08:サモン・カードの対戦者
「子供? 子供は余り見ないが……そうだな。そう言えば結構前に子供がやってきてバカ勝ちしてたような気がするな。見ない顔だったから憶えてるよ」
「どんな奴だったか、詳しく聞かせてもらっていいか?」
「う~ん……悪い。余り詳しくは……」
やはり一々顔なんて覚えては居ないのだろう。
次へ行こうとしていると、ポーカーのマスターは言った。
「そうだ。そういえば、ミノセって奴がそいつが一緒にチーム組んでたな」
「ミノセ?」
「ここでいつもサモンカードばっかりやってる奴だよ。あいつに聞けばわかるかもしれない。ただ……あいつはガメつい奴だから、すんなりとは教えて貰えないのを覚悟しておくことだね」
俺は「わかった」と短く答えると、ミスカと二人でミノセの所へ向かった。
ミノセが居ると聞いたのは、裏賭博場の最奥部である「サモンカード」のエリアだった。
ガダル達がハマっているサモン・カードは賭博場でも一際人気のゲームであるため、
最も大きなエリアでゲームが開催されている。
「あれ……何なの?」
ミスカが指を差した方向で、ゲームが行われていた。
地面に四角形のマスがあり、碁盤の目のように陣が描かれている。
その2つに人間が立っていて、他の場所には怪物(クリーチャー)の姿があった。
「あれがサモンカードだ。ここで一番人気のあるギャンブルさ」
「クリーチャーを戦わせてるの?」
「ああ。といってもあれは魔力で出来たつくりもので、実際には本物じゃないがな。創成魔導士ってのがゲームに使うために作った疑似的な生き物だ」
「へぇ……面白そうね」
俺はサモン・カードの大まかなルールを説明した。
ルールはそこまで複雑ではない。
まずカードには5種類あり、クリーチャー、罠、アイテム、スキル、地形がある。
プレイヤーは30枚のカードでデッキを作り、その中から好きな3枚を持つ。
碁盤目状のステージには選ばなかったカードが敷き詰められていて、それを拾いながら戦うのだ。プレイヤーには体力のポイントが2000ほど与えられていて、それがゼロになると負けとなる。
「5種類もカードあるの?」
「ああ。対戦者は30枚で作ったカードの山……これをデッキって言うんだが、プレイヤーは戦闘開始前にそこから3枚まで好きなように取ることが出来る」
「3枚だけ……? 残りはどうなるの?」
「残りはフィールド上に散らばる。それを拾って使いながら戦うんだ。大体、皆クリーチャー1体とアイテム1、後はトラップかスキルだな」
「それって相手のカードも取れちゃうって事じゃないの?」
「ああ、勿論取れる。敵のクリーチャーだろうと何だろうとな。ただし敵側のクリーチャーは出しても魔力を与え続けないと命令を聞いてくれない」
「それは主人じゃないからって事?」
「半分その通りだ。自分が元々用意した奴でも魔力は必要になる。ただ相手のものだと反抗するからより多く必要になるってわけだ。そこが面白いんだ。知性の低いクリーチャーなら支配するのにエネルギーが少なくて済むが、逆に相手に取られた時も大して負荷を掛けることが出来ない。だから取られる事を想定して、自分のデッキに罠のカードを混ぜておいたりする奴もいる」
このゲームの面白い所は、相手が用意したカードも自分で使う事が可能であるという事だ。また一度自分のカードを拾っても、例えばモンスターのカードが戦闘で破壊されるとまたフィールドのどこかに出てくる。
それを拾い直せばまた使えるが、戦闘中に狙って拾い直すのは容易ではない。
またクリーチャーは支配して操るのに魔力が必要になる。知性の高いクリーチャーほど支配するためにエネルギーが必要で、このバランスも考えて戦略を練らなくてはならないのだ。
「ゲームの勝敗だが、特殊な防御フィールドを自分に張ってそれが壊されるまでダメージを受けてしまうと負けになる。シールド値はステージの魔粒子掲示板に表示されるからそれを見ればわかる。あと……カード以外で自前の魔法は使ってはならないってぐらいか。これは破ると即敗北の上、観客とゲームマスター達からの印象がすこぶる悪くなる。気を付けてくれ」
「まぁ、ゲームにならないでしょうからね」
(う~む……ちょっと久しぶりに遊びたいと思ったが、今はそれどころじゃないな)
サモンカードは俺もやっていたことがある。
持ち前のゲームの嗅覚を生かし、そこそこいい勝率を誇っていたので俺は結構ここでは名前が知られている人間だ。ただ、金が無いので大きな勝負はやっていない。
自分で言うのも何だが知る人ぞ知る強者……ぐらいにはなれているだろうと思っている。
「おや? ニュクスか……お前また観戦か? お前がもしやるなら久しぶりに賭けるぞ」
「ニュクスじゃあねぇえかぁ~~~景気はいいのかぁ? 手持ちがねぇなら貸してやるぜぇ……?」
「悪いが今日は遊びに来たんじゃないんだ。人探しだ」
俺がアンダーグラウンドな連中に声をかけられて話していると、ミスカが意外そうに言った。
「あなた、こういう所で顔が効くのね。意外だわ」
「見慣れてるだけだ。あいつらは知り合いだが味方ってほどじゃない。さて……」
何人かに話を聞いて、ミノセの居場所も突き止めた。
彼はカードの競技場の中でも、最も巨大なエリアである「大草原」の裏側に居た。
盗賊のラーギラとつるんでいたというので、てっきり髭面で強面のオッサンかと思っていたが、
ミノセは意外にも若い男だった。
「あなたがミノセね?」
「ありゃりゃ? 次の子はちょっと服装が変だねぇ~」
ミスカが話しかけると、女性に囲まれている青年は笑いながら言った。
金髪に緑色の目、身に着けている貴金属の多さから相当に裕福な人間であるのがわかった。真っ白な外套に身を包んだ装いは、中東の王族とかを思わせる感じだ。
ガダルより育ちがいい感じの見た目だが、こっちはよりズル賢そうな印象である。
(もしかして貴族か何かか……? こりゃ面倒そうだな)
「あたしは魔公官のミスカ。あなたに話があってきたわ」
「話って?」
「ちょっと人探しをしてるの。ラーギラって名前に聞き覚えないかしら? 話を聞いてくと、あなたと少し前にチームを組んでた人みたいなんだけど」
「ああ、あいつか。確かに憶えてるよ。一緒にチームを組んでた。でも……タダで教える気はないかな」
想定していた通りの答えに、ミスカは「じゃあいくらで?」と訊ねた。
俺はこの手の相手にただの金払いで解決できるとは思えない、と思っていたがその予感は当たった。
「それじゃさ。今日と明日一杯、僕と付き合ってくれないか?」
「お断りさせてもらうわ」
当然ながらミスカは即答だった。色事には全く興味が無いらしいので当たり前か。
魔女というのは自分よりも強くないと、男を交際の相手としては認めないとされており高位の魔女ほど結婚する事は中々ないらしいとの事だ。
どうやらミノセは周りに侍らせている美女たちの中にミスカを加えたいようだが、
元々そんな時間も無いのだから無理な話である。
しかしミノセは予想していたようで、微笑を浮かべながら言った。
「なら……サモンカードで勝負しないか。勝てたら話すよ」
「負けたら?」
「その時は大人しく最初言った通り付き合ってもらおうかな」
やっぱりこういう相手か、と俺は溜息を洩らしながら事の顛末を見守る事にした。
いざとなったら、やる事はひとつしかないと思いつつ。
■
「お前多分負けるだろうけど、硬くなるなよ」
「何言ってんのよ。こんなゲームであたしが負けるわけないわ」
デッキが無いミスカは、賭博場のカード売り場で適当にカードを買い漁りデッキを作成した。
どうやら思っていたより彼女はお金を持っているようで、あっさりと中堅以上のレベルのカードでデッキを作成した。
そして20分ほど、俺が簡単にレクチャーをしてから対戦となった。
「さて、それじゃあやってやろうじゃないの」
(あーあ、ありゃ負けるな……)
ミスカのあの顔は「こんなゲームなんて楽勝」と思っている顔だ。
最低限のレクチャーはしたが、サモンカードは思ったよりも奥が深いゲームである。
現実の世界でもゲーム内ゲームとして、別にパッケージ化もされたほどでXYZのようにプロも居て、大人も結構な数がやっているぐらいだ。そのぐらい奥が深い。
始めたばかりの初心者では、まずあのミノセという奴には勝てないだろう。
俺はそう思いながらも、とりあえずはバトルの行く末を見守る事にした。
「それじゃあ……レイス召喚!!」
ミノセが一体目のクリーチャーを召喚し、傍に置いた。
幽霊のような魔物である「レイス」だ。
真っ白な布の塊のような怨霊のクリーチャーだが、多少の物理的な戦闘もできる。
(ん? レイス……だって? なんで一体目に?)
俺はそれに微妙に不審さを感じた。
サモンカードで最初に呼び出す魔物は「ガーダー」と呼ばれる役目を担う。
プレイヤーにはHPを示す特殊なバリアがゲーム開始時に掛かるが、それが切れると敗北となるのでクリーチャーを守りとして置くわけだ。
だからこの最初に防御役にする魔物は、ある程度タフな奴にする。普通ならば。
しかしレイスは霊体のクリーチャーであるため物理的にも魔法的にも脆くガード役としては適さないのだ。
「それじゃあたしは……”ウルフナイト”召喚!」
ミスカもクリーチャーを呼び出し、傍に置いた。
ウルフナイト。文字通り人狼の姿をした騎士の怪物である。
防御力とスピードに優れ、ある程度の近接戦もこなせるタフなキャラである。
その上で忠誠心の高さで操作もしやすい。
まさにガーダー役としてこれ以上は中々ないカードだ。
結構なレアカードなのだが、彼女は運がいいようだ。
「それじゃ早速、いくわよ!!」
ミスカは適当に付近のカードを取りながら、一直線にミノセへと向かっていった。
そしてそのままミノセへと対峙した。
「見つけた!」
これは非常に危険な動き方である。
拾ったカードが何かろくに確認もしていない。
またガーダー役だけでアタッカー役のクリーチャーを出していない。
カウンターを取ってくれ、どうか罠にかけてくれ、とでも言っているような動きである。最低限のレクチャーはしたつもりだが、バトルのセオリーは実際にやって憶えるしかないので予想はしていたが……。
当然、そういう事をすればどうなるかは明らかだった。
「行きなさい! ウルフナイト!」
ミスカは更に、あろう事かガード役のクリーチャーを突っ込ませた。
そしてレイスをあっさりとかき消した。
これは倒したのではなくクリーチャー自身が消えて雲隠れしたのだろう。
カウンターを警戒しなければならないが、ミスカは全然気にする様子はない。
「っ……!」
「そのまま一気に倒しなさい!」
一瞬、ミノセが焦ったような表情になったが
それは心からの焦りではなく「こんなバカだったとは」という類のもののようだった。
次の瞬間、にやりと微笑むと地面から火を纏った槍がいくつも出現した。
「こんな……簡単なんてね」
そして槍がウルフナイトを幾度も貫き、破壊。
あっさりと光の粒のようになって消えてしまった。
サモンカードで召喚したモンスターは体力が無くなるとこうやって消えていく。
次のガーダー役を出さなければならないが、カードを確認していない為、ミスカの動きが止まってしまった。
ミノセはそこを見逃さず、攻撃をそこで終わらせなかった。
槍はそのまま地面を進むように何度も突き出て、ミスカまで達した。
「えっ!?」
「魔粘虫の束縛!」
ミスカは慌ててガーダー役のクリーチャーを出そうとしたが、周囲から発生した蜘蛛の糸のようなものに
腕を絡めとられた。そしてカードが発動させられず、手、腕、そして足へと糸が伸びて釘付けにされてしまった。
そして地面から槍が彼女に襲い掛かり、そのまま勝負は決まった。
「うぐっ、ああっ!!」
シールドが破壊され、最後にトドメとばかりにミノセからナイフが飛んできた。
そして、彼女の上着を切り裂いた。
下着までが綺麗に裂かれ、思わずミスカは両手で胸を覆って立ち尽くした。
「そんな……!」
そして、ミスカが立ち尽くしたまま「ゲーム終了」のコールが対戦場に響いた。
余りにもあっさりとしたゲームの幕引きだった。
「まだやるかい?」
「やるわ! まだ負けてない!」
ミスカは全身から魔力を噴出させ、ミノセに敵意をむき出しにした。
その瞬間、そのエネルギーにより会場そのものが僅かに揺れた。
観客の中から小さな悲鳴が聞こえ、ミノセ自身もそれに一瞬怯んだ。
「いいけど、次負けたら僕の恋人になってもらうよ? それに……ここでまさか事を起こす気じゃないだろうね。君は強い人みたいだけど、この賭博場全体を敵見回したらいくら君でもただじゃすまないよ?」
ミノセの宣言で、思わずミスカは続ける言葉に詰まった。
無理もない。今の動きでは次のゲームも確実に負けると言っていいだろう。
俺は溜息を吐きながら、言った。
「次は俺がやる。俺はこいつの同僚だから代わりに受けてもいいだろ?」
「別にいいけど……掛け金は? それとも、彼女を賭けて勝負するのかい?」
「ああ。恋人がどうたらとかはその条件のままでいい。プラス、あと俺の持ち金30万レカを賭ける」
俺が条件を言うとミノセは微妙に眉を吊り上げた。
そして「へぇ」と呆れるような、感心したような声を上げた後に言った。
ちなみに”レカ”というのはこの世界で使われている世界共通通貨の単位である。
おおよそ日本円と同じぐらいの感覚で使われており、金額もほぼ同額ぐらいと思ってよい。
つまり、俺は30万円ほどを今賭けてしまったわけだ。
実に給料にして約2か月と半分だ。
「受けてやるよ。破格過ぎてアレだけどさぁ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!!」
ミスカが跳躍力を挙げる魔術を使い、会場からほんの少し宙を飛んで俺の元へとやってきた。
そして胸倉を掴んで言った。
「勝手に人を賭けの対象にしないで! それにもし負けたら……!」
「負けねーよ、あの程度の奴には。黙って見てろ」
俺はミスカに静かに言うと、そのまま自分のカードを取りに行った。
カウンターに預けている自分のゲーム用のカードを引き出すと、会場でミノセとミスカの戦闘を見ていた観客が騒ぎ始めた。
「お、おいニュクスの奴がやるみたいだぞ!」
「マジかよ! おい賭け口はどこだ!」
やがてニュクスとミノセの対戦準備が終わり、対戦フィールドに二人が立つと
いつの間にか賭けが始まっていた。
参加者はサモンカードエリアに来ていた人間の半数以上が参加していた。
訝し気にミノセは言った。
「なんだ? 突然賭けが……」
「知らねぇのか? ここはそういう場所なんだよ」
カジノは人の欲望が飛び交う場所だ。
夢を掴む為、なんて耳障りの良い言葉で表現される場所だが、それは違う。
俺はここを「戦場」だと思っている。
そして集まっている奴等は血の気の多い野蛮人であり、隙さえあれば
すぐに頭から誰かを噛みちぎってやろうという貪欲な人間たちだ。
そういう奴等は戦いの口実を常に求めている。
だから賭けはいつ何時始まるかわからないのだ。
そこが面白い所でもある。
「何でもいつでも賭けの対象になる。こういうわかりやすく勝ち負けのつく事なら猶更な。しかしお前、やっぱりあんまりここに来た事がねーな?」
俺が少し得意げに言うと僅かに苛立ったのか、ミノセは眉をぴくりとさせた。
それから煽り返すように言ってきた。
「ああ、実を言うとそんなにね。でもここじゃ――僕は負けなしさ。やってる奴等のレベルが低すぎてうんざりするよ」
「さっきの勝負の感想として言ってやるが……それはお前の従者か使用人かあたりが相手をしてくれてたんだろ。あんなレベルじゃあ、普通はカモられるだけだ。そして忠告してやるがよ。あんまり調子乗ってると大やけどするぜ? 特にこういう所ではよう」
俺は最初の3枚を早々に選び、自分の手札としてセットアップを完了した。
それを見ていたミノセも3枚を選び戦闘を開始しようとした。
しかし開始直前、水晶の電光掲示板に表示されたものを見て手が止まった。
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