09:サモン・カードの対戦者(2)

掲示板にはミノセとニュクスの名前が表示されており、その賭けの倍率が描かれている。

それはニュクス「1.2」、ミノセ「15.3」となっていた。

その差実に―――15倍だ。


(何……!? なんだこの倍率は!?)


ミスカもそれを見て、思わず声を上げた。


「何あの数字……? あいつのが弱いってこと?」


「あんさんあれの見方知らんのか? ニュクスのツレみたいだが……」


話しかけてきた初老の乞食のような格好の男に、ミスカは不安げに答えた。

どうも彼女はこういう場所でも賭け率(オッズ)の見方を知らないらしい。


「見方、って……数字が低い方が弱いとかじゃないの?」


「違う違う。あれは的中したら何倍かって数字だ。勝つと思われてる方が基本的には低くなる」


「えっ……? じゃあ、あいつのが強いって事?」


「強いも何も、ありゃ”運営殺しのニュクス”だぞ? 久しぶりにプレイが見れるからワクワクするよ」


初老の男はニュクスに相当な金額を賭けているらしく、大量に換金用らしい券を持っていた。

しかし全く不安など無いようで、笑顔で闘技場へと顔を向けた。

その姿がミスカには不思議に見えた。

負けたら一気に券は紙くずになってしまうというのに。

一瞬にして大金を全て失ってしまうかもしれないのに、楽しそうにしているのが不思議に見えた。


(どういう事……運営殺し、って……?)


フィールドではミノセが一気に顔を険しくしていた。

あれだけ弱い少女の連れだから、恐らく似たような初心者でしかないと思っていたからだ。

しかしこの倍率は明らかにそうではない。

10倍以上の倍率差など余程の事が無い限りは付かないからだ。

それこそ赤子と大人のような明確な差がなければ。


「ストンベルク、召喚」


戦闘が開始されると、ニュクスは大きな犬ほどの生き物を召喚した。

全身がぼやけた灰褐色をしていて体中を鱗が覆っている。

ちろちろと下を出す素振りから、は虫類タイプのクリーチャーである事がわかる。

「何あれ?」とミスカが呟くと隣に居た男が言った。


「ストンベルク。石のトカゲだ。あいつが良く使うガーダーだな」


「石のトカゲ……? なんか鈍そうね」


「動きは鈍く頭は余りよくない。代わりに防御力が高くて、命令を忠実に守る使えるやつさ」


ニュクスはストンベルクに何かを話しかけると、そのままストンベルクだけを先行させた。そしてその後を追いかけるようについていく。

進路はミノセへと真っ直ぐにではなく、フィールドの端を通る道を選んだ。

障害物の多い中央を避けるが、かなり回り道になるようなルートだ。


「?、どうして一気に行かないのかしら?」


「手持ちだけじゃ勝てないってわかってるんだろ」


「えっ? どういう事?」


「サモンカードの戦い方はいくつかに分かれるんだが、ミノセはどう見ても罠(トラップ)型かカウンター型だ。防御側になると強い。カードが揃ってない序盤で力を発揮するから、いきなり仕掛けると不利になるんだよ」


「トラップ……」


ミスカにはそのようなセオリーがある事がわからなかった。

ならば自分がやった事は初心者の動きそのものではないのか、と恥ずかしくなる。

初老の男は訊ねた。


「あんさん本当にニュクスの連れか? こんなセオリーも知らないんだな。そりゃ勝てないわけだ」


「だって……初めてなんだもん……」


「初めてでも賭けは賭けだ。大事なもんを賭けてたら容赦なく奪われる。これに懲りたらあんまり軽率なギャンブルはやらない方がいいぜ。良かったな、ニュクスの奴と一緒で」


「アイツは何をしてるの?」


「罠を調べさせてるんだろう。ストンベルクは防御力が高いが、周辺の危険を察知する能力も高い。先行させて罠を調べながら、カードを拾って溜めてるんだ。一気に勝負をかける為にな」


ミスカはニュクスの動きを、固唾を飲んで見守っていた。

やがて15分程経つとフィールド上にあったカードも大部分が回収され、

不要なカード以外が殆ど落ちていない状態になった。

ニュクスはそれを確認すると一気にミノセへと距離を縮めていった。

やがて見える距離になると、ニュクスはコウモリのような生き物を召喚した。


「バルンハザード召喚! 行けッ!!」


カードを投げた場所から現れたクリーチャーは、コウモリというよりは硬そうな翼を持ったツバメという感じの生き物だ。

それは矢のように飛び、ミノセへと弾丸のごとく向かっていく。

すると地面からいくつも石の板がせり上がった。


「石板(ストンシルド)!!」


一つ一つが盾のようなそれを、ニュクスのバルンハザードが避けていく。

ミノセは更に矢のトラップ、炎が噴き出るトラップでクリーチャーを狙うが、当たらない。

ミスカはそれを見て更にサイドで行われている動きに感心していた。


(両側から更に2体ずつ出してる……!)


ニュクスは傍にストンベルクを置きつつ、バルンハザードに何か呟いて命令を与えている。それを行いつつ―――更にフィールドの脇道にクリーチャーを2体ずつ出して進軍させていた。

片側は大型のカマキリ、オケラのようなクリーチャーで、もう片方は狼とネズミのようなクリーチャー。

ミノセも同じ数を出して同じ道からニュクスの方向へと進軍をさせている。

どちらも5体以上を同時に出して、命令して動かしているのだ。


「あれ、全部命令出してるの……!?」


「ああ。わき道から出してる奴等は簡単な命令で動いてるがな。あんな風に何体も同時に動かすのがこのゲームだ。最低でも5体以上は把握しながらやれねーとゲームにはならないぜ」


(……道理で……)


ニュクスがゲーム前に絶対に勝てない、と言ったわけが良く分かった。

5体以上を同時に動かすレベルのプレイヤーに、1体を動かせるだけの初心者が勝てるはずがない。

サモンカードは、思った以上に奥の深いゲームであるようだった。


「あっ! 味方が!」


小さな悲鳴が聞こえると共に、ニュクスのバルンハザードが空中で感電しているのが見えた。

どうやら電気が伝わる糸のトラップが設置されていたらしく、それに引っかかってしまったようだ。

そして脇道の両軍も戦って潰し合い、ニュクス側が全滅している。

ほぼ相討ちのようだが1体だけミノセ側のクリーチャーが生き残り、ニュクス側へと進軍してきている。

ミスカには形勢はニュクスの方が不利なように見えた。


「な、何やってんのよあいつ……!」


「何だ嬢ちゃん、ニュクスが負けると思ってんのか?」


「だってもうアイツにはガーダーしか居ないじゃない。あのままじゃ……」


初老の男は全く焦る事なく言った。


「いや、もう勝負がほぼついとるぞ。ニュクスが相当有利になっとる。もうミノセの方には手が無い」


「手……? えっ?」


「その証拠に、奴の顔色を見てみろ」


男に言われるままミノセの方を見ると、彼の顔色は青ざめていた。

大粒の汗をかき、必死そうに持っているカードを広げて確認している。

そしてカードを選んで出そうとしているが、手が決まらない。

次の手を考えあぐねているように見えた。


「あいつが焦ってる……?」


「トラップが尽きたんだろう。ニュクスのクリーチャーはやられちまったが、殆どのトラップを解除したんだ。そしてミノセの別動隊も勝つには勝ったが、見てみろ。もうボロボロだ。あれじゃストンベルクは抜けない」


言われてみると生き残ったミノセのクリーチャー、熊のような生き物だが、足取りがふらついている。

そして歩いている傍から血が垂れてきており、深手を負っているのが目に見えて分かった。

確かにあれではまともに戦えるか怪しい。だからどうとでもなる、という事か。


「ニュクスの奴はギリギリ別動隊を潰せるぐらいの奴等を出してぶつけたんだ。だから手札はまだまだ残ってる。でもミノセの奴は頼みのトラップが無くなったから、もう枯渇してる。カードを拾いに行く余裕ももうない。だから勝負はほぼ付いたってわけだ」


ニュクスはミノセの方に近づいていく。

途中、背後から襲ってきた熊のクリーチャーをストンベルクの爪の一撃で葬ると、ミノセと10メートルほどの距離にまで肉薄した。

罠が発動される気配はなく、ミノセには彼の手持ちのレイスだけが残っていた。


「さて……死の使いアーラルド召喚」


ニュクスはストンベルクと共に、新しくアタッカーを出した。

それはかなり大きなネズミのクリーチャーだ。

大鎌を持って黒いローブを羽織った死神のような姿で、いかにも強そうだ。


「普通ならここで降参……の流れだが、賭けでそんな事になるわけもないよな」


「くっ……お、お前、一体何者だ? 何故あんなド初心者の連れがこんな熟練の動きを……!」


「ちょっと暇つぶしに遊んだ事があるだけだ。ゲーム好きなんでな」


トドメを刺すため、ニュクスは命令を出そうとした。

しかし―――今までとは違う不敵な笑みと共に、ミノセは煙玉を周囲にばら撒いた。

逃げる為の煙幕か? と思ったが、ニュクスは周囲が煙に包まれる前にミノセが懐に手を入れる所を見た。

そして高らかに何か叫び、クリーチャーを呼び出すのを見た。


(なんだ……?)


ミノセには、もうガーダーのレイスしか手持ちのクリーチャーは無いはずだ。

次が出せるのならトラップカードが無いため近づかれる前に複数を出しているはず。

この状況で出すものとは? と身構えていたが、それは煙の中から程なく姿を現した。

正確には姿ではなく”首を”だったが。


「うっ!?」


トカゲの頭のようなものが、周囲を薙ぎ払った。

アーラルドに食らいつこうとしたので、すぐに回避させると彼が居た場所に大きな噛み穴が穿たれた。

そして煙の中から現れたのは―――大型の竜のクリーチャーだった。


「これが僕の切り札さ……行け、”棘竜ミ・ゴル”!!」


それは全身の様々な部分からトゲが生えている。

その一つ一つが毒々しい色をしており、体当たりなど受けようものなら一瞬で身体が病魔に冒されそうだ。

ミ・ゴルは獰猛そうな呼吸を発しながら、こちらの方を見ていた。

吐き出す息も紫色をしており、吹きかけられるとタダでは済まさなそうだ。

大きさは5メートルほどはあるだろうか。アパートの2階~3階ぐらいには届きそうなサイズだった。


(こいつ、今カードを懐から出しやがったな……!)


恐らくこいつがミノセの真の切り札なのだろう。

それもゲームには登録していない、隠し持っていたイカサマカードだ。

このゲームはカードにコストが設定されており、全体で一定以上のコストのカードは入れられない。

ドラゴンのような大型かつ強力なクリーチャーは、早々入れられないのだ。

ルールを無視して出してきた……という事はこれが本当に最後の切り札という事か。


「ゴアアアア!!」


地形を破壊しながら、ミ・ゴルが突撃してくる。

俺はクリーチャー達と離れ、散開しながら下がった。


(どうする……?)


ドラゴンのような手ごわい相手は、正面からでは戦えない。

こいつは本来はデッキの中核部分になるクリーチャーなので、そもそもこんな終盤で出されるようなヤツではない。

最初に出され、取り巻きのザコが追加で召喚されながら進軍してきて、止められるかどうかで勝負が決まる。そんな相手だ。


(残っている手札は……これだけか)


一応、あとクリーチャーカードは数枚残っているが、戦闘力は微妙な奴ばかりだ。

あとはほぼトラップやアイテムカードである。

ストンベルクとアーラルドが倒されると、勝てる見込みはかなり低い。

俺は考えを巡らせ勝てる為の算段を整えた。

面倒ではあったが、それは程なく考え付いた。


「これしかないな……大体勝率は半々ぐらいか」


ある程度下がって高低差の大きな場所へ出ると、俺は手持ちのカードを一気に発動させた。

周囲にアイテムカードから出現した薬のビン、液体の入った水瓶や玩具などが散らばる。最後に、手持ちラストのクリーチャー3体が場に現れた。

アリ、兎、猫が大型犬ぐらいのサイズになったクリーチャーだ。

どれも中堅レベルの強さはあるが、ドラゴンに大してメインで戦えるような奴等ではない。

ストンベルクとアーラルドには更に別の命令を出し、その場で待機した。


「観念したか……トドメだ!!」


ミノセの命令でミ・ゴルが地面を踏み鳴らし、地震を起こした。

ニュクスはクリーチャーと共に更に散開し、ターゲットを散らすが

ミ・ゴルの毒のブレスで周囲を一気に薙ぎ払われた。

牽制に出していた三体が一瞬で中毒死し、ニュクスもダメージを負っていく。


(もうちょっとだ……!)


ミノセは周囲にバラまかれたアイテムを、盛大に破壊していく。

その中には薬ビンや怪しげな黒い粉の詰まった玉などもあるのだが、ミノセはもう勝利を確信しているため全く注意を払っていない。

やがて一通りのアイテムを破壊し終わるとミ・ゴルに逃げ道も崩され、塞がれてしまった。


「しまった……!」


俺がゆっくりと振り向くと、そこには得意げにしているドラゴンの姿があった。

もう逃げられない獲物相手に、どうやって料理してやろうかと考えている段階のようだった。

その背後の高台から、ミノセも姿を現した。


「さて、これでお前に賭けている奴等は大損、ってわけか」


「それはどうかな? まだ俺には奥の手があるかもしれないぜ?」


「手札がもう一枚の無い奴が……ほざくなッ!!」


ミノセが命令すると、ミ・ゴルが口を開けてブレス前の深呼吸を始めた。

次にその息が強い毒気を持って吐き出されれば、俺は間違いなくゲーム・オーバーだろう。

だが俺は動じなかった。これは確かにトドメだが、俺のものではないからだ。


「アーラルド!」


俺の頭上からアーラルドが現れると、地面を鎌で擦って盛大に火花をまき散らした。

するとそれがミ・ゴルの吸い込む空気に紛れていき、大炎上を起こした。

口の中から火をまき散らし、ミ・ゴルの頭部が火に包まれていく。


「なっ……!? こ、これは!?」


「そいつの吐く息は毒ブレスだが、発火性のあるブレスでもある。さらに、さっき壊したアイテムカードの中に火薬と高純度のアルコールを混ぜといたから、しばらくは燃え盛るってわけだ!」


「はっ、な、何かと思えば……ドラゴンは火ぐらいでは死なん!!」


ミノセが冷静になるようにドラゴンへと命令する。

確かにドラゴンは生命力が強いため、身体が火に包まれた程度では死ぬ事は少ない。

ただ、火に強いかどうかは種類によって異なる。

ミ・ゴルが首を振り回して火を消そうとするが、可燃性の液体も吸い込んでいたために中々消えない。


「確かに死にはしない。ただそいつは火に弱い種類だ。動きを長く止めるぐらいはできる。お前に―――トドメを刺すぐらいの間はな!!」


ミノセの足元から突然槍が突き出した。

それに気を取られた隙に、背後から潜ませていたストンベルクがミノセへと襲い掛かった。


「ぐっ!? ふ、伏兵と罠だと……!?」


一気に体力が削られ、ミノセはレイスを慌ててて前へと出した。

だが、更にそこにニュクスの元から高く跳躍してきたアーラルドが現れた。

気を取られていたミノセが頭だけを振り向かせると、もう鎌は振り下ろされていた。


「あっ……」


空気中に白い膜のようなものが現れ、それにヒビが入って砕け散った。

プレイヤーを守っていたシールドが耐久力を超えて破壊された光景だった。

その瞬間、ミノセの敗北が決まった。

バトルが終わると、俺は崩れ落ちるミノセの前へとやって来た。


「さて……俺の勝ちだな。それじゃ、ラーギラの件について話してもらうぜ」


「ま、待て! まだ終わっていない! 僕は負けて……」


俺はミノセの首根っこを掴むと、彼を引き寄せて言った。


「お前……あんなチートカードまで使って、まだそんな事言うのか?」


更に俺がミノセへと言うと、彼の表情は凍り付いた。


「ここであんな素人目に見てもわかるイカサマをすりゃあ、どうなるかわかるよな? 俺が黙ってりゃあ、問題にはならないが……どうするんだ?」


これはミノセのためでもある。

観客のほとんどは彼のイカサマに気付いている。流石にコストのルールがわかっているからだ。

俺が黙っていれば彼には軽蔑のまなざしが向けられるだけで済むだろうが、焚き付ければミノセを観客たちと共に袋叩きにすることもできるのだ。

ミノセは返す言葉を見つける事が出来ず、そのままうなだれるようにして両手を地面につけた。

その後はイカサマである事を追求する奴等をなだめたり、フリーバトルの誘いを蹴ったりでしばらくごたついたが、1時間ほどしてやっとの事でミノセと話せる状態となった。

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