12:源子脈坑道へ(3)

ミスカは背負っていた自分の魔操器である大剣を振りかざした。

そして大剣をまたぐように腕を十字に交差させていく。


(な、なんだ……? 場の雰囲気が変わった……?)


ラーギラは続けて近づいて攻撃を放とうとしたが、変化した空気を

直観で感じ取り、接近するのを止めた。

これは正解の行動だった。

構わずに近づいていれば、確実に敗北していただろう。


(近づかずに、風刃(マニューレイド)で攻撃した方がいいかな)


ラーギラも風の魔法攻撃でミスカを狙っていく。

だがその時、服に何か小さなものが当たったような感触がした。

ふと目を落とすと、服に火が点いている。


「えっ、な、なんだこれ!?」


火、というほどには赤くない。

燃える光の破片と言った方が的確かもしれない。

慌てて払うと、それは自分の周囲に舞っている事に気付いた。

まるで蛍のような物体。その発生源はミスカだった。


「エロー・バロウ・ロウゼル。白き神ハツラバスの名に置いて命ずる……」


「ゲッ!?」


ミスカのよく通る声は、近づいてきていたニュクスも聞こえていた。

かなり離れているものの、トンネルの中という事もあったからだ。

ニュクスは耳に入った言葉を聞いて、顔を青くしながら慌てて距離を取った。


(なっ、う、嘘だろオイ……!!)


ミスカが交差していた両腕を天井へと振り上げる、

ニュクスは、物影からもう出て接近する気は起きなかった。

何故なら、彼女が詠唱している呪文は―――


「な、なんだ……?」


ラーギラは見た。

ミスカの足元から金色の粒子のようなものが舞い上がり始めたのを。

やがて、ミスカの周囲を包むように粒子は集まっていく。

同時に空気が振動する音が周囲にこだまし始めた。


(なんか……この詠唱、聞いた事があるような)


キュイン、キュイン、と何かが早く動くような音がする。

SFアニメとかで「粒子加速器」とかが動作する時に鳴るような音という感じだ。

甲高いその音は、段々と感覚が短くなっていく。


「まぁいいや、とにかく阻止だ」


金色の粒子は、次第に彼女を中心としてその周囲を回転し始めた。

そして段々、何かが高速で飛び回る様な音が聞こえてくる。

ニュクスはその呪文が何か、ラーギラよりも先に気付いていた。


(まっ、”魔力の嵐”!! こんな閉鎖空間であんなもん使いやがるとは何考えてやがるんだ! ここ源子脈のすぐ近くなんだぞ……!!)


ミスカが今発動させようとしているのは「魔力の嵐」という魔術だった。

魔術師の使う気力源子弾攻撃の1つである。

いわばニュクスがメインで使用する魔力の弾丸を打ち出す魔法の魔術版だ。

だが威力が比較にならないほど違う。


(やべぇ、こんな距離で耐えられるか……?)


魔力の嵐は、細かく作った源子弾の破片を周囲に纏ってから

一気に広げ回転させ、周囲のものを薙ぎ払う、という現象を超高速で行う。

ニュクスが使うものが銃弾を放つ、ぐらいのものならばミスカが使おうとしているのは高層ビルをも破壊できる大型爆弾を自分が中心になって爆発させるようなものだ。

いくら地下道で人が居ないとはいえ、こんな封鎖された場所で使用するのはかなり危険と言わざるを得ない。


「何をしてるかわかんないけど、こいつでっ……!」


ラーギラはまだ気づいていないようで、ナイフを構えて魔法攻撃を放った。


「風刃(マニューレイド)!」


風が収縮する音が起き、空気の刃がミスカへと射出された。

詠唱していたミスカには難なく命中したが、魔法は弾かれ、消滅した。


「えっ?」


(馬鹿っ! 逃げろ!! そんなもん意味ねぇ!!)


高位呪文は詠唱中に魔力防壁の力も強まる。

牽制の攻撃程度では、防壁は通らなくなる。

無知な攻撃は、むしろカウンターのいい的にしかならないのだ。

ミスカは戦闘の経験豊富な魔女であるからして、そのタイミングを逃さなかった。


「愚かなるオルガノの名において、全てを破壊せしめよ!」


「ッ! もしかして―――!」


「魔力の嵐(ルザ・ゾロスアウス)!!」


高速で回転し始めた魔力の粒子が揺れると、ラーギラの前方の空間に亀裂が入った。

まるでツボか何かにひびが入るように、空間に光の割れ目がついた。

ラーギラの魔法防護壁にヒビが入ったのである。

まだ攻撃を受けてすらいない。近くに居るだけであるというのに。


(魔力の嵐!? ま、まずいッ! こ、こんな近くじゃ―――!!)


最後の詠唱が終わると共に、周囲に金色の花びらのようなものが舞い散った。

同時に、衝撃波と爆発が彼女を中心に巻き起こった。


「うあああああッ!!」


それに巻き込まれると、地下道の石の柱は粉々になり、地面もえぐられていく。

坑道全体が揺れ、街に地震のようなものが巻き起こる。

ミスカだけが金色の膜に包まれて浮かび、無事なだけで周りには煌びやかな破壊の波が広がっていった。

何もかもが、ミキサーの刃に巻き込まれたかのようになっていく。


「うおおおおおっ!!」


距離を取って離れていたニュクスも、完全には逃れられなかった。

トンネルを支える柱が砕け散り、地面に転がると身体の表面に強烈な痛みが走った。

まるで見えない猫の舌。トゲトゲの巨大な敷物で何度も身体を舐められるような痛みが走り、地面に転がされた。

その上から細かくなった柱の破片が降り注ぎ、ニュクスは石に埋もれてしまった。



数十秒後。破壊されたトンネルは見るも無残な光景が広がっていた。

巨大な空間を支える柱は吹き飛び、地上にまで巨大な穴が穿たれていた。


「さて……生きてるかしら?」


ミスカが悠然と瓦礫の上へと立った。

流石に強力な魔術の使用後のため、かなり疲弊しているらしく息が上がっている。

だが流石に魔力の嵐の周辺に居たラーギラは一溜りも無かったらしく、周囲に彼の姿はなかった。

瓦礫に埋まっているのか、それとも防壁が無くなって消し飛んでしまったのか。


「一応手加減はしたから、死んではないと思うけど……」


ミスカがラーギラを探そうと動き始めると、目の前が揺れた。


「えっ……?」


同時に彼女を守っていた魔術壁が砕け散った。

身体から力が抜け膝をつき、倒れ込むように両手をついた。

そして背中の生暖かい感触が増した。


「な、何が……?」


「僕の、勝ちだね。危なかったよ……ホント。避けるのも賭けだった」


ミスカが後ろを確認すると、服装がボロボロになったラーギラが武器を持って立っていた。

再度、背中からミスカを切り付けてきたようだ。

だが「魔力の嵐」を近距離で確かに受けていたはず。

あれを受け切れたとは思えなかった。


「なっ、なんで……!?」


「普通ならこのままトドメを刺す……って所だけど僕はそこまで残酷じゃないし、後で恨まれるのも嫌だしね。ここまでかな」


「なんで……あれを受けて、なんともないの……?」


「それはひ、み、つ。まぁ生き残れてまた会えたら、教えてあげるよ」


勝ち誇った笑顔を浮かべ、ラーギラはトンネルの出口の方へと駆け出して行った。


「ま、待ちなさい……!」


ミスカがふらついた身体で立ち上がり、追いかけようとする。

だが、上空から降ってきた巨大な何かの振動で、再びしりもちをついた。


「パ、パイプ……? ハッ!」


トンネルには、長い空間を支える為の建材や生活排水を処理するための大型の下水パイプも敷設されている。

それが、先ほどの攻撃により破壊され、落ちてきていた。

周囲にいくつものパイプが降りそそぎ、轟音を立てていく。

どれも何百キロはありそうなぐらい重厚で、下敷きになれば一溜りもない。

戦闘後のため、もう自分を守る魔術防壁は破壊されている。

命中すれば生身で受けるしかなく、それは死以外の何物でもなかった。


「きゃああああっ!!」


大きなパイプのの一つがミスカへと落ちてきた。

死ぬ―――と背筋に悪寒が走った。

その事実に、思わず目を伏せた。


―――ガァン!!


ミスカの身体に強烈な振動が伝わった。

だが、痛みが無かった。


(えっ……?)


「ふんぬっ!! ぐうううう!!」


目を開くと、倒れたミスカを跨ぐようにしてニュクスが立っていた。

彼はミスカのすぐ上に落ちてきた大きな鋼鉄のパイプを受け止めていた。


「あ……あなた……!」


「ば、馬鹿ッ! 早くどけッ!! そんなに長く支えてらんねぇ!!」


ニュクスの声に反応し、ミスカが這い出すようにその場を離れた。

それと同時に鉄パイプを横へと投げ出す。


「はぁー……はぁ~~~……クッソ、何百キロあんだこれ……っつ~~~、腰が……」


ミスカはその場に座ったまま、ニュクスを見もしなかった。

どうやら負けた事にショックを受けているようだった。


「……」


ニュクスは、彼女が何か失敗したら一言からかってやろうと前々から思っていた。

が、いざ絶好のチャンスになると彼女の悲壮な感じに、やる気が失せてしまった。

どうしようか考えていると、ミスカが言った。


「どうして……何も言わないのよ。絶好の機会でしょ。無能を笑うのに」


まさに自分が考えていたことを言い当てられ、思わずニュクスは頬を掻いた。

続けてミスカが言った。


「笑いなさいよ……高位の称号持ってるのに、コソ泥一人に惨敗するダメ女を」


ニュクスは大きく溜息を吐くと、ミスカの身体を持ち上げた。

昼間のガダルとの戦闘で破壊されたアームド・シェル越しに手で背中を持ち、両足をもう片手で持って抱きかかえる格好になった。


「えっ!? なっ……!」


「とりあえずここ出るぞ。トンネルがまだ揺れてやがる。また建材が振ってくるかもしんねぇ」


ニュクスがミスカを持ち上げると、液体の感覚が手から伝わった。

かなり出血している。

彼女は大したことは無いと思っているようだが、判断するまでもなく深手だった。


(うっ、何だこの怪我……!?)


「は、離しなさい! 一人で出れるわ!」


「動くな。その怪我じゃふらついて無理だろうが! いいから大人しくしてろ。罵倒は後で聞くからよう」


トンネルが揺れ始めた。まだ崩れるのだろう。

ミスカが暴れるかも、と思ったがニュクスは彼女を抱きかかえたままトンネルの出口へと走った。

案の定、いくつか建材が振ってきたがニュクスはうまくそれを回避していく。


(普段重いモンばっか持ってたのがここで役に立つとはな……)


臨時のやる仕事は、荷物を抱えて動き回るものも少なくない。

ミスカの体重がどれぐらいかはわからないが、

少なくとも自分が普段持っているものよりは遥かに軽かった。

ミスカはそれを知らずか、自分を持って走るニュクスに驚いていた。


(なんで、こいつ……人持ったままで、こんな早いのよ……)


小柄な身体は子供のようだが、鍛えられた両腕は猛獣のようで高い熱を帯びている。その身体も、頑強であるのが自分の身を預けているとよくわかった。

強い意志を宿した瞳は、天井から様々な危険物が降り注ぐ中でも光を失わず、

進むべき道をはっきりと見通していた。


「クソ、もう流石に見えねぇか……」


トンネルを出ると、当然ながらラーギラは逃げた後だった。

追いかけるにも、もう手掛かりは何もなく二人は普段使っていた宿へと

戻る事を余儀なくされた。


「あ……ミスカさん、ニュクスさん」


「レオマリさん! 戻りました! ちょっとすぐ治療をお願い……って、誰ですか? その人たちは」


ミスカを連れて戻ると、自分が使っていた部屋でレオマリと宿の主人たち。

そして見慣れない人たちがやってきているのが目に入った。


「どうも。リハールの公官の方ですかな? 私は……パシバの街の執政官の一人です」


(あっ……やべ、この流れは……)


部屋にやってきていたのは、騒ぎを聞きつけてきたパシバの街のお偉いさん方たちだった。

街の区画を繋ぐトンネル内で、大事故を起こしてしまったのだ。

彼らの顔には青筋が浮かび上がらんばかりの怒りの表情が見て取れた。

まぁ、当然の帰結というものだろう。

それからたっぷり1時間ほど―――こっぴどく叱られてしまった。



「はー……長かった。お偉いさんに怒られるのは慣れてるが、今回も長かったぜ……」


夜の8時を過ぎた頃、やっと説教は終わった。

何故か終始俺が平謝りの状態で、ずっと怒られていた。

ミスカは怪我をしていたためすぐ治療に入ってしまい、同じ公官であるという理由で

俺が矢面に立つことになってしまった。

全く俺がやっていない事で怒られるのもあったが、お偉いさんの相手はとにかく疲れるものだ。


(こういう時だけ正規職員と同じような扱いをされるんだからなぁ、もう……)


「もう何もできませんね……この時間だと。それに……ミスカさんも怪我してますし」


「ええ。怪我の具合は、どんな感じなんですか?」


ミスカは抱えて戻る間は愚痴を吐く余裕があったものの、

宿に近づくにつれて、彼女は段々と具合が悪くなっていった。

そして、宿へ辿り着くなり気を失ってしまった。

背中からの大出血で服がべっとりとしていて、かなりのダメージであるのはミスカを抱えた時に気付いていた。

だからトンネルから出た後も、そのまま抱えて戻ってきたのである。


「……結構な深手です。魔術壁が無くなった所を思い切りやられたみたいで。明日いっぱい位は治療に専念しないと危ないです」


(あんの野郎……)


思い切り拳を握り込む。

今晩会う予定だが、一発殴ってやりたい気分だった。


「それじゃ、俺はちょっと出てきます」


「えっ? まだラーギラを探すんですか?」


「まぁ、聞き込みぐらいはちょっとしておこうかなって。それに……こいつの修理があるんで」


俺は今日一日で、大分壊れてしまった自分のアームド・シェルを見せた。

ガダルと戦った時のいざこざと、ミスカを助けた時の鉄パイプの受け止めで、かなりガタがきてしまっていた。

鋼の装甲は所々剥げており、組み込まれている魔法起動用回路は剥き出しになってしまっている。


「わかりました。私はミスカさんの治療があるので……」


俺が出ていこうとすると、彼女は謝罪の言葉を投げかけてきた。


「すみません。あの後、私も後を追ったんですが……」


「……気にしないで下さい。レオマリさんのせいじゃないですよ。俺も、追いつけなかったのは同じなんで。ってか、俺の方がその場に居た分、責任は重いですわ」


俺は責任を感じていた。

ここまで深手を負うような戦いになるとは思わなかったからだ。

敗北したミスカを責める気にならなかったのは、そんな後ろめたさもあった。

レオマリにミスカを診てもらうのを任せ、俺は夜の街へと出た。

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