さがしもの 十二 星の舞台

 ______名も知らない鬼の後を追うことが出来なかった二人は、思わぬ方法で手に入ったサアカスの観覧券を使うことにした。


 満天座のテントの内側は、派手な外見そとみに劣らない非常に凝った造りをしていた。

 円形の舞台を囲むように並べられた、沢山の座席。天井の布地には《満天座》の名の通り、牛や蟹、魚に獅子といった生き物や、天秤や水瓶など、星座にまつわるものが描かれており、その間を渡るように、ワイヤーで吊るされた作り物の星たちが空中をゆっくりと移動している。


 問志は観覧券に記載された番号の座席に座り、模造品の星が瞬く天井を見上げた。

「天井、綺麗ですね。これだけでも、天象儀プラネタリウムみたいで十分見応えがあります」

「観客を非日常にひたらせる仕掛けの一部なんだろうが、確かに随分贅沢な作りだ」

 隣の席に腰掛けた菊荷も、同じ様に上を見上げている。


 二人と似たようなことをしているものは客席のあちこちにおり、老若男女問わず、これから始まる舞台への期待で胸を膨らませている様子が見て取れた。


「……観覧券を譲ってくれた方、何処どこかでまた会えればいいのですが」

 問志に観覧券を握らせるだけ握らせて、消えてしまった青磁色の鬼。余りに突然のことについていけず、まともに礼を言えなかったことを、問志は少し気にしていた。


「向こうも向こうで、好きに動いて好きに消えたんだ。あまり気にしても仕様がない」


 菊荷の言うことも、もっともではある。この際サアカスを思い切り楽しむ方が、の鬼の要望にも沿うだろう。問志は気分を整えるように、売店で購入した冷たい瓶入りのレモネードに口をつけた。


 ……テント内を満たすように開演を告げるブザーが響く。照明が落とされ、紛い物の夜が舞台を支配する。それも、ほんの僅かな間だけ。


 軽快なドラムロールの音が響く中、天井から降り注ぐ強烈な月光の一柱が、舞台の真ん中に立つ人物をカッと照らし出した。


 その人物は二つに結った長い髪に星を飾り、紅白のテントをそのままドレスへ仕立てたような豪華な衣装を身に纏う、溌溂はつらつとした印象の若い女性だった。ドレスの上からにきらびやかな刺繍の施された真紅のコートを羽織り、背の高い帽子を被ったその姿は非日常そのもので、彼女が満天座の舞台回しであると観客達に教えた。


 彼女の自信に溢れた高らかな声が、舞台の上からテントの中を駆けていく。

「皆様長らくお待たせいたしました。満天座サアカス、開演のお時間です!夢のような光景を、目覚めたままに御覧ごらんに入れましょう!!」


 途端、舞台上の照明が一気に点灯し、テント内部にいくつも設置された百合の花の形をした音響機器から、おもちゃ箱をひっくり返したような賑やかな音楽が溢れ出る。沢山の楽器の音色が心地よく調和したそれは、問志を含む観客たちの心を一息で鷲掴みにしていった。


 にわかに色めき立つ群衆を前にして舞台に一人立つ女は満足そうに、楽し気に、そしてどこか挑戦的に笑うと、手持ちのステッキをくるくると回し始めた。彼女が動く度に大きく膨らんだ形のスカートが揺れ、すそに施された鈴が音を立てる。

 一回転する度にステッキは不自然に伸びていき、彼女の指先から肩までと同じ位の長さだったそれは、いつの間にか彼女の身長を優に超えるほどになっていた。


 明らかに扱いづらくなったそれを苦にする様子もなく、女性は片手でステッキを横に薙ぐ。するとどうだろう、ステッキだったものは、大きな旗へと姿を変えていた。

 房飾りのついた大きな旗には、星を思わせる意匠が一つ。


 金の髪を揺らしながら旗を八の字に振るう彼女の身体が、一瞬だけ完全に隠れる。


 そして次の瞬間姿を現したのは、サアカスの擬人化めいた衣装をまとう舞台回しの女ではなく、彩度と彩度を先程の彼女に取られてしまったかのような黒い衣装とシルクハットを身に着け、そのかんばせを黒いからすの仮面で覆った、すらりと背の高い、人物だった。



 くだんの鬼のお気に入りらしい烏面の演戯は、テント前で行っていたそれが

 余興の名に相応しかったことを、問志達に知らしめるものだった。


 可愛らしい手毬は、照明の光をぞっとするほど美しく反射させる銀のナイフに。素朴な四角い木箱の足場は、真鍮で作られた巨大な円盤状の自鳴琴オルゴールへと変わっている。


 表面に星空めいた黒い穴を無数に開けた自鳴琴オルゴールの幅は、烏面の肩幅と同じ程度であったが、高さは彼の身長以上。その頂上に彼は立ち、円盤を車輪のように足で回し、舞台のふちをなぞる様にして、一定の速度で動き続ける。


 金属で出来た金糸雀カナリアの歌声を操る烏面は、尚且なおかつ手元が寂しいと言わんばかりに、銀の刃物を空中に放り投げては再び手の内へと引き戻す。


 足捌あしさばき一つ、指先の扱い一つ間違えば、大惨事はまぬがれない。そのあやうさを彼は楽しんでいるようだった。

 金の車輪の上で銀の光を弄ぶ、色味を持たない烏の挙動。問志はそれを、瞬きもせず一心に見つめていた。


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