03:ページに耳あり、本棚に目あり
「う~ん……微妙な」
自分の能力は、体力などの肉体的なステータス値が高い。
パワーと頑丈さの両方を備えているキャラで、やはり予想通り近接戦闘に特化されているキャラであるようだ。
そのため接近して格闘戦を行うことに適性があり、殴り合いや武器を持っての至近戦闘には強い。
身体強化の呪文もある程度使えるので、接近戦ならばまさに高い戦闘力を発揮できるキャラだ。
だが代わりに低い部分も多い。
「接近戦に強いのはいいが、それ以外がなんていうかなぁ」
キャラクターの能力は大きく分けて三つほどある。
ひとつは肉体的な強さ。もう一つは魔力の種類と強さ。最後に固有資質だ。
自分の身体能力は申し分ないが、魔法の各種技術を示す「魔相欄」にはめぼしいものがない。
普通なら何かしらの属性魔法の適性があるとか、製鉄の力を持っているとか
ある方面の魔力の習得スピードが速い、などが記載されているのだがそういうものが見当たらない。
つまり最低限の魔法こそ使えるものの、今の自分である「ニュクス」と言うキャラは本当に単純な魔法しか使えないのだ。
そしてキャラクターの特性そのものを決める固有資質。
ここには例えば、何もせずとも電気を発生させられるようになる「発電体質」や相手の能力を調査魔法を使わずとも把握できるようになる「観察眼」などがあるのだがこの欄にも基本的な「源子弾使い」しか能力は見当たらなかった。
これは魔力を固めて撃ち出す源子弾魔法というものの扱いが上手くなる、というものだ。
ハッキリ言って最低レベルの資質で、無いよりマシという程度のものでしかない。
ただ仮に資質が強力なものであったとしても、今の自分は「特に何かしら強力な能力は無いキャラ」と判断せざるを得なかった。
「全体的に普通……いや、つうかむしろ弱いと言っていいレベルだな。クソ……」
別に物凄く強力な能力を期待したわけではない。
俺はXYZのプレイヤーとしては熟練者であり、ある程度のランダムな能力設定にも対応できる自信があった。
だが今の自分、この「ニュクス」に至っては本当に個性らしいものが何も無いのだ。
最低限の肉体強化魔法と源子弾魔法以外は、下手をすると魔法を憶えたての子供のレベルかもしれない。
能力の傾向には「天才」とか「万能」ってものがあって、彼等は能力が全体的に高くなるまさにチートキャラと呼べるような奴らなのだが、今の自分はまさにその正反対の状態と言わざるを得なかった。
全体的に弱く、特徴が無いのだ。
「観光客みたいな能力だな」
観光客というのはゲームの職業設定において選択できるものの一つで、とにかく弱い事で定評のある職業だ。
縛りプレイに使うのが目的であり通常は選ばれる事はない。
単純にすべての能力が低くなってしまうので、ゲームクリアが物凄く難しくなるからである。
(なんでこんな重要な局面で、こんな弱いキャラなんだ……!?)
思わず頭を抱えた。これで戦闘をこれからやっていくとなると、正直気が滅入りそうだった。
かなり楽観的に見ても正気の沙汰ではない。
普通に銃とか爆弾が使われる戦場でこちらは石を投げるぐらいしかできない、みたいな状態を想像するとわかりやすいかもしれない。
いくら接近戦では強いと言っても、この世界の住人はほぼ全てが魔法使いである。
それは人間もだが普通に生きている動物たちも同じなのだ。
氷の塊を周囲に発生させる鳥やら雷雲を魔術で呼ぶ豹なんかが野生で出てくるような世界だ。
殴り合いに持ち込もうとしても光の壁でガードされたり、火で離れた場所から焼かれたりすれば無意味だ。
「あんまイベント・クエストからは逃げたかねぇ所だが……」
場合によっては、この街から逃げる事も視野に入れないとならない。
生き残る事が主題のXYZでは、全てを捨てて逃げる事も作戦としては充分に正解だからだ。
例えば小さな島などの閉鎖された空間で、強力なモンスターが出現しそれを倒さないといけない。
なんてクエストがあったとして、戦況が悪いと見るや何もかもを全て完全に見捨てて逃げてしまった。
そんな決して褒められない行動を取ったとしても、その後に誰もシナリオをクリアできずに生き残れなければゲーム上は最初に逃げ出したプレイヤーが勝利者の扱いとなる。
無論、誰か一人でもクリア者が出た場合はそちらが勝者となるのだが。
エネミー・キャラクターやモンスターが強すぎる、などという場合は逃げの一手もTRPGでは正解となるのである。
ただこの手は―――物語がそこで完結する場合に限った方法だ。
「今回はまず、続き物のクエストだと思っていいだろうな」
もし物語が連続している場合に、一つ前の話で逃げてしまっていると次の話で即ゲームオーバーとなる事が多々ある。
最初の物語の敵を倒さないと、世界が一気に破滅へと進んだりするからだ。
今、自分がいるのは確実に続き物のクエストだと感じる。
「逃げるのは止めておいたほうがいいな……とはいえ、楽に勝てる気も全くしねぇが」
ここで物語から逃げるわけには行かない。
そう決意を固めようとした所だったが、俺はそこで一番見たくなかった情報を見ることとなってしまった。
「ん……?」
キャラクターシートは、アビリティなどの能力情報、簡単な全身像、バストアップアイコン画像。
そして年齢などのキャラクターそのものの情報が並んで記載されている。
その欄のひとつに―――「ENEMY」という表記があった。
俺はそれを見て、キャラクターシートを見つけた時と同じぐらいに驚いた。
「え……お、俺って……エネミーなの……!?」
記載されている欄は「役割(ロール)」の欄だった。
役割は「エネミー」とある。
シナリオにおいて、敵側となる役割表示となっていた。
「う、嘘だろ? こんな弱いのに……? 下手すると一般人の中でも最低クラスだぞ?」
XYZのゲームでは、キャラクターにはそれぞれ役割が与えられることになる。
ヒーローもしくはヒロイン、ゲスト、モブ、エネミーの4種類である。
要するにこれはそのキャラが主役級か、それとも準主役キャラか完全な脇役キャラか。そして敵側のキャラクターかどうかを位置付けているもので、TRPGの中でプレイヤー側にどう行動するかを導いていくためのシステムだ。
エネミー、つまり敵側ならなるべく物語の主役側を倒していったり、物語の進行を阻止する事が高いポイントにつながる。
そのためエネミー側は基本的に高い戦闘力を持っている。
だが今の自分には強さがあるわけではない。何か目的が設定されているわけでもない。なのに、物語での敵側キャラとなっていた。
これは何を意味しているのだろうか?
(わ、わからん……とにかく、仕事が終わるまでは待ってみるか)
動揺する気持ちを抑え、俺は時間を確認した。
時間は既に15時を回っており、勤務時間の終わりまでもう少しだ。
とりあえず自分に課せられている司書の仕事が終わるのはもうすぐなので、それから考えよう。
俺は仕事を全うするべく、また整理本のリストを見ながら本の整理を行っていった。
「しかし、どうやってあいつらの会話の内容を知るんだ……?」
書庫の奥に入って本の整理をしていたが、ふとイベントログの内容が気になった。
虫食いでなく見れる部分には「正規職員の任務を知って俺が動く」という風な記述があった。
だからこの書庫のどこかから彼らがここにやってきている任務を知れるという事だが、それが何かわからなかった。
(近づくのはまず無理。聞いた所で教えてくれるわけもないだろうな)
レオマリに聞けば教えてくれなくもなさそうだが、恐らくガダル辺りが念を入れて話すな、と言っているだろう。
他の4人からは教えてくれるなんてまず想像できない。
恐らく―――これは俺が自力で情報を知る必要があるのだ。
だがどうすればいいのだろう。
俺が喉を鳴らしながらその方法を考えていると、聞き憶えのある声が聞こえた。
「……と、それで……」
(ん? なんだ?)
何かの反響音のように聞こえるが、確かに人の声だ。書庫の奥の方から聞こえる。
俺は書庫の奥へと入っていき、耳を澄ませた。
そしてその音の元へとたどり着いた。
耳を頼りに音の元を探ると一冊の本から聞こえてきているようだった。
(これからだな。本みたいだが)
誇りに塗れた本を開くとびっしりと呪文が書かれていた。
自分が読める部分だけ読んでいくが、どうやら学習書ではないようだった。
これ自体が何かの魔法の発生装置であるらしい。
最後の方に書いてあった効果の記述で、かろうじてそれが何かわかった。
(これは……空間接合の魔法か)
物質を別の場所へと送る魔法がある。ただし物体そのものを送るのは非常に難しく
大抵は映像だけ、音だけとなって失敗するという。
その魔法の練習の過程で、大量に失敗作が生み出されていたというが
この本は恐らくその失敗作のひとつなのだろう。
高等な魔法のため、失敗したものも処分が義務付けられているのだが、古い図書館なので残っているものがあったようだ。
そしてこの本は二つで一組となっており、ペアとなっているもの同士で音を取り込み合う事が出来るようだった。
恐らくあのログを参考とするに、繋がっている場所は……。
(どら……どこと繋がってるんだ?)
俺が耳を本の中心部分にある魔法陣に近づけると、声はより大きくなってきた。
それで、本がどのあたりにあるのかがわかった。
「まだ見つからないのか? ここへ来て2ヵ月! 探し始めてもう4ヵ月にもなるってのによぉ!」
「あくまでもここへ寄った、という可能性があるだけですよ。来ていると決まったわけでは……」
レオマリの柔らかな声と、耳に障るガダルの声が聞こえた。
どうやらこの本は彼らがいつも会議場としているスペースの近くにあるらしい。
こういった特殊な本は取り除かれているはずだが、古いものがあちら側にも運良く残っていたようだ。
(なるほど、これを通せばあいつらの任務が何かがわかるって訳か)
こちらからの声も大きければ聞こえる為、俺は息を潜めて本からの声に耳を傾けた。
あちら側に居るシエーロなどは耳もいいから息遣いにも気を付けなければならない。
気配を消していると、会話は確信へと迫っていった。
「いやいや、来てるのは間違いない。間違いないはずだ」
「近隣都市の目撃情報を集めるに、パシバに居る可能性は非常に高いでしょう。あいつは」
「この街以外はもっと人数が多いし、俺が奴ならここに潜伏するな」
グラフトンとシエーロの声も聞こえる。
会話の内容から察するに、誰かを探しているらしい。
「アンタたち、真面目に探してるんでしょうね? こんな時間掛かってるのに足取り一つ見つけられないなんて」
「や、やってるよ。近隣の遺跡調べたりやら、街への聞き込みやらちゃんとしてる。抜かりはねぇはずだ」
「それが信用できないから言ってるんでしょ? カードでもやって暇潰してるんじゃないの」
少女から冷たく言い放たれた言葉で、ガダルが一瞬言葉を詰まらせた。
図星なのが雰囲気だけでも丸わかりだ。
(実を言うとその通りなんだよ)
俺は知っているが、ガダルも取り巻きの他二人も真面目に人探しなどしてはいない。
あいつらは街の裏賭博場で遊びまくっているのだ。
何故知ってるかというと、俺も行っているからだ。無論、俺は仕事が終わってからだが。
特に「サモンカード」という、カードに封じられている幻獣を操作して戦わせるゲームにハマっているらしい。だがマナーがとても悪く、俺の知り合いから言わせると「こういう所に来ちゃいけない奴」との事だった。
「と、とにかく魔術式の件……ラーギラの奴の捜査は、もう後半月ぐらいで打ち切りだ。それでいいよな?」
(ラーギラ? 誰の事だ?)
「……仕方ないわね。確かに、これ以上時間をかけてても仕方ないわ。残りの期間は、今まで行った事の無い場所を重点的に探す事。いいわね?」
その後は方針に異議なし、となり会議は終了した。
どうやら正規職員の彼らは「ラーギラ」という人間を探してここへとやって来たらしい。
俺は本を閉じ、今まで聞き耳を立てていた本の表紙を外してみた。
本の表紙には馬に跨った男が描かれているがカバーを外すと下には白地にプロペラのような絵が描かれている。
一見すると別の本のように見えているので、空間接合の魔法が書かれているのに気づかないという訳だ。
(回収しとかねぇとな)
俺は使っていた本を処分用の棚へと押し込み、書庫での本の整理を終えた。
そして残りの司書業務に戻るべく再びカウンターに足を運んだ。
勤務の残り時間は特に何事もなく、もうすぐ終業時間になろうとしていた。
そして、この後の自由時間を「ラーギラ」という人間を探す事に使おうと決めた。
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