05:ポーション・カウンターにて
俺を掴んでいるガダルは、ミスカの姿を見て身体が完全に固まっていた。
表情は強張っており恐れの色が誰の目から見えてもハッキリとわかる。
「ヤバイ、見つかった……」とでも言わんばかりだった。
「ミ、ミスカ……さんでしたか。さ、先に出ていったんじゃ?」
「さん付けは結構よ。今日はレオマリと一緒に行く予定だったから迎えに来たの」
グラフトンとシエーロも物影からこちらを窺っていた。
彼らも気が気でないらしく、恐れている風にこちらを見ていた。
まぁそれもそのはずだろう。彼女は正規職員の統率役でもあるため、言うなればガダル達の上司であるからだ。
素行の悪い三人も彼女には容易に意見できない。
当然ながら実力も遥か上である。仮に喧嘩など売ろうものなら、例え三人がかりでも一瞬で敗北する事だろう。
「で、何をしてるの? 国営の図書館の中で、しかも炎の力まで使って? 何をしようとしてたの?」
「いや、あの……それは……こいつが、その、喧嘩をふっかけてきたんですよ。それで応戦したんです」
俺がそれに反論しようとすると、レオマリが言った。
「違います! 最初に言ってきたのは、ガダルさん達です! ニュクスさんは、私の事に怒ってくれて……」
「い、いや違うんだ。違う! 確かに言い過ぎたかもしれないが……」
「どっちでも構わないわ。喧嘩した二人、アンタらでここに元に戻しなさい!」
ミスカが机に握り拳を叩きつけると、図書館全体が僅かに揺れた。
小さな女子が叩いたのではなく、ゴリラか重機が建物にぶつかったかのようだった。本棚から少しだけ本が前に出て、落ちるものもたくさんあった。
俺は思わず唾を飲み込んだが、ミスカはそれらを無いもののように続けて言った。
「特に……ガダル! アンタはここを戻すまで、任務に参加は認めないから!」
ガダルにミスカが叫ぶと、彼が目を伏せたのが見えた。
喧嘩両成敗という事で、反論する気持ちが失せてしまったようだった。
俺もバツが悪いので黙っている事にした。
(おっかね~女だぜ、ホント……)
ミスカはレオマリと一緒に出ていき、その後をグラフトンとシエーロが申し訳なさそうに続いていった。
俺とガダルは、その後に二人だけで図書館の片付けをすることとなった。
俺はなるべくガダルから離れ、魔法攻撃で壊れた本棚を元に戻していった。
2人だけになったのでまた何か言いがかりをつけられるかと思ったが、ミスカの叱責が余程効いたのか、こっちに目を合わせてこないだけで何もしてこなかった。
あいつなりに攻撃は手加減していたらしく、元に戻す作業は2時間ほどで終了した。
ガダルは終始口を利かなかったが、最後に確認するように言った。
「これで元通りって事でいいな?」
ガダルの呟きに俺が短く答えると、ガダルは不機嫌そうに帰り支度をしてさっさと図書館から出ていった。
恐らくはまた賭博場で憂さ晴らしに無茶なゲームをやるつもりなのだろう。
(ありゃ、多分今日はもう仕事するつもりねーな……)
まぁ、その件をどうのこうの言うつもりは無い。
ただ今日の事があった後でミスカに賭博場に居る現場を見られたりでもすれば本当にヤバイと思うのだが、
あの感じでは全く懲りてはいないようだ。
「さて、じゃあ俺は俺の仕事を開始するとするかな」
俺は自分の荷物を持つと、図書館から出ていつも行く場所へと向かった。
■
時間は19時を回り、夕闇に辺りが沈み始めていく。
俺は大きく背伸びをしてパシバの街を見回した。
いつもなら何かの仕事が終了した後、少しばかりの自由の身の時間を楽しむのだが
今回はそれを満喫する気はなかった。
「は~、いつ歩いても、暑い街だぜ……」
ここパシバの別名は「境界の砂漠街」という。
ちょうどクログトとリハールの境界に沿っている街で
クログト側には砂漠が広がっており、リハール側には荒野が広がっている。
そして街の砂漠側に沿って高い壁が数十キロに渡って建設されていて、これがそのまま二つの文明の領域を区切る線となっているのだ。
ここはいわばその国境のオアシスのような街なのである。
俺はパシバへとやってきてから2、3か月ほど経つがまだこのパシバの空気に慣れない。
「さて……仕事終わりの補給に行ってくるか」
太陽が沈みかけて黄昏色になっている空を見ながら、俺は街の中心部にある寂れた店へと足を踏み入れた。
乾いた木製の看板が掲げられているこの店は「ポーション・カウンター」というものだ。
「ん? おや、公官さんか。今日はまたどうしたんだい?」
魔法使いの力の源は、マナと呼ばれるものである。
XYZにおける魔法のシステムは消耗品の知識を使って発動させるもので、精神そのものを象徴するエネルギーであるマナと知識とを練り合わせて魔法を発動させる。
例えば簡単な火を起こす魔法を使ったとして、使用するための知識が魔法を発動するたびに失われていくのだ。
最終的に知識を全て使い切ると、マナが残っていても魔法を忘れてしまい使えなくなってしまう。
知識は読書をしたり人から教えてもらったりなど学習する事によって再度蓄える事により魔法を使い続ける事ができる、という仕組みになっている。
魔術と魔導については、また少しシステムが異なっているが根幹は同じだ。
魔術は式が必要で、魔導については契約か触媒が必要となる。
簡単に言えば現象を作って発動させるのが魔法、図式を描くことにより発動するのが魔術。そして物体に力を込める事によって発動するのが魔導だ。
「マスター、いつものをくれ」
「アンタ最近、毎日のようにここに来てないか?」
俺が毎日飲んでいるものを注文すると、バーの店主はいささか心配そうにこちらへと声をかけてきた。
口髭が立派なこの店の主人とは、パシバにやってきてからの付き合いだ。
静かなようでいて聞き上手で、いつも誰かの相談やら愚痴を聞いている。
個人的にはこういう店にはうってつけの店主ではないかと思っている。
「色々やってると疲れが溜まるんだよ。それに今日はちょっと喧嘩っつーか……少し使ってきたから回復したいんだ」
「なるほど。じゃあまたディラッガのオレンジ割りでいいか?」
「ああ。なるべくキツめの配分で頼む」
「って事は……これからまたどっか出るの事かい? 精が出るねぇ」
店主は慣れた手つきで棚と冷蔵庫から飲み物をいくつか出し、大きなアルミ製のボトルに注いだ。
そしてそのボトルを火にあぶるようにして振っていく。
一見すると酒でも作っているかのような光景だが、これはマナの充填に必要なポーションを作ってもらっているのだ。
ここポーションカウンターは、ゲームで言う所の「酒場」に当たる。
食事やら待ち合わせの場所として人が溜まる場所であり、同時に魔力の回復所のような役割を持っている。
マナなどの”源子”は自然に回復するのを待つ以外に回復手段として魔道具を使用する方法や、特別な陣の上で待機する方法などがあるのだが、一番手っ取り早いのは回復用の飲料(ポーション)を飲む事だ。
だからこうした魔力の回復薬を飲む場所というのがどの街にも必ずある。
俺は純粋にポーションを飲むのが好きなのもあって、仕事帰りには必ずここに寄っている。
「とにかく回復だけはこまめにしとかねぇとな」
「あいよ、出来たよ。ディラッガのオレンジ割」
俺は目の前に出された濃いオレンジジュースのような飲料をぐいっと呷った。
飲料が喉を過ぎると途端に青々とした果実をかじったような甘味が脳に押し寄せてくる。
そして潤いが胃袋を満たすと共に身体全体に暖かい感覚が巡っていく。
精神が落ち着く実感と共に、生気が身体に戻ってくるような気がした。
俺は一服つきながら、バーに置いてあった新聞を広げて店主に訊ねた。
「なぁマスター。ちょっと聞きたいんだが……ラーギラって名前に聞き覚えないか?」
「ラーギラ? どうしたんだい、いきなりさ」
「いやちょっと噂話で小耳に挟んだんだが、誰の事なのかと思ってなぁ」
「ラーギラって言うと……あの”無音の怪盗”の事じゃないのかい? 巷で噂になってるアレだよ」
「無音の怪盗? なんだよそれ?」
「ほら、その新聞の3面辺りに載ってるだろう」
言われて俺は新聞を開き、そこに書いてある記事を読んだ。
「音無しの怪盗再び現る」という見出しの下に、彼が起こした事件の顛末が書かれていた。
(なになに、天候魔術の名家アルカケーテより盗み出された雲誕の行方は未だ知れず。犯行はラーギラの仕業であると判明……)
要約すると、1年ほど前にとある魔術の名家より魔術式が盗み出された。
それは「雲誕(ラクイナ・ブラーハ)」と呼ばれる天候を操る魔術であり、周囲一帯の自然の操作を司るものであったという。
このせいで世界各地で砂漠化が進み、たった1年程でここパシバの風景のような荒野と砂漠の世界へと変貌してしまう地域が増加した。
その犯人は調査から「ラーギラ」と呼ばれる人間であると判明。
彼は「無音の怪盗」と呼ばれるその筋では有名な盗賊であった、との事だ。
「雲誕ねぇ……雲を作るだけの魔術がそんなに大事なのかね?」
「そりゃ大事だろうさ。雨が降る降らないだけでも違うし、一日曇りってだけでもだいぶ楽になるもんだ。それが無くなっちまったから……色々と入荷も滞ってるんだよ。憎らしいってもんさ」
「マスターはコイツの事を何か知ってたりするのか?」
「いや……残念だけど良くは知らないね。ただ、噂じゃあこの辺に今居るかもとかは聞いたな」
「!、この辺に?」
「他の客の話なんだけど―――最近、国境付近でさ。リハールとクログトの魔公官をたくさん見かけるらしいんだよ。それで誰かを探してるんじゃないかってもっぱらの噂でね。それで探してるのはそのラーギラなんじゃないか、って話だ」
(なるほど。ミスカ達が話してたのはこれの事か……)
どうやらミスカ達がやってきている理由というのは、このラーギラの事のようだった。
5人も正規職員が派遣されていて、更に他の町にも多数がやってきている。
余程、盗まれたものは大事な魔術式であるようだ。
そして―――ラーギラはこの街に潜伏している可能性が非常に高い。
確かに腕利きの魔公官が何人も派遣されてくるわけだ。
俺はもう一つ気になる事をマスターに訊ねてみた。
「このラーギラってさ。”無音”って二つ名があるみたいだが、それはどういう意味なんだ?」
「ラーギラはある特徴がある盗賊でね。目撃情報はあっても人影やら立ち去る姿の一部が見えたってだけで、みんな”物音一つ聞こえなかった”って口を揃えて言うのさ。だからいつしか「無音の怪盗」って異名が付いたんだ。で、ラーギラって名前は犯行声明に使うからわかってるらしいんだけど、顔を見た奴は誰も居ないとかいう話さ」
「音が一切しない盗賊……? 消音(リィカケル)の魔法でも使ってるのか?」
消音(リィカケル)というのは音を消すフィールドを作り出す魔法だ。
作り出した範囲の中ではどんな爆音も一切発生しない。
これにより音を使って相手を攻撃する力から身を守ったり、空気の振動を使った力から身を守る事ができる。
ただしこれは一定の範囲内でしか効果は無く、服などに付与する事は非常に難しい。
「それが魔法ではないらしいのさ。何か神業のように極められた力を使ってるんじゃないか言われてるよ」
「神業ねぇ……」
アホらしい、と一瞬思ったが魔法などを全く使わずに無音の動きをやっているのだ。
そう考えると確かに神業といってもいいかもしれない。
店主からどんな場所に盗みに入ったかを聞くと、多様な場所にラーギラは潜入していた。
美術館に、国の所蔵品保管庫、銀行などにも入った事があり、中には軋む音のよく出そうな古びた木造の建物にも侵入したという話があった。
盗む品物もかなりの価値があるものばかりで、いかにも盗みにくそうなものばかりだった。
(もしや……)
それを聞いていくうちに俺はそいつが持っている力が「固有資質」なのではないか、と考えるようになっていった。
XYZの同じプレイヤーならば固有資質の何らかの力でそういう事が可能なのではないか、と。
つまり―――ラーギラも俺と同じプレイヤーの可能性がある。
(こういう特殊そうな能力を持ってる奴は、そうはいない。プレイヤーの可能性も高い筈だ)
XYZのプレイヤーは自分のキャラクターを作成してシナリオに臨むが、ゲーム開始時に能力が多少変動する。
その際に固有資質も決定されるのだが、稀に「特殊能力」とでも呼ぶしかないような強力な資質を修得している場合がある。
それはまさに「チート能力」なんて言われているカテゴリに入るような力だ。
その分、PCに与えられる試練も過酷になったりするのだが……とにかく、そんな「通常ではありえない」能力を持っているヤツ。
それは極めて「同じプレイヤーである可能性が高い」という事だった。
「こりゃ会わないわけには行かねーな」
「なんだ? お前さんもやっぱ、ラーギラを探してるのか?」
「まぁ一応な。この街に来てるらしいって聞いたから、見てみたくなったんだよ。どんな顔をしてるのか、ってな。マスター、あいつの居そうな場所とか知らないか?」
「他の公官の人にも同じ事を聞かれたな。悪いけど……誰にも話せないかなぁ、ちょっとね」
「知り合い……だからか? いや、違うな。お客かもしれないからか」
「そういう事。あんまり人の事情に足を踏み入れ過ぎないのがモットーでね。ロクな事がありゃしない」
「確かにまぁ、そうか。しかしそうなると、どこを探せばいいのか……」
「この街は広いからなぁ。でも公官さんらが探してない場所なんて一杯あるぜ? あの人たちは表通りとか、街の外れにある遺跡(ダンジョン)とかを当たってるみたいだけど、そんな所に居る訳ないってのにな」
「何? そんな場所しか探してないのか?」
パシバの街から出て探せば遺跡やら廃屋やらがある。
そういう場所には街には住めない後ろ暗い事情を持った人間が居て、大抵は犯罪者である。
ミスカ達は恐らくはその中にラーギラが居ると考えて探しているのだろう。
しかし俺はそういう場所にはまず居ないと思っている。
「ああ。ダンジョンに潜るのが趣味のお客さんが、最近よく公官を見かけるって愚痴ってたよ。探索しにくくて困るってさ」
「遺跡なんか探してりゃ、そりゃ無駄に時間が掛かってるわけだ……」
遺跡(ダンジョン)は世界各地にある迷路やら古代の人々の住居跡であり昔の遺物や怪物が集めた宝などが集められている。
それを探して旅をしている人間もおり、探索はある種の職業のようになっていた。
ただダンジョンは非常に深く、隅々まで探すのはそれこそ年単位で掛かってしまう。
それに犯罪者が潜んでいる事が多々あるものの、獰猛な生き物も生息している事も多いため人が住むには向いていない。
ラーギラも盗賊だが顔も良く知られていないような奴が、そんな場所には流石にいまい。
「街中をくまなく探したのか? まずはそこだろうに」
「そうだね。表通りは一通り見てたみたいだけど、それだけみたいだよ」
「表通りだけなのか?」
「ああ。うちにはちょっと後ろめたい事情を持ってる人たちも来るんだけどさ、その人達が言うには”自分達の居るような場所には来ないようだから安心だ”ってさ。裏通りやら賭博場みたいな場所には手を入れてないんじゃないかね」
「なんつーかなぁ、お役所仕事って言うかなぁ……しかし、そうか、クソ真面目な奴とクソ不真面目な奴とだからそういう所に手が回ってないのか」
今回の5名はミスカとレオマリの堅物系……というか真面目な人間と、ガダル達3名の不真面目な奴等で構成されている。
ガダル達は賭博場やらで遊び惚けていて調査は適当になっており、女子二人の方は表通りはきっちり調べたようだが街の裏通りなどの暗い部分には調査を出来ていないようだ。
「なるほどそう言う事情なら、俺にもちょっと目がありそうだな。よし! 行ってみよう」
「ハハ、頑張ってなぁ。命だけは大事にしてくれよ」
「しかしマスター、他の客の事情とかそんな事まで話しちゃっていいのか?」
「まぁこれ位なら大丈夫さ。こんな場末のカウンターをいつも使ってくれてる人は少なくてね。ほんのサービスさ」
俺は新聞と代金をカウンターに置くと、店主に礼を言って店を後にした。
店主はグラスを磨きながら短く礼を言った。
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