仮題 夢見がちな甲殻類と紙の月

暖かい夢


 淡く色づく空を、作り物の鯨がゆっくりと泳いでいく。

 その様をぼうっと眺めていると、後ろから声がかかった。

「ほら髪結ぶぞ、前向け」

 わたしは大人しく、声に従って姿勢を正す。するとすかさず、その人はわたしの後ろに座り込んで、わたしの髪をかしていった。

 そうして二つの束に分けられた髪は、多少のぎこちなさを伴いながら少しずつ編まれていく。

 時々脈絡なく力が入るものだから、それに釣られてわたしの頭も揺れてしまう。


 自分の意志と関係なく頭が揺れるこの感覚はあまり好きではないけれど、身体に力を入れてなるべく耐える。だって、そうしないとおんなじにならない。

「今何時?」

 机の上、無造作に置かれた時計の針が指す数字を応えれば、背後の声は焦りだした。

「やばい時間ない。なぁ、片方やって!!」

 後方に飛ばされた声。僕の後ろにやってきたもう一人が髪に触れた。そうして2組の手によって違う調子で編まれていく、わたしの一部。


「はい終わり~。問題ねえな?お嬢さん?」

 幾分かの戯れを含んだ声。二人の手を離れ、僕の動きに倣って揺れる二本のおさげ。

 手鏡を持たされたわたしは、鏡面に映るぼくを満月色赤じゃない色の両眼でじぃっと見つめて、大きく頷いた。


 それが、ぼくの”いつも”だ。






…………僕の知らない、”何時も”だった。

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