さがしもの 十一 親切な鬼

「あのテントはサアカスの舞台だったんですね」と、問志は満天座と名乗る集団が配っていたビラを眺めながら呟いた。


 ビラにはサアカス団員たちや動物、目の前の色鮮やかなテントを模したイラストが描かれ、朝草での公演期間や日々の公演開始時刻を記している。

 イラストの中のテントの入り口部分には、大きくと記された看板が掲げられており、現実のテントの看板に記された名も同じものだ。


 メインの舞台であろう星をいただくテントの脇には、似たような配色の小型テントがいくつか建っていて、観覧券や演技中に摘まむ菓子類、お土産の販売をしており、問志と菊荷は少し離れた位置からそれらを眺めていた。


「話には聞いたことがあったが、実物は初めて見た。思っていたより規模が大きいな」

「正直すっごく興味あります。けど、真朱さん達にはあまり遅くならない内に帰ると言ってあるので、これからの楽しみにとっておきます」

「うん、それがいいと思う」


 せめて真朱と槐へお土産でも買っていこうかなと問志が思い立った、その時だった。

「ねえお嬢さん」と、可愛らしい声が問志を呼んだのは。


 ゆるく袖を引かれたような気がして問志が振り向くと、そこに立っていたのは、額から鳥の翼を生やす、それはそれは可憐なわらべの姿をした異形の鬼だった。


 袖のついた被布ひふのような緑青色ろくしょういろの衣服から伸びる、真白い指先や膝は丸みを帯びて細く、袖口からは指の他に大きな白い羽が無数に外へ飛び出していた。

 鬼の顔立ちは声色の印象通りの幼いものではあったが、長く豊かな睫毛まつげに縁取られた月長石の瞳は物憂げで、そのかんばせに淡い青磁色の髪が掛かる様子は、一つの芸術品のようだった。


 突如現われた、天使のような容姿の鬼に問志は思わず見とれてしまったが、そんな少女の耳に届いたのは、心なしか数瞬前と語気の変わった菊荷の声だった。

「……彼女に何か用か」


「うん。そう。用事があるからお声がけしたの。お嬢さん、サアカスはお好き?」

 天使のような童子の鬼は、首をこてんと横に倒して問志に訊ねる。鬼の身長は問志の肩程度しかなく、小動物を思わせる可愛らしさがあった。


「サアカス、ですか?観たことがないので絶対じゃありませんが、多分好きになると思います。さっき観た烏面からすめんの大道芸人さん、凄くかっこいいなと思いましたし」


「そう!そうでしょう。彼はかっこいいの」

 鬼は愛おしそうに、誇らしげに笑った。その様は、百合の花がほこぶような美しさで。

「ごめんなさい。話を逸らしてしまうところだったわ。あたしはあなたにこれを譲りに来たの。彼に興味を持ったのなら、きっときっと観に行って頂戴ちょうだい」と言って、青磁色の鬼は問志に細長い二枚の紙切れを差し出してきた。


 それは、後三十分もせずに始まる満天座の舞台の観覧券であった。


「え、これ、もう直ぐ始まる……」

「そう。夜公演分と買い間違えてしまったから、あなた達にあげる」

「なんで、僕達に?」

「目についたから。理由はなかったの。でも、理由ができたわ」

 わたし、烏面からすめんの彼の大ファンなのと微笑む鬼は、最初に見せていた物憂げな表情が嘘のようにとても生き生きとしている。


「えっと、ど、どうしましょう?」

 助けを求めるように問志が菊荷を見上げると、菊荷は渋い顔をしていた。

「……高値で売りつける気は」

「ないわ。気になることはそれだけかしら?」

 鬼はさっと問志の手を取り、その手に観覧券を握らせた。

「え、あ、お金っ」

「要らないわ。その代わり、きっと舞台を観てきてね」

 問志たちが止める間もなく、小鳥のように可憐な鬼はあっという間に人込みに紛れ、そのまま何処いずこへと消えてしまう。

 その場に残ったのは、動揺したままの少女と青年だけになった。


「…………頂いちゃいました」

「……みたいだな」

「……帝都ってこういうこと、よくあるんですか」

ずないな」

「……ですよねぇ」


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