07:カジノへと赴いて

(言われてみれば……俺は何で公官でいるんだっけか?)


XYZには選べる仕事が沢山ある。

最も基本的な冒険者、各地にある遺跡(ダンジョン)をめぐる”探索者”とかのメジャーなものから特殊な道具を作成する魔道具師とか、鍛冶屋、マギ・クラフター。釣り人とか職業は色んなものがある。

どれかに就いてXYZの物語をプレイヤーは生き抜いていく、というのが基本的なスタイルであり、物語を効率的に進めて行くには適した職業に就くのがコツなのだが……。

リハール国家魔法公務総合執政官、もとい「公務員」なんてゲームプレイには余り適していない職業である。

冒険者だとかと違ってやらなくてはならない仕事が降りかかってくるし、自由度は落ちる。

普通のプレイヤーならば自由度が高くて楽に動き回れる「冒険者」か「探索者」でキャラメイクをするものだ。

なのに―――俺は結局は別の職業に就くわけでもなく、魔公官に収まったままでいる。


(気楽だから? それとも、ゲームであると意識してなかったから……?)


何か別に理由があったような気がするが、思い出せない。

このニュクスの職業として、キャラメイクを行った時に何らかの理由で設定した憶えがあるのだが……。


(キャラメイクで適当に選んだ? いや……違うか)


まあ思い出せなくても当たり前だろう。

自分のステータスすらシートを見るまでわからなかった位なんだから。

キャラクターシートを見て、スキルやら能力などはわかったが、結局、このニュクスを自分がいつ作成したのかを思い出すには至らなかった。

言葉につまっているとミスカが見下した風に言ってきた。


「バッカみたい。結局すぐに答えられない程度なのね」


「うるせぇな、いいだろう別に」


「生活のため、って所かしら? あなたもせいぜい、その程度の覚悟だから臨時のままなのよ」


ミスカは人の痛い所を的確に突いて言ってくる。

目元が見えないので黙っていると考えている事が分りにくいが、彼女自身はかなり頭が回る。

単純な言い合いでもガダル達には引けを取った事はないのだ。

悔しいが反論するには色々と憶えていない事が多すぎた。


「別に臨時なのは試験に受かってないだけだ。色々あってな。そういうお前は……魔女のクセになんで公官なんてやってるんだよ?」


「それは……」


苦し紛れに返した言葉は、ミスカの何か痛い所を突いたようでしばらく彼女は答えに迷っていた。

俺は逆にそれが気になり続けて訊ねた。


「なんだ? そんな大層な理由でもあんのか?」


クログトのとある場所に「ドミュラ」と呼ばれる都市がある。

そこは魔女が主体となって統治する「魔女の都」で、通称「紫の都」という。

そこはクログトからの干渉を一切受けない独立した都市国家となっていて、

いわば巨大なるひとつの国が、巨大な魔術文明の中にある状態となっている。

魔女というのはその中核を成す一種の戦闘民族といっても良かった。

つまり魔女というのは特別な訓練を受けた精鋭の女性魔術師であり、単純に女性の魔法使いは魔女と呼ばないのだ。

無論、クログトを出て別の領域で仕事をする魔女もいるが、待遇や力を磨く環境としては紫の都には及ばない。

だから力のある魔女がわざわざ別の国で働くのは結構珍しい事だった。


「私は……」


ミスカは理由を言い辛そうにしていた。

だが最初に彼女の方からこちらに訊ねた以上、答えない訳にも行かず、渋々話し始めた。


「世界を、見てみたかったのよ」


「世界を見たかった……?」


「ええ。確かに魔女はドミュラに居れば、力を磨くのには事欠かないわ。ライバルだって沢山居た。でも……ドミュラの中にずっと居たら、そこで色んなものが止まってしまう気がしたのよ。部屋の中から出ないで沢山の本だけを見て、世界を知った気になってしまうみたいに」


夜になりつつある空を見上げ、、酷暑の空気が夜の寒い空気へと移り変わりつつある中で、彼女は言った。


「私は―――ゼヤナ様や、ジャスティナ様のようになりたいの。だからドミュラを出てリハールに来た」


「ゼヤナ……ってあの魔女瑠禍って奴か。ジャスティナ様は知ってるが」


魔女というものには階級があって、魔女○○という形でその力が現される。

力の弱い子供などは魔女実爾(まじょみに)とか弱そうな呼び方をされていて、強くなると魔女帝雷(まじょてら)とかの強そうな呼び方に変わる。

昔のヤンキーが当て字をやるみたいな読み方だが、魔女の階級を如実に表しており、ひとつ階級が違えば魔女は5倍~10倍ぐらいの力の差があると言う話だ。

そして最高位には双子の魔女が居てそれぞれを「魔女瑠禍(まじょるか)」と「魔女璃炬(まじょりこ)」という。

前者は世界を当て所もなく放浪している最強の黒魔術師にして魔女「ゼヤナ」。

そして後者は魔法文明リハールの中央国家のひとつ星の都ラグラジュに座する魔女王「ジャスティナ」の事を指している。


「ゼヤナ”様”よ。ちゃんと付けなさい。不敬ってものよ」


「んな事言われても……会った事もねぇしなぁ」


「学が無い相手には言うだけ無駄ってものかしらね」


こちらが皮肉っぽく言うとミスカも皮肉っぽく返してくる。

いい加減、このやり取りにうんざりした所でラーギラを探す方に集中することにした。ミスカの機嫌を損ねてしまったようだが、どうせ様付けで呼んだ所で何も改善されないだろうし、これでいい。

そもそも自分が知る限り、ゼヤナは気まぐれ極まりない魔女であるらしく殆ど目撃情報が無い。

だからどんな姿をしているのかもよく知られていない。


「ジャスティナ様なら……充分呼ぶに値すると思うがな」


「ゼヤナ様も同じぐらい偉大な方よ。一度でも会った事があれば、きっとそう思うわ」


「お前は会った事あるのか?」


「あるわ。子供の頃に一度だけで、顔も見れなかったけど……でも声を聞くだけで、その力に触れるだけでも偉大な方だってわかったわ」


遠くで建物に夜の明かりが灯るのを見ながら、ミスカは言った。


「どっちかというとジャスティナ様よりも、あたしの目標はあの方ね」


「ま、そこまで言う程、って事はすごい奴なんだろうな」


プライドの高い彼女にここまで言わせる魔女なのだから、さぞかし凄まじい力の持ち主なのだろう。

ジャスティナ様も同じく、一度だけ議会に現れたのを遠くから見た事があるが、

確かに形容しがたい雰囲気を纏っていて、見ただけで思わず平伏してしまいそうな気分になってしまった。

強力な魔法使いや魔術師というのは、身体から発する源子の力も強い為、周囲の生物を自然と魅了する力があるというが、それなのかもしれない。



俺はいつの間にかミスカと共に聞き込みをしていた。

正直言うと一人でやりたいのだが、ミスカの方は今まで調べていない場所を

重点的にやりたいらしく、俺が行く場所についてくる気のようだった。

やがて俺は、いつもの裏賭博場(カジノ)へとやってきた。


「ここ……どこなの?」


裏賭博場は、意外にも街の中心部にある。

一番大きなポーションカウンター「レイディアント・グラス」という店があって、

そこの奥にある土産物屋を通り、トイレの更に中にある隠し階段を降りた地下にある場所だ。

ある程度生活して街の情勢に精通していれば、ここの事は嫌でも耳に入ってくる。


「ここはパシバの裏賭博場。いわゆる「カジノ」って奴だ。あんまり大きな声で自分が公官って言うなよ? 迷惑になるんだから」


「カジノ? あなた、こんなところに来てるの?」


「ああ、気が向いた時にな。言っとくがここは違法じゃないが、かといって合法でもない微妙な場所だから、くれぐれも面倒は起こさないでくれよ」


「例えば?」


「そうだな……賞金首や犯罪者を見つけて、いきなり逮捕しようとするとかだ。そういうのは街全体が敵に回りかねないから止めてくれ。街から出なくちゃいけなくなっちまう」


「でも見つけたら捕まえるのがあたしの役目よ?」


「それはカジノの外でやるんだ。跡をつけて外に出た時に捕まえるとかにしてな。とにかく、この中で揉め事は起こさない事。それだけは約束してくれ。じゃなけりゃ、俺は中での捜査には協力できない」


「う~ん……わかったわ。でも別に力を借りる気はないわ。こっちはこっちでやるから」


ミスカは少し嫌そうに答えた。

格下の人間の手を借りるのが嫌なのだろう。

実を言うとミスカとは別の仕事で度々一緒になる事がある。

ただその理由は彼女が俺を好きとかではなく、彼女と組みたい奴が居ないからだ。

毒舌かつ実力主義者で、実際に戦闘能力はリハール屈指のレベルとなるとそりゃそうもなるだろうと思う。


(よく見ておかないとな……)


全く、コイツの性格だと平気で街全体を敵に回しそうで正直気が気でない。

怖いのは街全体を敵に回しても普通に勝ってしまいそうな所である。

魔女というのはそれぐらい強いと言われているのだ。

その魔女の中でもハイクラスなのだから、そう言っても過言ではない。


「はいはいはい~男女一人ずつか。あれ……? あら、ニュクスじゃねぇか。お前来たのかよ」


「よう。ヒュンドー」


入り口までやってくると、背の曲がった小柄な男が親し気に話しかけてきた。

小汚いホームレスのような格好をしているのだが、不釣り合いな貴金属を身に着けている。

怪しげな雰囲気の男だが、知り合いだ。

彼の名は「ヒュンドー」というここの顔役である。

色々な場所に客を案内したり、イカサマ有の勝負に金持ちを巻き込む「手配屋」という奴である。

俺はここに何度も来ているうちにこいつと顔馴染みになっていた。

ヒュンドーは面白いものでも見つけたように笑顔になり、話しかけてきた。


「今日も観戦か?」


「まぁな。遊べそうなら遊ぶが……」


「お~? 何だお前よぉ、彼女連れか? いつも一人だったのにぉ? しかも……かわいい感じじゃあねぇか」


その言葉を言い終わるか終わらないかの内に、俺はヒュンドーの肩を掴んだ。

そして、そのまま引きずってミスカから離れた。


「お、おい! 何しやがるんだ!」


「今日は茶化さないでくれ。あいつは彼女とかじゃなく同僚の魔公官だ。上級職員で、それも魔女だ」


「いっ!? あ、あれが……?」


「そう、魔女だ。それも魔女綺羅とか言ったか、かなり高位の奴だ。怒らせるとヤバイ。だから変に挑発はしないでくれ」


「な、何でそんなのが……ここに捜査にでもきたのか?」


「それとはちょっと違うが、人探しだ。変な事はしないし、俺がさせないから安心しろ」


「ふ~ん……まぁ、お前さんが言うなら……しかし上級職員ってなら金持ってそうだなぁ。いい客になりそうだ」


ヒュンドーがぺろりと下で上唇を舐めながら言うと、俺はヒュンドーに顔を近づけて言った。


「俺が居るのに、それを言うのか?」


「うっ……そ、それは……わ、わかったよ。くれぐれも面倒は起こすんじゃねぇぞ!」


ヒュンドーと話を付けると、ミスカの所に戻って話を続けた。


「くそう、入っていいぞ。ゲームの説明はどうする?」


「俺が付いていくから俺がやろう。それでいいだろ?」


「わかった。まぁ……お前さんなら大体知ってるだろうしな」


ヒュンドーは鼻を鳴らして微妙に不愉快そうな捨て台詞を言うと、あっさりと引っ込んで行った。

俺はここで結構遊んでいるから、中でやっているゲームのルールは殆ど知っている。

無論イカサマがどういう風に行われているかも大方見当を付けている。

だから変な駆け引きには一切応じない。

つまり騙す余地が無いのでヒュンドーは引き下がったのだろう。

俺とミスカはそのまま賭博場へと入り、中に入って色々なゲーム会場を見て回った。


「あなた、いつもこんな場所で遊んでるの?」


「いつもじゃない。仕事が終わってからたまに来るだけだ。そもそも金がねーからそんな本気ではやってない」


所々薄暗い中で、俺とミスカはちょっと大き目の布を身体に羽織って周囲を回った。

俺はいつも来ているし、顔馴染みがそこそこ居るので問題ないがミスカは魔公官としてちょっと目立つ格好だからだ。

幸い、余り大きな騒ぎを起こすことなく情報を集めることが出来た。

とはいっても情報と呼べるようなものはわずかだったが。


「盗賊みてーな奴がこなかったか、だって? お前ここ泥棒みてーな奴ばっかりだろ。何言ってんだよ」


「新顔を見なかったか? んな事言われても一々顔なんて覚えてねーしなぁ……金くれるってんなら記憶力がよくなるかもしれねーぜ?」


アンダーグラウンドな場所だけあって、客も曲者ばかりで易々とは行かない。

粘り強く探すが、相手が罵倒してきた時に何度もミスカが喧嘩を売りそうになり、その度に肝が冷えた。

やがて1時間程経って―――ポーカーのマスターに話を聞くと、やっと有益そうな情報が飛び込んできた。

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