X.Y.Z ―マジック・ワールドRPG―

trias

01:臨時職員という名のアルバイト


目の前に青色の紙が置かれた。

短冊のように長方形で、紙の中には格子状の線が引かれている。

右上から日付と「料理をやる上での火魔法」とか「魔導機巧学・Ⅱ」などの題名が並んでいた。

それは図書館の貸し出し用カードだった。


「これ借りたいんですけど」


カードと一緒に古そうな赤い表紙の本がカウンターに置かれる。

円形の模様の中央にはやけに耳が長い兎の絵が描かれていた。

本を見て、借りに来た客に受付の少年が言った。


「えーと……砂漠の生き物図鑑、これだと1日40レカの貸し出し料ですね」


「じゃあ1週間の貸し出しでお願いします」


机の上に出された硬貨を貰い、会計の処理をして本を渡すとお客は帰っていった。

その姿を見送りながら、少年は暇な勤務時間を潰すために本を読み始めた。

この「司書」の業務は1週間のうちローテーションでやる事が全て決まっており、

その日の仕事をやってしまうと返ってきた本の整理位しかやる事が無い。

少なくとも臨時職員の自分には。


(あー……いつまで続くんだ? この仕事は……)


「暇してんなぁ~? ニュクスく~ん?」


猫撫で声と例えるべきか。

とにかく語尾が妙に高く上がる口調で名前を呼ばれ、俺は読んでいた本を少しずらして相手を見た。

右目だけで見たカウンターの向こう側には、笑みを浮かべた男とその後ろに他2名が立っていた。

どいつも細工を施した服装に身を包んでおり、地位の高そうな格好をしている。


(まーたこいつらか)


正面に居るのはガダルという自分の同僚である。

小麦色の肌に中東風の巻き布の帽子、そして豪奢な肩当てをつけた準二等級の魔公官だ。

背後に居るでっぷりした大柄な奴と痩せていて背の高い幽鬼みたいのは

それぞれグラフトン、シエーロという。ガダルといつもつるんでいる奴等だ。

彼等は三等級の魔公官である。

ちなみに「魔公官」というのは、正式名称を「リハール国家魔法公務総合執政官」と言う。言うなれば魔法使いの公務員である。

短縮名称は国家魔法公官というが、長いのでみんな魔公官と呼ぶ。


「魔公官の仕事に、読書って含まれてたっけなぁ?」


「含まれちゃいない。だが今日の仕事は大体終わったんでな。他に何かあるんならそっちをやるが?」


そう言うと突然、本を跳ね除けられた。

そのまま襟首を掴まれ、無理やり立たされる。

ガダルの顔から先ほどまでのにやついた表情は消え去っていた。

図書館の中であるというのに、全く気にしない大声でガダルは言った。


「仕事がどうたらじゃないんだよ……態度の話だよ! お前、臨時のくせに何怠けてやがんだ? ああ?」


またこれか、と俺は内心うんざりしながらガダルの”因縁付け”を聞いていた。

殴るなり何なりしろ、と俺が黙っていると面白くないのか、ガダルは俺を突き飛ばした。そのままカウンターの本が積まれた場所へと突っ込んでしまい、崩れた本の山に埋もれた。

その様子を見て少し気分が晴れたのか、鼻を鳴らしながらガダルが言った。


「そいつをまず片づけとけ。お前は臨時なんだからな。怠けんなよ?」


「まぁ、お子様レベルから脱するためにも、読書は別の時間にやるんだなぁ」


「やるだけ無駄だと思うけどねぇ~」


ガダルたちはこちらの事を話のタネに、談笑しながら去っていった。

俺は本の山から抜け出ると、散乱した本を元に戻しながら、思った。

この生活がいつまで続くのか? と。


「……くそう。これ出勤して一番最初に整理してたんだぞ」


俺の名はニュクスという。

実を言うと、俺はこの世界の人間ではない。

現実世界から、この別世界「ウィブ・ソーラル」へとやってきた生粋の日本人である。元の名前を「加持和希(かじ かずき)」といい、東京近郊の高校に通っている男子高校生である。

見た目は今のニュクスとほぼ同じ。違うのは髪の長さとちょっぴり背が低くなった事ぐらいだろうか。

今の俺「ニュクス」は布の塊のような服装に、部分的に鎧を着た格好をしていた。

本当は魔公官には制服が支給されるのだが、臨時職員には無いので自前で用意したものだ。

ちなみに、この世界にやってきてからは半年ほどが経っている。


(ほんとにここはウィブ・ソーラルなんだろうか……)


懐から紙を取り出して眺める。

そこには自分の顔と胸元だけの絵、つまりは”バストアップ”と全身の絵が描かれていた。その他には、自分の趣味だとか年齢だとかの基本的な情報が描かれている。

これは―――TRPG(テーブルトークRPG)で使用する”キャラクターシート”というものだ。

俺がこの世界へとやって来た時から持っていたものである。


(確か……XYZが、アニメ化……いやそれはもうやってたから違うな)


この世界は「ウィブ・ソーラル」と呼ばれているが、それは元々、世界中で大人気のTRPGであり、屈指のユーザー数を誇る会員制ゲーム「XYZ」の舞台となっている世界のことだった。

今でも信じがたいが、そう結論付けるしかない。

ちなみにTRPG(テーブルトークRPG)というのは、普通のビデオゲームと違い

キャラクターになりきってやるゲームである。

最近はネットを介してやっているから、殆どオンラインゲームと変わりないと言ってもいいかもしれない。

演劇とゲームを融合させたようなシステムで、自分でキャラを作ってネット上には色んな人々が作ったシナリオや設定がアップロードされているから、それを使って後は他のプレイヤーが居ればゲームをする事ができる。

同じシナリオでも参加するプレイヤーが違えば、それだけで全く違う話になるときもある。

俺は、XYZのシナリオ漁りが大好きだった。

XYZは翻訳システムなどを介することによって、世界万国の人間と繋がることまで出来るので、本当に多種多様な物語が形成されるゲームだったからだ。

プレイ人数はすさまじく、金曜~土曜のゴールデン・タイムでは最高で数千万人が同時プレイをした、とかでギネス記録に載った事すらあるほどである。

リプレイの面白さを競う大会まであり、有名になったリプレイは漫画化やアニメ化までされ、元となったプレイを行った人たちには著作権料まで入る仕組みすらあった。

それで食っているプロまで居るぐらいであり、俺は将来はそんなプロになりたいなぁ、なんて思っていた。


(確か……)


思い出せる自分の記憶の最後。

ある日―――長らく更新されていなかったXYZのゲームルールが一新される事となった。

それも対象はゲームの根幹となる「基本ルール」という事で、TRPG界隈ではひと騒ぎになった。

膨大なルールがある割に、その完成度の高さから発売より全く更新されていなかった基本ルール。

それが改定されるというんだから、まぁ騒ぎになるのも当然だった。

小学校からのプレイヤーだった俺は不安半分、期待半分に発売日を待っていた。

そんな折、とある噂を耳にした。


「ねぇ知ってる? あの噂……」


「知ってる知ってる。新しいルールブックのアレだろ?」


「そうそう。今発売されてるXYZのルールブックの中に、”本物の魔導書が混じってる”って話」


「開いたらこの世から消えて無くなるとか……まぁでも、流石にねぇだろ。メーカーが売り上げ良くしたいから流した噂なんじゃねぇの?」


俺はそれを全く信じていなかった。

よくある都市伝説か、ホラを吹きたい奴が流したでっち上げだろう、と特に気にすることもなかった。

発売日から数日が経ってから新しいルールブックを買い、胸を高鳴らせながら開いた。

そして―――奇妙な紋様が描かれたページを見た。


「え、なんだこれ……?」


円形に様々な四角形を組み合わせた魔法陣だけが記載されたページ。

説明も何もなく何なのかわからない紋様。

それが輝き始め、俺が戸惑いの言葉を呟いた瞬間、目の前が真っ白になっていった。

おぼろげだが、確かそんな事が起きた事を憶えている。

その辺りからの記憶が―――無い。というか飛んでいる。


(そこから、正直何も覚えてない……ショックだったのか、わからんが)


俺は気がつくと、この世界の片隅にある門の前へと倒れていた。

場所は魔法使い達の領域である「リハール」と呼ばれる世界の主都ラグラジュ。

その外れに荘厳な意匠のついた門のことだ。

炎が噴出している様子から、まるで地獄の入り口かと思えるようなそれは

通称「暖炉」と呼ばれるものであり、召喚のテストをする為に作られている。

魔法の起動用のポータルというわけだ。

たまに魔法の失敗により、訪問者が迷い込んでくるのだと言う話だ。

俺はそこで長い間気を失っていて、週末に見回りにやってきたラグラジュの衛兵に叩き起こされた。

その後に街へと連れていかれ、市民登録と称して魔力の適性を見る試験を受けた。

そこで魔法使いの資質を持っていると診断され、そのままリハールの市民となったのである。


「名前は何というのですか?」


「名前……えー、と、なんだっけ……俺の名前……」


その時は頭痛がひどく自分の名前もろくに思い出すことが出来ずにいた。

どうしたものかと思った時にポケットに入っていた紙を見つけ、そこに書いてあった「ニュクス」と名乗ることとしたのだ。

その時は、現実の事を全く覚えていなかった。

見た紙がキャラクターシートだったというのも、しばらくしてから気付いた事だ。

まぁ、起こった事に気が動転していたんだと思う。

最近になって仕事の要領をある程度憶えてきて、余裕が出てきたので現実の事を思い出せるようになった、という感じだ。


(いつになったら帰れるんだろうか)


ある程度、魔法を使えるように訓練を受けた後、俺はここ「パシバ」という街に派遣された。

そしてここで古い図書館の管理やら接客やらの仕事。

いわゆる司書業務をやっている。

基本的には緩い仕事で、空いた時間に本も読める自由な業務なのだが、つい最近やってきた正規職員の奴等には酷く退屈な仕事だと認識されているようで、ストレス解消もかねてこうして因縁を付けられる事が多々ある。

反撃してやりたいが、あいつらは「正規職員」のため中々リベンジとは行かなかった。

能力が違いすぎるのだ。


(まず強くならないといけないのかもな)


魔公官は8つの位(クラス)があり、下の方から臨時、非常勤、専門、主任。

さらに正規、上級、次長、局長補佐、局長……という感じで役職が上がっていく。

この辺はゲームの内容そのまんまである。

で、主任までは生産や運用、執務や庶務などの裏方をやる人間なので戦闘力はまちまちなのだが、正規職員以上となると、戦闘能力をある程度備えている必要がある為、強いのである。

ガダルたちは皆、正規職員クラスなので嫌な事実だが分相応の実力は持っており、反撃してもまずこちらが負ける。

俺は魔法使いとしてはハッキリ言って落ちこぼれの部類であり、やっとの事で臨時職員をやっているのだ。

臨時クラスは要するにアルバイト扱いの人間で、薄給で色んな所を転々としているレベルなのだ。


「せっかく魔法使いになれた、っつーのに……まさかイジメられるとは」


魔公官の仕事内容は非常に多岐に渡り、公務員として想像されるような街に根付いた施設で細々と雑用や施設の運用業務をやっている者も居れば、世界中を回っていたり、各地に派遣されてその場所で仕事をする者も居る。


「大丈夫ですか?」


「あ……レオマリさん」


俺が本を片付けていると、一人の少女が現れた。

白い雪のような肌に、整っているながらもやや幼い感じの癒し系の顔立ち。

服は緑と白を基調としたリハール国家魔法公官の制服のひとつ「聖蓮」というものを身に纏っている。

頭には四角い箱のような形の帽子を被っていて、それに紅葉を象ったような扇状のマークが刻印されている。

そこから銀色の長い髪が零れて肩にかかっていた。

紅葉の紋章はの傷や病気を癒す回癒術というものを修めた者の証である。

彼女の名は「レオマリ・アドパルド」と言った。


「大丈夫ですよ。これが俺の仕事なんで」


「でも……いつも怒鳴られてるじゃないですか。あなたは悪くないのに」


「雑用する側ですから。こんなもんです。それより、レオさん達はいいんですか? そろそろ会議やる時間じゃ?」


俺はここへ一人、司書として派遣されてきた。

かなり古い図書館であるため利用客は少なく、少数で回せるためだ。

ガダルたちは俺とは違い、少し経ってから5人組のチームでパシバへとやって来た正規職員で、彼女はその一人である。

この街へは別の任務でやってきたらしいが、それが何かは知らない。

この図書館の空いているスペースで、たまに何か会議をしているのだが見通しが良いし音が反響するため、近くに誰か居ればすぐに気づかれてしまう。なので迂闊に近づけないのだ。

一度盗み聞きできないか、と近づいた際にはガダルに気付かれてしまい思い切り殴られてしまった。


「おい! レオ! そろそろ時間だぞ!!」


ガダルの命令を受けたのか、グラフトンが彼女を呼びにやって来た。

それを聞いて、レオマリは足早に駆けていった。


「あ、わかりました。今行きます。では、すみません。失礼しますね」


(会議か。気にはなるが……)


魔公官そのものの数は結構いるが、正規職員となると数はそう多くない。

5人もこんな辺境の街に派遣されてきて毎日のように会議をしている。

何か、特殊な仕事を受けてきていると考えるのが普通だろう。


「何とか話を聞ければな……と。これは書庫行きか」


本の山をある程度片づけて、下の方にあった一冊を拾い上げると管理番号が古いものがあった。

ある程度古くなった本は、借りられる頻度が減る為に奥にある特別な書庫へと持っていく必要があるのだ。

俺は他にも複数書庫行きとなっている本を集め、カウンターに「現在作業中」と立て札をかけて書庫へと向かった。

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