さがしもの 十五 仕事

  ◆ ◆ ◆ ◆


 同日、夜もすっかり更けた頃。


「そういえば、逢い引きの成果はどうでしたか?」と、自身に投げかけられた言葉に、橙埼菊荷とうざききくかは眉根を寄せて声の主の方を向いた。

 声を掛けた鬼は菊荷の自室の扉に寄り掛かり、薄紅の瞳を細めて笑っている。


「いやぁ、菊荷もちゃんと男の子で、ぼくは安心しましたよ?」

「……逢い引きじゃない。というかなんでお前が知っている」

「ぼくも今日朝草行ってたんで。あ、尾行なんて野暮やぼなことはしていないのでご心配なく」

「そこまでお前が暇な奴だとは思っていない」


 菊荷は鬼と会話を続けながら、クロゼットから上着を取り出して袖を通した。黒くて厚みのある布地で仕立てられたれは、昼間に問志と朝草を歩き回っていた時に着用していたものに比べ、随分と凝った意匠が施されている。


 ぼたんを上から下まできちんと留め始めた菊荷に向かって、鬼は話を続ける。

「にしてもくだんの鬼と人間、随分急に動き出しましたよね。面倒な案件が片付いて、ぼくらとしては喜ばしい限りですが」


「どうでもいい。俺達がやることは変わらない」

「まあそうなんですけど。あー、でも欲をいうなら非番の日に動かないで欲しかったなぁ」

 菊荷は腰から下がった二つのホルスターにそれぞれ銃を納め、最後に桔梗紋の帽章ぼうしょうが入った制帽を目深に被る。

 それに合わせ、菊荷と同じ制帽を被る鬼は、背凭せもたれにしていた扉を開け放った。


「それじゃ本日も、仕事に励むといたしましょうか」


  ◆ ◆ ◆ ◆


 時刻は少々遡り、問志が満天座を後にした直後のこと。

 テントの中、烏面からすめんが通路から視線を逸らさぬまま「もういいよ」と言うと、その一言を合図にして舞台袖から一つの影が現れた。


 それはからんころんと軽やかに下駄を鳴らして背後から烏面に近づくと、ふわりと彼の背中に抱き着いた。その拍子に、烏面の足元へ白い羽が一片いっぺん落ちる。


 烏面はくるりと自身の身体を反転させてしゃがみ込むと、羽のあるじと視線の高さを合わせた。

 そこに居たのは、ひたいに白い翼を幾つも飾った、青磁器めいた幼くも美しい怪物で。

 内緒話をするように、二人は顔を寄せあった。


「お目当ての人間と話した感想は?」

「知らない人だった」

「……あたし、もしかしてまた間違えてしまったのかしら」

「それは大丈夫。合ってたよ」

「本当?」

「本当」


 烏面は不安そうに眉根を寄せる鬼を落ち着かせるように、彼女の両の手を自身の手で包み込む。

「君のおかげで、ちゃんと俺は前進できた」

「そう?それなら、よかった」

「うん、ありがとう。……さて、それじゃあそろそろ、次の舞台の準備をしないとね」

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