さがしもの 十四 次の約束

「今日一日、本当にありがとうございました!」

 沈みゆく太陽で橙色だいいろに染め上げられつつある朝草駅。丁度今日二人が待ち合わせた場所で、問志は菊荷に深々と頭を下げた。


「別に頭を下げられるようなことはしてない」

「僕の我儘わがまま、沢山聞いてもらいましたよ?」

「別に。俺も、楽しかった」

「……本当ですか?」

「本当だ」


 そうであるなら良かったですと問志は笑った。内心少し、いやかなり、のまま したくないなと思いながら。それが友達と遊ぶ、という事なのだろうか、菊荷の隣は妙に居心地が良かったのだ。


 しかし今日、菊荷が問志に礼をする、という当初の目的は果された。そうすると、今後菊荷が問志と出掛ける理由はない訳で。


(また会いたいですと言っても、良いものなのかな)


 それを本人に伝えるか否か。頭の中で逡巡しゅんじゅんしていた問志は別れの挨拶を口にすることを躊躇ためらい、二人の間に不自然な沈黙が流れる。


「そろそろ時間だな」と、菊荷は手元の懐中時計を確認しながら言った。

「早いなぁ。あっという間の一日でしたよ」

「......クリイムソーダ、飲み逃したな」

「そうですねぇ。サアカスと本屋さんでかなり時間使っちゃいましたし」


「……それで、だ」と、菊荷は問志から視線を逸らしたまま言った。

「その、が、あると、嬉しい。勿論、君さえ良ければ、だが」

「‼︎」


 問志の柘榴色ざくろいろの目が、飴玉のように丸くなる。菊荷の提案は問志にとって願ってもないもので。それ故に。

れは、お礼の続き、ですか?」


 問志は、未だ自分と目を合わせない菊荷をじっと見つめた。期待と不安で出来たソーダ水にひたされた問志の心臓は、じわじわとした落ち着かなさを主人に訴えている。


「そうだって言わないなら、僕、期待しちゃいますよ?僕の初めての友達になってくれるんじゃないかって」

 菊荷が顔を上げ、菫水晶すみれすいしょうの瞳が問志を捉える。

「……少なくとも、君とりは嫌だと、思っている」



  ◆ ◆ ◆ ◆


 茜色から紫色に変わりゆく空の下、問志は芥子商店街を上機嫌で歩いていた。偶然居合わせた槐と共に、帰路に着く途中であった。


「それで、サアカスもね、凄かったんですよ!!かっこよくて綺麗で不思議で!!」

 熱っぽく今日の出来事を話す問志を、槐は目を細めながら見ている。

「……お嬢さん、今日は楽しカったかい?」

「凄く!!」

「それはそれは」


「……菊荷さん、凄く素敵な人でした。次に会う約束もしてくれたんです。それがあんまり嬉しくて、僕、自分が鬼憑きだって、言いそびれちゃいました」

 ふと、問志の表情に自嘲めいたものが僅かに混ざる。


「……一応言っておくが、トモダチだからって自分のこトを一から十まで言わなきゃならないなんて事はねェからな」


「それはそうかもしれないですが。僕なりにちょっと思ったこともあるので、今度会うときにちゃんと話そうと思います」


「……そうかい。ま、それで逃げられたら慰めくらいシてやるよ」

「そ、その時は一人で落ち込むので大丈夫です!!」


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