04:目元の見えない少女

ラーギラという人間を捕まえてどうするのか? というと特に大きな理由はない。

別に俺が捕まえて手柄を上げようとか、そういう気持ちじゃなく

魔公官の正規職員クラスが5人も集まって追っている人間がどんな奴かを知りたかったのだ。


「さて……もうすぐ18時だな」


この図書館は18時で閉まるようになっている。

本当は19時までやっていたらしいのだが、利用客がそれほどではないので短縮されたのだとか。

俺としては大助かりだ。給料が変わらずに時間だけ短縮されたのだから。


「あの……ニュクスさん。大丈夫でしたか?」


荷物をまとめて帰りの支度をしていると、レオマリがやってきた。

昼間の件で気にしているのか、こちらを心配しているような口調だった。


「昼間の事ですか? いや全然大丈夫ですよ。いつもの事なんで」


「あれがいつも起こる事じゃダメですよ。ニュクスさん、ちゃんと仕事してるのに……どう見ても八つ当たりじゃないですか」


「ここ来てストレス溜まってるんでしょう。僻地ですしね。別に俺は気にしてませんよ」


「でも……」


気にしてないというのは建前だ。

誰だって目の前で怒鳴られれば嫌になるし、嫌味を聞いていて気分が悪くならない事は無い。

ただ彼女に心配を掛けたくなかった。

彼女はここへ来てから自分の仕事を手伝ってくれたり、時には回復魔法を使って診療もしてくれたりする。

優しい人には変に気を使わせたくなかった。


「ま、もうじきここの派遣期間も切れるんでこんな事もすぐ終わりますよ」


「悪いけどよぉ、それはねーんだわ」


「何?」


レオマリと話していると会議場からやってきたのか、ガダルたちが姿を現した。

先ほどの会議にて叱責されたからか、表情は険しいものとなっている。

いかにも八つ当たりの相手を探していると言わんばかりだ。


「それはない、ってどういう意味ですか?」


「レオさん。そいつの勤務態度には問題があると思わないか? 勤務時間中の怠慢にオレら正規クラスへの態度……戻り次第、そいつの事は報告させてもらう。勤務状態に難ありのため派遣期間を延長してここで再教育が必要だ、ってな」


「再教育……?」


「社会人なら必要な常識が欠けてるって言ってるんだ。その阿呆にはな」


ガダルはどうも俺の事が相当気に食わないようだ。

思わず再教育が必要なのはお前の方じゃないのか、と言いたかったが話がこじれるだけなので止めた。

レオマリに度々気にかけて貰っているのを、あいつは恨めしそうに見ていたが

どうもその辺が彼の逆鱗に触れていたらしい。

レオマリはガダルに言い返した。


「そんな……それってただの言いがかりじゃないですか!」


「オレ達正規クラスの人間には、下の奴等の監督もする権限もある。別に何にも変な事じゃないさ。実際そいつは職務怠慢である節があるしな」


(こいつ……!)


言っている事は完全に職権乱用だが、恐らくガダルの言い分は通るだろう。

正規職員と臨時では立場が全く違う。

俺のような下の立場の人間には、基本的に反論する権利は無いのだ。


「そんな事させません! 私が証言します!」


「レオさん。いい加減にしろって、そんな奴と喋ってても、何にもならないぞ?」


「そうそう。何の力もない、何の経験も積んでない。そんなのとつるんでても時間の無駄無駄」


グラフトンとシエーロも参戦し、レオマリを窘めるように言った。

俺は少しばかり眉がぴくりと吊り上がるのを感じた。

ガダルが大きく溜息を吐くと、出ていくついでに捨て台詞のように言った。


「ま、しょうもない女だからしょうもない奴と話をしたいのかもな。全く」


呆れたように出ていくガダルに俺は言った。


「ちょっと待てよ。今何て言った?」


「あぁ? しょうもない女っつったんだよ。お前みたいな……」


「ちょっと黙れ屑野郎」


俺が声を少しばかり張り上げて応えると、意外そうな顔でガダルはこちらを見た。

いつも俺は口応えを余りしないでいるから予想外だったようだ。


「俺の事を悪く言うのは別に構わん。ただ彼女を事を罵るのは納得いかねぇ。撤回して謝れ!!」


俺が声を張り上げて応えると、ガダルの目の動きが止まった。

こちらを向いて無言で腕を振り上げ、指を鳴らした。

するとその瞬間、小さな炎がカウンターから吹き上がった。

レオマリと俺は素早く身を翻し、カウンターから出た。


「どうやら先に教育してやる必要があるみたいだな」


「てめぇ……!」


「来いよ。底辺野郎が……粋がってんじゃねぇぞ!!」


(な~にが再教育だ。こんなトコで平気を火を使う奴が言えるセリフかよ)


可燃物ばかりの図書館の中だというのに、本当に信じられない事をするものだ。

だが幸いにして利用者は全くいない。

それにもうすぐ閉館であるから、来ることもないだろう。

俺は大きく息を吸い込むと両肩に装備していたプレートを外し、両手に着けた。

これは武器である。両手につける魔法兵装の籠手「アームド・シェル」というものだ。

金属の籠手を両手に着け、戦闘モードで対峙するとガダルも自分の武器を懐から取り出した。

彼が取り出したのは、緑色の背表紙の本だった。


(あれが奴の魔操器か……!)


魔操器というのは、魔力を操作して魔法を使うための道具の事である。

魔法使いが杖を持っている姿をイメージすると一番わかりやすいだろう。

戦士が武器を持つように、魔法使いにとっての武器は魔法の効力を高めるもの。

それが「魔操器」というわけだ。

ガダルは本の魔操器を取り出すとページを指先でめくり、言った。


「サー、レインズ、オーバル、澱みの淵にある怒りの茨よ……」


俺は腕を交差させ、掌全体に力を込めた。

するとアームド・シェルに刻まれている魔術式が発動し、身体に力が漲ってきた。

これで魔力を帯びた拳の状態になる。俺の戦闘スタイル「魔闘士」の姿だ。

俺はそのまま接近し、ガダルに殴りかかった。

だが命中する直前にガダルの目の前で拳は止められた。

うっすらと緑色をした魔力の壁がガダルを包むように展開されている。

魔法防壁(シールド)の力である。


(ちっ……初撃がまともに入るわきゃねーわな)


魔力の行使者は皆、魔力で出来た防御壁を自然と身に纏っている。

基本一般人のそれは大したことのない代物で、せいぜい小さな石コロが飛んでくるのを一度止めれるかどうかなのだが、魔公官の正規職員レベルになると魔力壁は強力になり、文字通り「透明な盾」と言っても良いレベルとなる。

戦闘となると魔法防壁を弱らせるか、壁より強い魔力を帯びた攻撃でなければ相手には届かないのだ。

XYZの基本ルールのひとつである。

今、大した魔力の無い自分の攻撃は、かなりの回数を当てなければガダルには届かないだろう。

逆にガダルの攻撃はこちらの魔力壁を軽々と貫いてくるはずだ。


(仕方ねぇ、まずは削りを……)


一旦距離を取った途端、それを見越してかガダルが指先を向けて言った。

彼の指先から一瞬、赤色の光がこちらに飛ばされるのが見えた。


「爆菱(エデュオル・ガデム)!!」


「ッ!!」


俺はすぐさまレオマリの肩を持って、図書館の本棚のひとつに隠れた。

次の瞬間、俺が居た場所に四角いクリスタルのようなエネルギーが生成され、それが爆発した。

周囲に爆発と火花が飛び散り、レオマリの悲鳴が館内に響く。


「くそっ、本ばっかの場所で火を使うなっつーの……」


図書館内には防火設備はあるものの、燃えやすいものばかりが置かれている。

まだ本には引火していないようだが戦闘が長引くとまずい。


「が、ガダルさんを止めないと……」


「ちょっと隠れててくれ。今のアイツには何を言っても無駄だ」


俺はそう言って棚の影から飛び出した。

同時に腕を構え、魔法攻撃を発動させた。


「魔弾(マジックボルト)!」


拳頭部分から魔力のエネルギーを弾丸状にして発射していく。

すると緑色を帯びた銃弾のような物体がガダルへと命中し、彼の魔法防壁が破裂音と共に揺れた。

これは「魔力源子弾」という魔力を操る攻撃の中でも最も初歩的なものである。

ただ馬鹿に出来ない威力を持っており、小型の銃火器ぐらいの威力はある。

俺が最も得意としている魔法攻撃だ。


「ちっ!」


周辺に源子弾が命中した本が散らばっていく中、ガダルは舌打ちをして通路へと隠れた。

魔法防壁が削られ、攻撃が届くまで弱り始めたのだ。

俺はガダルが出てこないのを見計らって、隠れている通路の方へと移動した。

グラフトンとシエーロは一足先に隠れたらしく、姿は見えなかった。

加勢されると厄介だがガダルの攻撃は範囲が広い為、巻き添えを恐れてしばらくは出てこないだろう。


「逃がさねぇぞ!」


追撃のため、腕を構えるが―――姿が見えない。

確かに見える位置に移動したはずなのに、ガダルが居た場所に誰も居なかった。

戸惑っているといきなり図書館の本が動き始めた。


「なっ……!」


本の紙が崩れ、空中で勝手に繋がって大きな剣のようになった。

それがこちらへと振り落とされた。

俺の魔力壁を叩き割り、身体へと攻撃が食い込む。


「うぐっ!!」


周囲に同じような紙の剣が出来上がり、一斉にこちらへと振り下ろされた。

俺は地面を転がりながらそれを避け、カウンターのあったエントランスへと戻った。

すると図書館の入口にはガダルがいつの間にか立っていた。


「おやおや~? どうしたんだ~? オレに一発入れてくれるんじゃないのか~?」


「くっ……! そうか、さっきの爆発に幻影の魔法を組み合わせたのか……!」


「ご名答。さて……」


どうやら火の魔法のひとつである「幻影」を使って、通路側に逃げたように見せただけのようだ。

俺のダメージを見て、勝利を確信したガダルは近づいてきた。

胸倉を右手で掴み、トドメとばかりに左手に火炎の玉を作り出した。

殺す気までは無いようだが、これで更にこちらを痛めつけるつもりのようだ。


「ごめんなさいって言ったら許してやるけど、どうする?」


「言うワケあるかよ。バーカ」


俺が捨て台詞を吐くと僅かに眉根をぴくりとさせたが、すぐにそれを修めた。

心なしか左手に火球が膨れ上がった所で、ガダルは言った。


「死ねや、ゴミがッ!!」


「何やってんの!!」


女子の声が張り上げられるとと共に、ガダルの動きがぴたりと止まった。

俺は恐る恐る視線を声の先へとやると、そこには黒髪の少女が立っていた。

背丈は小さめで年は16才ぐらいだろうか。髪は長く、目元が隠れている。

黒を基調とした女性用の魔公官の正装の上に、紺色のチョッキを着ていてスカートは短い。一見すると女子高生が魔女のコスプレをしているようにも見える感じだ。

お腹周りは服が無いへそ出しのスタイルで、目の上半分のような紋様が描かれている。

あれは魔術師特有の「魔術紋」というものだ。

魔術師は「式」と呼ばれる図に力を巡らせて魔術を操るため、身体のどこかに紋様が描かれている。

魔女だと一目でわかる大きな切れ長のツバの帽子を被っており、背中には肩から握り手がはみ出るほどの巨大な剣を背負っていた。

目元が見えない為に表情は伺えないのだが、口元の歪み具合と声音から怒っている事が容易に推測できた。

俺は彼女の姿を見て、思わず言った。


「ミスカ……!」


彼女の名は「ミスカ・アンテーゼ」と言った。

5人目の魔公官正規職員にして一際抜きんでた実力を持つ戦闘民族「魔女」の少女である。

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