
「そうです。僕がアルカケーテ家から盗み出した天候魔術式です。さっきのミスカって魔女が言ってましたけど、これが多分僕を追ってきてる理由ですよね?」
「ああ、その通りだ。俺たちはそいつを取り返すためにお前を探してたんだ」
「では、差し上げますよ。もうルールブックには登録できたので、不要の品です。本当は売り払って旅費に充てるつもりだったんですが……」
俺はあっさりとラーギラが魔術式を渡してきたので驚いた。
貴重なものであり、売り払えば相当な金額になる。経験点にもなるはずだ。
だがそれでも、こちらの状況を察して渡してきた。
この潔さというか、決断の良い感じには上級者の風格が感じられた。
「い、いいのか? 持ってれば何かに使えるかもしれないぞ?」
「”切り札”については、ほかに沢山持ってるんで大丈夫です。それより、それを持って帰ればイベントが本格的に始まる前に街を出られるかもしれませんよ」
「!、なるほど、有難いぜ……!」
考えてみればそうなのだ。
今回、この荒野の街パシバでいざこざを起こしていたのは、この魔術式を取り返す事が目的だった。こいつさえ手に入れば、ミスカ達は街に居る必要はない。
幸い、この街を舞台にしたイベントについても、まだ本格的には始動していない。
ラーギラの件ぐらいしか事件は起こっていないし、まだ危険なクリーチャーも出現していない。
ミスカ達を急かせば、自分たちも逃げ出すことが可能かもしれない。
「では、そろそろ僕は出発します。朝まで待ってたら、シナリオが始動するかもしれませんし」
「わかった。俺もなるべく早く出る事にするよ」
ラーギラは魔術式のメダルを渡すなり、いそいそと身支度を整え、部屋の扉に手を掛けた。
その動きで、一刻も早く街から出たいのが伝わってくるようだった。
「大丈夫だった? ラーくん?」
「ああ。大丈夫さ、僕は……」
扉が閉じる前に、僅かばかり見えたラーギラと仲間たちの姿を見てニュクスは思わず羨ましいと思った。
何物にも縛られず自分の気の向くまま、現実ではありえなかった「魔法世界」を
自分の気が合う仲間たちと共に旅する。
そんな自由な「冒険者」としてプレイヤーをやっているラーギラの姿が、眩しかった。
(……辞めるか。この街から無事に出られたら、魔公官は)
俺も―――世界を旅する奴に。冒険者になろう。
そして自分のクリア条件をとりあえず探そう。
本当に現実に戻るかどうかは、旅をしながら考えればいい。
そう思いながら、俺は自分の宿へと戻っていった。
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