13:夜の武具屋にて

「さて、ここにいるはずだが……」


午後9時半。俺はパシバの街に数件しかない武具屋に足を運んでいた。

店の名は「トライ・コンフォート」といった。

ここはパシバにある武具屋の中でも、やや珍しい構成になっている場所だ。

普通の武具屋と同じように、職人が作った武器などを購入する事も可能なのだが、

整備の為の作業場が開放されており、自分で装備の調整を行える。

知識さえあれば格安で装備の修理などができるというわけだ。

休憩所なども併設されていて、ある種のカフェのような使い方もできる。


(油臭いカフェ……なんてもんは、この街とかあの機械都市ぐらいにしかねーだろうな)


現実世界に居た時、両親が車の整備に行くのについて行った事があるが、その時に使っていた車検屋と似た雰囲気の店な気がした。


「よう。待ったか」


俺は店を回って、掛けられている武器を見ている少年に声をかけた。

布で身体を隠していて、服装は正面を向かないとわからないが

体格から何となくラーギラである事がわかった。


「いえ。ちょっと前に来ましたので……そんなには」


俺の姿を事を確認すると、ラーギラは知り合いのように声をかけてきた。

俺は会うなり、軽く拳でラーギラの頭を小突いた。


「いっ、な、何をするんですか?」


「いくらなんでもやりすぎだろう。ミスカのやつ、滅茶苦茶深手だったぞ! 治療できる状況だからよかったが……」


「ああ……すみません。どれ位の強さかわからないので、余り手加減できなくて」


ラーギラは短く答えると、周囲を伺いながら訊ねてきた。


「あの……こんな場所で会って大丈夫ですか? 人が多いような」


「俺の知っている範囲ではお前を探してるのは公官だけだ。賞金首とかじゃないからそこまで心配はいらねぇよ」


ラーギラは今の所リハールの公官が追いかけているだけである。

クログトやウィルネズの公官も追跡しているかもしれないが、ミスカ達の動きを見るに少なくとも各国共同で彼を捕縛する、という話までには至っていないようだ。

名の知れた盗賊……というと通りは良いが、結局はある程度腕の立つコソ泥の一人でしかない。

だから盗まれたモノがモノではあるが、どこの国もそこまで大っぴらに捜索はしていないというわけだ。

無論、だからといって手抜きの追跡というわけでもないだろうが。


「ついてこい。奥の部屋で話がある」


俺はこの街に来てから、よく使っている部屋までラーギラを招いた。

木製の小部屋の中には、大きな窯と鉄の作業台。

そして様々な形のハンマーやらレンチなどの工具が壁に掛けられていた。

俺はたまにここにやってきては、肩当やらアームド・シェルなどの装備を直している。ちゃんと店に出せばいいのだが金がないので自分でやるしかないのだ。


「この部屋は俺が工作用に使ってる部屋だ。ほぼプライベートルームだから、誰か来る心配もあまりない」


まぁ、装備を手入れしているところなんて見ても面白いものではない。

誰かが来る心配は無いと言っていいだろう。

俺は背負ってきた荷物を広げ、肩についていたアームド・シェルの装甲を引っぺがした。そして持ってきた替えの鉄板を貼り直していく。


「誰か来たらどうすれば?」


「その時は、ミスカの攻撃をかわした時みたいな能力でも使えばいいんじゃないか? たぶん”分身”以外にも持ってるんだろ?」


「ッ!……鋭いですね」


ラーギラは一瞬、間を置いてから答えた。

あっさりと俺が何のスキルを使ったのか言い当てたのに感心したようだ。


「XYZは結構遊んだからな。相手が何をやったかは、起きた事で大体わかる」


「分身」というのはスキルのひとつで、盗賊系のキャラクターが持っている能力だ。自らのマナかエナジーを半分使って、”分身”の状態となる。

その間はわずかに自分の姿が二重のように見え、その間受ける攻撃を75%の確率で3分の2の威力に減少させる。

熟練すればさらに、50%の確率で無効化する、というものだ。

本来は戦闘系の職業である忍者やレンジャーの使う能力の為、盗賊で憶えるのは結構難しい。

それを修得しているという事は、それだけで盗賊として高い熟練度を持つプレイヤーであるとの証でもある。


「それで、何から話しましょうか?」


聞きたいことは山ほどある。

現実世界ではどんな人間だったか、とかラーギラのキャラ能力など、確かめておきたい。ただ……それにはリスクがあった。

「役割(ロール)」の存在だ。


(色々と聞きたいが……)


役割はゲーム中では絶対的なものではない。

悪役が別に正義の味方の真似をしてもいいし、ヒーローの役割を持つキャラでも

悪行に手を染めて別に問題はない。その後に何が起こるかまでは責任は持てないが。そしてヒーロー側がエネミーを倒す事は、推奨される行動ではあるが必須ではない。

その逆も然りだ。


(しかし、こいつがまだ味方かどうか確証がない。探りながら話さないとな……)


例えばだが、もしラーギラの現実へ戻る為のクリア条件に「敵」の役割を持つプレイヤーを3人倒すこと、などとあった場合。

ここでラーギラが一気に敵側に回る可能性もゼロではない、というわけだ。

この状況でゲームと現実を混同しているとは思わないが、念には念を入れた方がいい。まだ自分は全てのルールをわかっているわけではないのだから。


「えーと、な……いや、積もる話はあるんだがな。ありすぎて何から話せばいいか」


俺が何の話題から切り出すべきか迷っていると、

ラーギラは驚くべき提案をしてきた。


「それじゃあ、手持ちのルールブックを見せ合いませんか?」


「なっ、何!?」


「僕も結構XYZはやった方なんでわかるんですけど……今ニュクスさんが危惧してるのは、きっと僕が敵側に回る可能性だと思うんですよ」


その一言で鋭い奴だ、と思った。

やはりコイツも相当ゲームをやり込んでいる人間だ。

俺は隠しておいても仕方ないと思い、ラーギラに答えた。


「……そうだ。色々な可能性、例えばクリア条件なんかが、俺のロールを狙うものだったりした時の事を考えててな」


「僕のクリア条件は違いますよ。少なくとも、誰かと倒すとかそういうモノじゃありません。それに、仮にそうだったとしても僕はルール全てに従うつもりは無いです」


「?、それはどういう意味だ?」


「僕はクリアする気無いんですよ。この世界でずっと生きて行こうかな、と」


茫然とラーギラはそう言い放った。

俺はその言葉の意味がすぐに呑み込めず、「は……?」と思わず聞き返してしまった。


「お、お前、帰りたくないのかよ? この世界でずっと生きていく? 本気で言ってるのか?」


「それじゃあ、ニュクスさんは帰りたいんですか? さっさと何もかも捨てて、現実の世界に戻りたい?」


「う……」


「せっかくXYZの舞台”ウィブ・ソーラル”に来れたんですよ? 現実じゃ絶対に使えない魔法が使えるんですよ? 楽しまなきゃ損じゃないですか。わくわくしないんですか?」


「そ、それは……」


ラーギラの言葉に、言い返す事はできなかった。

確かに俺もクリア条件があって、現実に戻る事が目的のようになっているから、帰る事を目指している節もある。

そりゃ家族や元の生活に戻りたいという気持ちもあるにはある。

だが、それ以上に憧れだった世界にやってきて、冒険の日々や、魔法を使っての色々な事件への挑戦。

そして魅力的な人々との出会いは、確かに……良いものだと思っている。

ここは、現実では絶対にありえないファンタジー世界。

戻りたくない気持ちもあるにはあった。


「僕は……現実では高校3年の男子学生です。名前は”藤田隼人”っていいます」


「フジタハヤト……え? まさか”サバイバーハヤト”の中の人……?」


「そうです。”グラン・ユキナリ”の隼人です」


「う、嘘だろ? ほ、本物!?」


思わず俺は作業の手を止めて、ラーギラから離れてしまった。

「藤田隼人」というのは、有名なプレイヤーの一人である。

XYZは、世界各地で大きな賞金つきの大会が毎年たくさんあり、プレイヤーの中には、その賞金やら大会やゲームの解説番組の手伝いやらとしてお金を稼ぐ、いわゆる「プロチーム」なるものも存在している。

日本にもそれはあり、「グラン・ユキナリ」というのもプロチームのひとつだ。

リーダーを始めとした4人は世界選手権のベスト16にいずれも入った事がある強者中の強者である。


「どんな劣悪なキャラでも、それを生かして高確率で生き残るあの……”サバイバー”なんですか」


「サバイバー」という通り名は、彼のキャラメイク時の”引き運”の悪さから着いたものだ。

XYZのキャラメイクは、ある程度制御できるが、やはり最後にはランダムで設定される能力適性や固有資質に大きく左右される。

そこで彼は非常に運が悪く、キャラメイク時に戦闘型にしたのに固有資質が生産系だったり周りの人間が超強力なアビリティを引く中、全くの無能力だったりしていた。だがそれでも、高確率で最後まで生き残る事から、その伝説的なプレイングを称え「サバイバー」と呼ばれるようになっていたのだ。


「今回は戦闘型のキャラで、固有資質もそんな悪いものじゃなかったので助かりましたよ」


「まさかお前があの……い、いや、あなただったんですか。道理で強いはずだ」


「あ、別に気を使わなくて大丈夫ですよ。僕はロールプレイ重視派なんで」


TRPGは人と人との対話のゲームでもある。

当然、友達同士のように話す人も居れば、礼儀正しく社会人としての会話をする人もいる。見知らぬ人同士でやるゲームは、なるべく失礼が無いように話すべきだが

逆に現実感がある事を嫌う人もいる。

目の前のラーギラのプレイヤー「隼人」は、そちら側の人間のようだった。


「俺……あなたみたいなプレイヤーに憧れてたんですよ」


「えっ?」


「どんな劣勢もくじけずに最後まで頑張って、それで最後までシナリオには大抵残ってる。あなたみたいな人がいるから、TRPGってのは面白いんだって思って。その世界の人に本当になったみたいな感じができてて、凄いなと」


「別に大したことじゃないですよ。ある程度やってたら、みんな出来てる事です。でもありがとう。そう言って下さるとうれしいですね」


そこでラーギラは少しはにかんだ笑顔になった。

嬉しそうにしている彼を見て、俺も嬉しくなった。

何人か憧れているプレイヤーというのが居たが、サバイバーハヤトもその一人だったから。しかしすぐに気を取り直すと、でも今回はここまでにしましょう、とラーギラは言った。


「わかり……いや、わかった。じゃあ砕けた感じでいきます」


「その方が助かります。それで、その、今あなたって公官なんですよね? ルールブックは持っていますか?」


「ああ。持ってるよ。これだ」


俺がルールブックを取り出し、キャラシートの部分を見せた。

するとラーギラも自分のルールブックを取り出し、こちらに見せてきた。

そこには詳細なラーギラの情報が記載されていた。

特に目を引いたのは、やはり能力の欄。特に「固有資質」の欄だった。


「……なるほど。音無しの理由はこれか」


ラーギラのキャラクターシートの部分を見ると、固有資質の欄に「完全体重移動」と記載されていた。

詳細は「体重の移動を行う動作を完全に行うことができるようになる」というものだ。


「便利でしょう? テキストだけ見るとそこまで強くなさそうですけど……」


「ああ。確かにこれだけ読むと弱そうだが……」


これは強い資質というものを挙げるとかなり上の方に来る。

人間はあらゆる動作を無意識のうちに体重を乗せて行っている。

歩くときは足に体重をかけて、ジャンプするときは両足に体重をかけて力を貯めて、などだ。

この資質はとどのつまり、そういったあらゆる体術を最高の動きで行える資質だ。


(便利なうえ、相当強いなこれ……羨ましいぜ)


例えば地面を歩くときに地面に伝える体重をほぼゼロにする。

これで猫のように無音で歩くことが出来るようになる。

走る場合や建物を飛び移ったりする際もほぼ音が鳴らないようにできるわけだ。

そして例えば、パンチやら蹴りを放つ際に全体重を乗せて放つようにする事もできる。すると、大して格闘のスキルを持たずとも達人並みのパワーを持った一撃を繰り出せるようになる。

武器を扱う技術も、この資質があれば数段威力が増す。

体重を扱う能力が最高となる、という事は人間の取るあらゆる動作を

最高の効率で行う事ができるようになるというわけだ。

同じスキルでもこれを持っているといないではハッキリと差が出る。

そのぐらい強力な固有資質であった。


「こうして見せ合うってなると、なんか俺の方がショボくて申し訳なくなるな……」


大して俺の固有資質は、殆ど無意味と言っても良かった。

魔法攻撃の一番基本的な「源子弾」の扱いがうまくなる、というだけだ。

正直あってもなくても大してそこまでの差は無い。

ゲームの序盤にあると便利かもしれないが、ほかの魔法のレベルが育ってくるとそちらを使えばいいだけの話なってしまう。

正直言ってハズレの部類に入る資質だ。


「いえ、こんなもんですよ普通は。今回、自分は当たりのものを引けましたけど、僕はいつもショボい感じでしたから……」


「そりゃいつものゲームなら逆境も燃えるってモンだが、今回は洒落にならないんだよなぁ……ホント」


ゲームならば別にどんな状態でも問題はない。

しかし、本当に洒落にならないのだ。

今の自分にとって、ここにいる今がまさに「現実」なのだから。

戦って負ければ、シナリオの進め方を間違えれば―――死ぬのだ。容赦無く。


「まぁ気持ちはわかりますけどね。でも大丈夫ですよ。今回のイベントも”レベル5”ですけど、何度か僕はクリアしてきましたし」


「レベル5……? えっ、レベル表示されてる!?」


ラーギラが言った事を聞いて、俺は慌ててブックを見た。

今回のシナリオの概要の最後に「シナリオレベル:5」と表示されていた。

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