優しい嘘と優しい涙

岡崎 晃

第0話

 波の音が繰り返す浜辺で、俺はふと空を見上げた。

 都会では見られない田舎特有の空を埋め尽くすような星々が、自分の存在を示すように光り輝いている。


「なあ––––」


 俺は隣で一緒に空を見上げている少女に話しかけた。

 彼女は何も言わず、ただ空をじっと見上げ続けている。


「俺はみんなの隣に居られるような人間になれたかな」


 俺の問いかけに返答はない。

 代わりにちゃぷっという水のはねる音が聞こえてきた。

 行ったり来たりしている波の中に、彼女はゆっくりと足を進めていたのだ。

 腰まで伸びた白い髪を揺らしながら、ゆっくり、ゆっくりと。

 その姿は妙に綺麗で、俺は視線を彼女から離すことができなかった。

 そして、水が足首を超えるところまで進むと、彼女は振り向いた。

 その表情には笑顔があった。初めて出会った時のように緊張した面持ちではなく、友人に向けるような爽やかな夜に咲く一輪の笑顔。


「––––––––」


 彼女は言った。


 君はきっと、俺に笑顔を向けている。

 そう思っているんだろう。

 だけど、俺の目には何かに耐えているように見えてしまうんだ。


 ほら、溢れてしまう。

 君が気づいていないなら、俺もきみが気づくまで知らないふりをし続けよう。


「––––––––」


 俺の言葉に、彼女はやはり笑顔を向けた。


 きっと、この日のことを俺は一生忘れない。


 いや、忘れてはならないんだ。



 この夜空を、彼女の言葉を。




 そして––––




 彼女の泣き顔を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る