玩具箱の洋館

 明くる日、奥珠おくたまのとある山路にて。二人と一鬼、それに一つは目的地までいくばくもない順路の途中で立ち止まっていた。

 天候は快晴。暑くもなく寒くもない絶好の外出日和。空を覆い尽くさんばかりの木々から生まれた葉の影が、槐の真白い外套に、真朱の真新しい日除け傘に、問志の真っ赤な眼の奥に、投影されて揺れている。


 木々の向こうに在るを見て、槐は「まぁた派手にやっテんなぁ」と眉根を寄せて笑い、真朱は呆れ混じりに「湧いてからどのくらい経っているのかしらね」と言った。

 

 真朱と槐は少なからず知っているのだろう。しかし問志にとってそれは初見であるから、その有り様を受け入れるのに少々時間が欲しいところであって。

「……もしかしなくてもあれって僕らがこれから行くところですよね?」

「そうダよ」

「あれって何で出来てるんですか?」

「サあ?ヒトの世界のもんじゃねえのは確かだけどな。怪異だし」

「害の有るものではないんだけどねぇ」

「害は無くても量とデカさの暴力はあんだろ。骨が折れるぜアレは」


 ありとあらゆる色彩、ありとあらゆる姿形のものたちに埋まるように、その洋館は建っていた。辛うじて頭を出している魔女の帽子めいた塔屋には巨大な銀灰色の月模型が突き刺さり、周囲の緑を僅かに写し取っている。

 その様子は、玩具箱の中に押し込められた人形のドールハウスのようであった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 山路から洋館へと続く小道は小まめに人の手が入っているようで、小さな白い花の集団が彼方此方あちこちから訪問者を伺うように頭を出していた。


 そして、近づけば近づいただけ明らかになる玩具箱の中身。

 遠くからでも確認出来た月の模型を狙うように、真白い骸骨の鯨が建物の一階から二階の壁に半ば埋め込まれながら這っている。


 ある窓からは極端に大きかったり小さかったりする剥き出しの飴菓子やキャンディ包が溢れ出し、ある窓からは麦色のテディベアが頭と上半身だけをくたりと外に出していた。

 洋館とその周囲を節操無く苗床にした鮮やかな珊瑚に、沢山の貝殻と花々。色とりどりのリボンにまち針。

 洋館を斜めに貫く真鍮の鋏にはフジツボが数多張り付き、其処そこは陸のようで海のようであった。


 建物自体は恐らく木造二階建て。塔屋は正面から見て左手に一つ。緑を帯びた墨色の屋根や装飾、ごく薄い卵色の外壁は適度に年季を感じる趣で、周囲の賑やか過ぎる取り巻きが無ければ、きっと明るく静かなこの森によく馴染むのだろう。


「外でこの有り様だ、本人タちも中で身動き取れてねぇだろうな」

「槐の怪異チカラじゃ相性悪いし、地道に潰していくしかないわねぇ」

「怪異に相性って有るんですか?」

「まあな。単純にアイツの怪異で出来たものがやたら燃やしにくいってのもあるが、状況が悪い。不肖が焔で燃やせるのは、不肖がそれを認識れてるかによる」

「ちゃんと認識出来ていないものは燃やせない、と?」

「正しくは取捨選択出来ねぇノ。はこも中身も丸ごと燃やすんだったら血が足りる限り幾らでも出来るがな」

「そこは、普通のと同じなんですね。じゃあ駄目だ」


 しかし、認識ることさえ出来てしまえば選択権が発生するのだから、やはり異端の力ではある。あまねく焔とは、焼却とは、世界の理に準ずるもの。故に平等で、故に個人の意志など介入しないものの筈なのだから。


「そもそも鍵が開いてるのか怪しいのだけれどね」

「鍵だけでも先に燃やシちまう?それならイケるが?」

「緊急事態ではあるしねぇ……あら」

 洋館の玄関扉が大きく開かれたのは、その時だった。

 それと同時に起きたごく小規模の雪崩によって、洋館の内側からは多種多様としか言い難い様々なものが吐き出された。それらは所々潰され破かれ、形を保てなくなったものは瞬く間に消えていく。

 雪崩の終結の最後に外へと飛び出してきたのは、先の丸い革靴に包まれた二本足で。

 二本足。もとい、一人の少女は三人を見るや、と言うよりも真朱を見るや、

「お姉様!!!!!」と歓喜の声を上げたのだった。



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百夜鬼譚 空木 @utugisaicai

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