さがしもの 十三 烏面
「……とんでもないものを、観た気がします」
問志と菊荷は、舞台の終了したテント内から退出する観客の流れに混ざっていた。
サアカスの最中に飲むことを忘れ、すっかり
「烏面の大道芸人さん、ちゃんとした舞台で観て大正解でした。奇麗で恰好よくて、ちょっとドキドキもして!」
本人の身体能力は言わずもがな、それを生かした舞台演出は素晴らしいもので、かの鬼が観覧券を押し付けてきた気持ちの一端も、問志は理解せざるを得ないと思った。
問志達と同じ舞台を観ていた観客達も、口々に家族や友人同士で感想を言い合い、前口上通りだった白昼夢の余韻に浸っている。
めかしこんだ女学生たちが、「鬼の怪異って、産まれて初めて観たわ」「私だってそうよ。あんなに綺麗なものだなんて知らなかった」「烏面の方、男性かしら。それとも女性かしら」「そもそも人かどうかも怪しいわ」と言って、二人の隣をうっとりした様子で通り過ぎていく。
それを耳にした問志は、菊荷に訊ねてみた。
「橙埼さん、」
「どうした」
「怪異を見ることって帝都でも珍しいんですか?」
「境遇と場所による、が、珍しいだろうな。帝都と言えど、
「このサアカスには結構いらっしゃいましたね」
問志は先ほど閉演したばかりの舞台を思い返した。身体が一本の細長いリボンのようになって
「
「色んな意味で需要と供給が噛み合う訳ですか」
「そういうことだ」
そうこうしている内に、二人はテントの出入り口あと少しの所まで進んでいた。出入口の奥から僅かに見える空は、既に薄暗い暗幕が掛かり始めている。
その時だった。
「……あっ」と、問志が声を上げたのは。
「どうした」
「すみません、忘れ物しました。ちょっと取りに行ってくるので、僕の
「構わないが。俺も行くか?」
「大丈夫です!入り口で待っててください」
問志はそう言って菊荷に真鍮海月を預けると、人の波の隙間を器用に逆流し、観客席へと戻っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「この辺りだった筈……なんだけど」と、問志は一人心もとなく呟いた。
舞台が終わり、
自分が座っていた席へと戻ってきた問志だったが、座席の下や前後を見ても、目当ての茶色い紙袋が見当たらない。
菊荷にも着いて来てもらった方が良かったかもしれないと、肩を落とした問志の背後から、「ねえ」と低い声がした。
「はい?」
振り返ると、そこには
「貴方はサアカスの」
問志は驚き目を見開いた。烏面は、問志と向き合ったまま微動だにしない。
「あの、さっきの舞台凄かったです!!っじゃなくて。すみません僕、忘れ物をして、この辺りの席に座っていたんですけど見当たらなくて」
烏面は依然、動きも喋りもせず問志を視ている。
「もみじちゃん」と、烏面が小さく呟くのが聞こえた。
「……僕のこと、ですか?」
「…………」
「…………?」
「……………………」
「ええっと……?」
「………………眼が、
「ああ、なるほど?」
彼の言う通り、問志の眼は椛のように赤い。それが気になったのかと合点がいった問志ではあったが、二人の
「……忘れ物って、本?」
「!! そうです!!普通の本が二冊と、小さい本が一冊入った紙袋なんですが」
「じゃあ、これだ」と言った
「それです!!」
問志が烏面から紙袋を受け取って中身を確認すると、間違いなく少女がつづり書店で購入した本が入っていた。
「ありがとうございました!……よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろしていた問志に、烏面は言った。
「中腹中也、好きなの?」
「今日一緒にお出かけしている人にお
「どんな人?」
「どんな……。こう、落ち着いていて、律儀な人……ですかね?」
「友達?」
問志は少し、言葉に詰まった。彼を、自分の友達を言っていいのだろうかと。
「……そうなれれば、嬉しいなとは思いますけど」
問志は願望を込めて烏面に答えると、少し困ったように、気恥ずかしそうに微笑んだ。相対する烏面の感情は、分厚い面の向こうに隠れてわからない。
「そっか。
「はい」
「……君、名前は?」
「僕ですか?
「といしちゃん」
「? はい」
「そろそろ
「っと!失礼しました!失礼します!!」
問志は慌てて本を紙袋の中に戻して軽くお辞儀すると、小走りになって出入口へと続く通路へ向かっていった。
「……またね」
その様子を、烏面は小さく手を振りながら
◆ ◆ ◆ ◆
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