02:本棚の奥で
埃がそこらに散らばっている書庫の奥にて、俺は本を整理していた。
「えー、Fの1001301を、Gの棚だな」
この世界は全ての人々が何らかの形が魔力を持っており、それぞれが独立した文明として形成されている。
ひとつはリハールと呼ばれる魔法文明。
そこに住む者たちはマナと呼ばれる精神の力を操る人々で、魔法使い(メイジ)と呼ばれている。
次にクログトと呼ばれる巨大な魔術境界(ソーサル・キングダム)を中核として持つ魔術文明。
その従事者たちは魔術師(ソーサラー)と呼ばれ、気力または生命力を”エナジー”として操って魔術を行使する。
最後に魔導世界ウェルネズ。そこには魔導士(ウィザード)たちが居を構えている。
彼らは魂の力、世界に流れるエーテルやスピリットを操作し、さまざまな奇跡を起こす超越者たちである。
俺はそのうちのリハールの住人で、この荒野の街パシバもリハールに所属している土地だ。
「ピィザの作り方……って料理本じゃねぇのか。ピィザって農業の道具かよ」
パシバは魔術師の世界クログトとの境にある街なので、この図書館は意外と歴史ある建物でもある。
当初はクログトとリハール共同で運営されていたとの事だが、いつからかクログトはここの管理を放棄してしまい、自分らの国に関係した書物だけを引き払ってしまった、との事だ。
その時に持っていかれなかった残りの本が倉庫にはあるらしく、たまにクログトの人間が蔵書について問い合わせにやってくる。
「しっかし埃くせぇなぁ……」
俺は書庫の地図を確認しながら、本をジャンルごとに整理していた。
司書の仕事ってのは本の整理と接客だけと思われそうだが、この整理やら管理が意外と大変で古いものを処分したり、読まれそうな新しいものを取り寄せてラインナップを作ったりとやる事は結構ある。
ここは不要になった書物の引き取りとかもやっているので、更に大変だ。
ただまぁ、そう悪い気はしない。
年季を重ねた本は独特な匂いがする。
糊の香りなのかそれとも劣化した紙の匂いなのか、それはわからないがとにかく嫌いじゃない匂いだ。
だから本に囲まれての仕事はやってみてそんなに悪くないと思う。
公官の中ではなかなかやりたがる奴は居ないが、戦ったりする訳でもないから気楽でいい。
「ん……?」
図書館の中でも特別古い書庫へと入った時、ふと―――気になるものが目に入った。
レンガ色をしたA5版サイズの本。
A4の用紙サイズより一回りだけ小さく、しかしやけに分厚いその本には見覚えがある気がした。
なんとなく手に取り、棚から引き出してタイトルを確認する。
そして表紙を見て、驚きのあまり思わずへたり込みそうになった。
「なっ……!? え、XYZルールブック!?」
本のタイトルは『XYZ ―RULE BOOK―』とあった。
表紙には貴金属で飾られた鎧をまとったドラゴン、大きな二つのメイスを両手に持つ山羊頭の魔人、そして輝く王冠を被った骸骨の魔王。
そんな三体の姿が描かれていた。
この表紙に描かれている三つのイメージはそれぞれが魔法使い、魔術師、魔導師の象徴である。
現実世界でも見た事があるXYZのゲームをやる上で不可欠なルールブックの表紙そのものだった。
「ほ、ほ、本物……か……!?」
確認したかったが、しばらくそれを開く勇気が出なかった。
もしかするとこの本もこの世界に普通にある遊び目的のもので、自身についての記載なんて何も無いかもしれない。
その時点で自分が現実からやってきた、という記憶がただの妄想であったと決定付けられてしまうような気がした。
現実からの記憶を持ってはいて、この世界の住人ではないはずだと確信していても、それは確証ではないのだから。
だが、いつまでも確認しないでいるわけにはいかない。
俺は大きく息を吸った後、意を決して本を開いた。
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これは”生き残り”の物語。
世界(ソーラル)には、未知なる「源子」と呼ばれる力が流れていた。
その力の出所は定かではない。一説には世界そのものに流れている力の
一端が具現化したものであるとも言われている。
世界の全てはこの源子と物質であり、源子は全ての存在の力の根源。
源子は魂であり、生命であり、精神の力。
やがて世界には、それぞれを操る力の執行者が生まれた。
精神の力を「魔力源子(マナ)」として使う「魔法使い」。
生命の力を「気力源子(エナジー)」として使う「魔術師」。
魂の力を「魂力源子(エーテル)」として使う「魔導師」。
彼ら魔力行使者たちは、それぞれの文明を作り上げ、時に争い、時に協力して繁栄の時代を作り上げてきた。
しかし今「未曾有の危機」の時代が到来し、滅びの時代が幕を開けていく。
あなたもまた、この魔の世界「ウィブ・ソーラル」を生き抜かねばならぬ魔力行使者たちの一人なのだ。
―――きみは運命に背く打開者(ビトレイター)となり、破滅の運命を打ち破れるか。
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表紙裏の文章には見覚えがあった。
現実世界にあったXYZのルールブックの序文だ。
見たままでは元の世界で見たのと同じっぽい。
中身を見ない事には、断言はできない。俺はそのまま、色々なページを見てみた。
内容は、テーブルトークRPGの内容そのものが記載されていた。
ルールを熟読している俺にとっては既に知っている事ばかりだったが、思わず読みふけった。
懐かしさに心が癒されるような気がしたからだ。
ただ―――最終章のページの序文にそんな安堵の気持ちは打ち砕かれた。
「ん……? なんだこりゃ?」
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ルール追記。上記は現実世界の地球で存在したものと同一となる。
これより以降は今回の追記ルールとなる。
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(―――っ!?)
俺は息を呑んだ。
まるでどこからか誰かに見られていてその視線を今まさに感じたような。
心臓をいきなり鷲掴みにされたような、そんな気味の悪い衝撃を感じた。
俺は漠然とした不安感を憶えつつも次のページをめくった。
「なになに……」
そこには箇条書きで以下のような事が書かれていた。
まず、今居るここは別世界であり、現実世界からやはり俺は飛ばされてきたこと。
そして今いるこの世界は本当にウィブ・ソーラルであること。
ただ曖昧な……というか、機械的な書き方がされていて
ここがいわゆるゲームの中であるのかという事については明言されていなかった。
「最後に―――この本は召喚者にとって極めて重要なものである」
どうやらこの「召喚者」という呼び名が本を持つ自分の事であるようだった。
続きには、この本はプレイヤーである自分に様々な情報を伝えるためのものであること。
そしてイベントなどの開始を伝えるものであるため、なるべく肌身離さず持っていなければならないものであるということ。
最後は「それが知るべきルールである」と締めくくられていた。
「知るべきルール……ねぇ」
一体この本を書いたのは誰なのだろうか? どこかのゲームマスターなのだろうか?
いずれにせよ自分をここへと導いた「何か」である事には間違いない。
ただ、文章が本当にゲームの説明書のような感じであるのが気になった。
まるで「世界そのもの」から、言い聞かされているような……。
「他の部分のルール自体は、ほぼ元のXYZと同じみたいだな」
俺は一応、ルールブックの概要を全てめくって確認した。
設定やらゲーム進行におけるルールの概要などは、ほぼ同じだ。
新しくなったというものではなく自分が知っている既存のもの。さしずめ「旧ルール」とでもいうべきか。
ダイスロールに関しての部分が違っていたりするが、まぁ当たり前だろう。
ゲーム上はダイスを振って結果を出目によって決めるが、今こうして自分がいるのは少なくとも卓上の遊びではない。
ダイスの目が見える、などということは無いのだからルールもまた違ってくる。
「そもそも、ゲーム・キーパーっていんのかぁ? これは……?」
テーブルトークRPGは、ゲームを統括する人間がいないと遊ぶ事が出来ない。
テレビゲームでは、敵キャラやNPCなどの生き物はコンピューターがプログラムに従って動かしてくれるが、現実の卓上ゲームであるXYZは、プレイヤーの他に場を管理するゲームマスター役が必要だ。
それは、一体誰がやっているのだろう?
つまりはこの本を書いた者は誰か? そして俺をここへと召喚したのは何の目的なのだろうか?
そんな疑問が頭の中に渦巻いていた。
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最後に―――召喚者にはクリア条件が設定されている。
それを達成することにより、召喚者は元居た世界へと戻る力を得る。
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「……ん? ある……のか? 帰る方法!?」
俺は現実へと帰る方法を求めて、次のページを開いた。
だが、そこにはほぼ白紙のページがあるだけだった。
なにも記載がない。
「あん……? なんだこりゃ? 真っ白じゃねぇか……?」
真っ白のように思えたが、よくよく見るとページの一番下のように小さく「クリア条件:」と一文が記載されているのが見えた。
理由はよくわからなかったが、とにかく帰る方法が何かしらあるのは確実なようだ。
その事実に救われた気分になっていると、本がいきなり震え始めた。
「うぉっ!? な、なんだこりゃ!?」
慌てて本を手に広げると、勝手に別のページが開いていく。
目次でイベント用と書かれていた巻末の空白ページだ。
そこに文字が浮かび上がり始め、同時に絵が現れてきた。
「……は? な、こ、これは……?」
記載は次のように記載されていた。
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M.D.209年。サラマンダーの月の14日。
魔法領域リハールと魔術文明クログトの狭間の街「パシバ」にて
一人の が本の館へと された。
は本の館の奥にて、自身の事を知った。
自らの存在意義と、世界のルールを知り、考えを新たに
彼は別の召喚者とおぼしきものを探しに出る事に。
そして、ある時から現れていた首都からの5人の人間より、とある情報を手に入れる。
それは一人の訊ね人。とある有名な である北の の事だった。
どうやら彼等は盗まれた を探す ため、彼を ようだった。
そして召喚 は彼等からの情報を元に、現実へと戻る為に彼を になった。
飲 の 場所にて、 から召喚者は情報を手に入れる。
北方の は しており、その資金を稼ぐ にとある場所に入り浸って と。
北方の は付近にある を荒らしては、その物品を に街へやってきていた。
そして派遣されてきていた と と共に、その場所も特定した。
店の からの情報を元に、彼等は盗賊がやってくるという街を貫く地下道へと訪れる。
巨大な地下道には、純源子脈 流れて 街の人間も 通りたがらない 場所 。
やがて現れた と、5人 、 召喚者は対峙 。
その中で召喚者は 連絡の 成功。
を段々と追い詰めていくが、現れた の仲間たちとの連携により は逃亡。
大きなダメージを負う。 魔女は取り残され 危機に 。
召喚者は魔女を腕に抱き、 を逃げ出した。
その夜、 数人に罵られ 、召喚者 と会い、
彼は召喚者が思っていたように であり、 を多く持っていた。
そして 協力してくれる 。が、盗賊は という。
現実 より、選ばれた力を この世界
召喚者は りながら その話の 一つの事に気付く。
召喚者は、街から早く離れる 取り返した印を 渡す。
そしてその を話す。
倒れて くれた魔女 召喚者の 聞いた
それ以外の人間からは からだった。
盗賊は と言って
魔女は、 と話した。
そして たいと思って 、自分も という事 。
召喚者はその言葉を聞いた。
次の日、 出ようとする 街へと向かってくる 。
伝承にあった、 滅ぼした 。
召喚者と たち 赴き、苦戦 。
何百もの 現れた
現れた 提案を 再度戦闘
戦いは、 勝利 負傷
討伐 喚者は いく。
しかし 一人も 代わりに 屍の山に
召喚者 気付く。
逃げ切れず、 闇へ 落ち、 命 奪われる。
全てが と化し、魔公官 全滅
世界 破滅
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「なんだこれ……」
日付を見て「サラマンダーの月の14日」が今日であるのを確認する。
内容を読むに、シナリオのログのように見える。
どうも冒頭部分から察するに、既にこの街を舞台にしたイベントが始まっているらしい。
TPRG的に言うと「自分の参加しているシナリオ」の一部が見えているようだ。
全てを読むことは出来ないが、恐らくこれは……。
「俺は……このまま行くと何かの事件に巻き込まれるのか」
シナリオは虫食いのようになっていて、最初の方はそこそこ読めるが最後に行くにつれ
読めない部分の方が多くなっていた。
そして最後の読めない部分。おそらくはイベントの最後の部分が記載されている所には
「公官 全滅」と記されている。
つまり最終的に俺は死ぬ事になっているという事だ。
それも文面を見るに恐らくは俺だけでない。
街のすべての人間が死ぬという事なのが読み取れた。
(クソッ、もしかしてとは思ってたが、いきなりこういうのが来るのかよ……!)
正直、強いとは言えないキャラである自分で、こんな難しそうなシナリオをクリアできるのだろうか? と不安がよぎった。
しかし仮に逃げ出すとしても何から逃げ出せばいいかわからない。
その判断が着くまでは、あまり下手な事をしでかすべきではないだろう。
「ん……? キャラクターシート……?」
よく本を見返すと目次の1箇所に「キャラクターシート」と記載されている部分があった。
俺は急いでルールブックを見直し、震える手で該当ページを開いた。
そこには1ページ分の破れた部分と―――もう片側に詳細な自分自身の能力情報があった。
まさに俺の求めていた記載が、そこにあったのだった。
急いで自分が持っているキャラシートの半分を出し、破れた部分とぴったり合う事を確認した。
「こっち側が俺の持ってる方……間違いない! こ、こりゃあ助かる! これで自分の能力適性とかも全部わかるぞ!」
仕事中である事も忘れて座り込み、しっかりとステータスや能力適性をチェックしてみた。
その結果、この「ニュクス」についてわかる事がいくつか出てきた。
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