第1話
「まもなく
アナウンスを聞き、俺は船のデッキに足を運んだ。
潮風が吹き、夏の日差しをダイレクトに感じられるデッキには誰もいなかった。
夏真っ盛りということで、みんな暑さを避けて冷房の効いた室内にいるようだ。
俺は落ちないように手すりをがっちり掴みながら、景色を覗く。
少し遠くのところに見えたのは、俺の叔母である
話を聞くに、野生のイノシシや熊などが普通にいる自然豊かな島らしい。
それに、ここからでは見えないが島の中には廃校寸前の高校もあるらしく、俺はこの夏からその高校に転入することになった。
と言っても、今はその高校も夏休みなので実際にその高校に登校するのは一ヶ月ほど先だ。
「にしても、あっついな」
俺はそんなことを言いながら空を見上げた。雲一つない晴天だ。心なしか、空を飛んでいるカモメも暑さでふらふらしているように見える。
「お前らも大変だなぁ。ほら、菓子パンでも食うか?」
俺は移動中に食べようと思っていたパンの封を開けると、
バサバサバサッ!
大量のカモメが寄ってきた。
「うおっ!? おい待て、それは俺の昼飯代わりだから全部食べようとすんな!」
どうやら、ふらふら飛んでいたように見えたのは気のせいだったようだ。
大量のカモメは我先にと菓子パンに群がり、ものすごい速さで
あっという間に俺の昼飯は食い尽くされた。
「俺の昼飯が……」
仕方なく菓子パンの袋をズボンのポケットに入れ、誰もいないデッキでうなだれる。
野生の強さを感じた瞬間である。みんな生きるのに精一杯なのだ。
「やっぱ暑いな」
俺はカモメに昼飯を食い荒らされた事を忘れるように呟いて、また海を眺めた。
すぐそこにある海はキラキラと揺れながら太陽の光を反射している。強い光は四方へ飛び散り、細かな光は空へと消える。
俺はなんとなく、すぐそこにある海面に触れられそうな気がして腕を伸ばした。
しかし、当たり前のようにその腕は海面に触れることなく、空を切っていく。小さな水しぶきだけが手に触れた。
「危ないよ」
「うおっ!?」
不意に声をかけられ、体勢を崩す。しっかりと握っていた手すりから手が離れ、危なく海に投げ出されるところだった。
「驚かせて、ごめんなさい」
「いや、俺も悪かったから」
落ち着いた様子を装いながらも、俺の心臓は激しく脈打っていた。
目の前に立っていたのは、同年代くらいの女の子。太陽の光を反射するほどに透き通った長い白髪に、深くかぶった麦わら帽子の奥からは深い海の底のような青暗い
誰もが思う安っぽい言葉が脳裏に浮かぶ。
綺麗だ。
俺はあまりの綺麗さに息を呑み、夏の暑さを気にすることなく彼女に見入っていた。
「あなたは、この島の住民?」
「この島って……三神島のこと?」
彼女はこくこくと頷き、じっと俺の目を見てきた。
「俺は今日から住民になる予定の者なんだけど、もしかして君はこの島に住んでるの?」
俺の質問にまたこくこくと頷いた後、こてんと首を傾げた。
「今日から住民?」
その姿に、俺は不覚にも顔が熱くなる感覚を覚え、ぽりぽりと頰をかいた。
「ああ、家の事情でこの島に住んでる叔母にお世話になることになったんだ」
「……そう」
妙な間が空いて、彼女は少し悲しそうにうつむいた。
「あの、どうかした?」
「もし島で会っても、私に話しかけない方がいいよ」
「え? それってどういう……」
俺が聞き返す前に、彼女は足早に船内に戻って行ってしまった。
船内はそこまで広いわけではないので、追いかければすぐに追いつくけれど、何故だか俺の足は動かなかった。
それから島に着くまで、俺は夏の日差しに当てられながら、1人で景色を眺めていた。
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